探偵短篇譚

□朝の日常
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太宰さんの家に上がったのは、2年程前の事だった。

雨の中で内震えていた私に手を差しのべてくれた。

冷えきっていた私の心は、それでも誰かの温もりを求めた。

私は、恋人に捨てられたばかりだった


「茜ちゃん、おはよう」

部屋は別々、それでも起きる時間は一緒だった。

彼が異能力探偵社の社員だと知ったのは実はあまり昔のことでは無い

いつもおちゃらけた態度をとる彼だが、やはりきちんとした職業に付いているのだとあの時はひどく感心した。

彼はそんな私をみて、
ひどいなぁ、

と笑って言うだけだった。

正直言って、なぜ彼が私を拾ったのかは今でも分からない。

気分が乗っている時だったのか、
それとも何か別の目的があったのかは定かではない。

(だけど)

いつか捨てられても、見放されても、
私から離れて行くことなんて出来ない

だって、ほら、

「茜ちゃん、朝ごはん作ったよ。今日は結構いい出来なんだ〜」

席に着いてにこにこと笑う彼の笑顔が、私を捉えて離さないんだから。

ねぇ、太宰さん、

私は貴方の事が好きです。


どうすれば伝わりますか?

どうすればこのいつか捨てられるかもしれないという不安は消えてくれますか?

「太宰さん」

気がつけば、

「好きです」

口は私の真実を告げていて、

取り消すことなんて出来なくて、

それからはもう、返事を待つ他、私の出来ることなんてなかった。

足がまるでコンクリートで塗り固めたように私と床を固定てしていて、

太宰さんからの視線も離すことが出来なくて、

鼓動がやけに煩くて、
いっそここで貴方と心中できたらいいのに、なんて頭のどこか、遠い所で思っていたりして、


やたらと目頭が熱かった。


「茜、」

かたん、と乾いた音を鳴らしてゆらりと太宰さんが立ち上がった。

そのまま音もなく私に近づいて、ぐっと顔を近づけた

驚きで声が一言も発せれない私は、ただ太宰さんを見つめる。

瞬きすら、ゆっくり、ゆっくりと感じられるほどまで緊張が続いたと思えば、急に現実に引き戻される感覚がした。

丁度、夢から覚める時みたいに。

「………」


彼はそっと、私に唇を当てていた
それ以上、離れることも近づくことも無く。

それは1秒にも満たなかったのかもしれない、だが、私にはそれが1分にも1時間にもとれた。

「茜、私も君が好きだ。」

ふっと、沸いた涙は、留まることを知らなくて、声が1つ上がる度に何滴もの涙が頬をつたった。

今まで、言えなくて悪かった、

と彼は詫びた。

いいんです、
と、私は彼に精一杯の笑顔を向ける。

だって、

こんなにも幸福に満ちているのだから、ずっと我慢していたかいがあります、




太宰さんはふっと微笑んで、


もう1度、唇を触れ合わした

確認するように、
これからの未来を約束する様に……
 

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