探偵短篇譚

□驟雨(しゅうう)
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探偵社の倉庫にて、

私はここで必要のなくなった書類の整理を任されていた

「よっこいしょ……っと」

もう既に重たくなっている腰に鞭を打ち、おおよそ3分の2くらいまで終わったところで溜息をついた。

(まだまだある…)

探偵社の人達は基本後片付けというものをしない。
その厄介事は大抵事務員に回ってくる。

しかも、運の悪いことに今日は他の役員は休みで私しか出勤していなかった


「ほんっとついてないなぁ…」

私は言葉は誰にも届かず冷たい壁へと吸い込まれていって消えた。

ここで投げ出してしまえばもう手をつけることさえ嫌になってしまうと自分を叱咤し、作業を進めていく。






「終わった……」

ドサッと椅子に腰を下ろし、一息つく事にした。
暖かいお茶を煎れ、持っていた菓子を抓む。

サァァっと音がするのでつ、と顔を窓に向ければ、いつの間にやら雨が降ってきていた。

(今日は降らないって言ってたのに)

まぁ、たまに外れてしまうのも仕方がない、とまた菓子をつまもうと手を伸ばした時、扉がガチャンと開いて探偵社社長、福沢諭吉さんが顔を出した。

「茜、今国木田が現場から戻ってくるらしいが、傘を持ち合わせていないらしい。

持って行ってやってはくれないか?」

と言うのだ。

正直現場まで行くのはめんどくさいのだが、国木田さんが困っているということであれば、行かない訳にはいかない。

「分かりました」

簡単に場所を教えてもらい、傘を2本掴んで探偵社を出た。

1歩外に出ればたちまち雨の香りが私を包み込んで離さない。

(ひどくなりそう、早く行かないと)

1人雨の中、目的地まで歩いて行く。
途中電車を乗り継ぎ、20分程歩けば現場に到着する。

「国木田さん」

「わざわざ届けに来てくれたのか?
すまなかったな」

「いえ、大丈夫ですよ」

はい、と傘を渡して、
降りしきる雨の中、2人で探偵社へと歩を進める。

「俺の異能力で出す事が出来れば良かったのだがな」

「手帳サイズが限界なら仕方ないですよ」

なんてたわいない話をしていると何処からか猫の鳴き声が聞こえてきた。

辺りを見渡してみれば、すぐ近くの公園からだった。
子供達が取り囲んでいたからすぐ目に入った。

「国木田さん、」
ちょっといいですか、と公園に入れば、なるほど、段ボールの中で猫が雨に濡れて震えていた。

「君達が世話しているの?」

「そーだよ、でも雨に濡れてて可哀想だったから…」

どうしよう、という目で見つめてこられては、なにかしないわけにはいかない。
そう思って、自身の傘を段ボール立てかけてあげた。

「これで濡れないでしょ?」

ね?と微笑んであげれば、
ありがとう!と可愛らしい声をあげ、子供達は走り去っていった。

「猫の代わりにお前が濡れてどうするんだ」

はぁ、溜息をつくのは国木田さん。
ほれ、と自分の傘を差し出してくるから、すみません、と一言謝り、一緒の傘の下に入る。

「どうしても見離せれなかったので」
「…まぁいい。もう帰るぞ」

肩を並べて歩けば、国木田さんの身長差がよく分かる。
怒ってるかな、とチラリと見上げれば心を読まれたかのように
「俺の手帳には今日はお前に対して怒る等ということは書かれていないから安心しろ。」

前を向いたままそう答えた。
その時、ザァッとひとしきり強く音が鳴ってまた雨脚が強くなった。

「今日は止みそうにないですね」

「そうだな、」

突然、顔をこちらに向ける国木田さん、どうしたのかと私も顔を向けると、
「濡れてるぞ」

え、?と肩口を見やれば、雨に濡れて変色していた。

あぁ、このぐらいなら大丈夫ですよと言うと、

「俺が大丈夫ではない」

そういって、ぐい、と私の肩を抱き寄せた。

え、という前に「こうした方がましだろう」と言われたので大人しく抱き寄せられることにする。


何故だろう、国木田さんに触れられているだけなのに、そこだけがやたら熱いのだ。

その熱は行き場を求めてやがて顔まで上ってきた。

そっとまた国木田さんを見れば、心なしか、彼の顔も紅く染まってる気がした。

(今日はついてるかもしれない)

まだ熱を帯びてる顔を下に向け、私はそっと笑みを零した。


雨はまだ、止みそうにない。

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