駄文帳

□こっちを見て、抱きしめて
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ヒトが持つ携帯電話というものは、たいそう便利なものらしい。誰もが肌身離さず持ち歩き、暇さえあれば小さな画面を覗き込んでいる。
遠く離れた相手と、いつでも話ができる。文を出すのに紙も筆も要らず、写真なども一緒に送れるし、それに対する返事も、早ければ一瞬のちに送られてくる。
確かに便利だ。
けれど。

「……そうなんですか?……あはは、それは大変でしたね」
笑いながら夏目が話をしている相手は、携帯電話。それをかけてきたのは名取の小僧だ。かれこれ一時間になるが、会話が途切れる気配はない。
「え、いや俺はまだ…でも名取さん明日もお仕事なんですよね?あまり遅くまでは…」
ちらちらと時計を見て、私を見る夏目。座布団の上に鎮座したまま、私はただ夏目を見つめているだけなのだが。
「いやいや、寝不足じゃ撮影にも影響あるでしょ?早めに寝たほうがいいですよ」
夏目には私が言いたいことが伝わっているようだ。

電話なんかさっさと切って、私を構え。

いやいやいや。これは別に嫉妬なんかじゃないぞ。仮にも世話になってる用心棒たる私を放って、そんな小僧と長々楽しげにおしゃべりなんかしている夏目が悪いんだ。




『仕事でね、しばらく日本を留守にするんだ』
哀愁のこもった儚げな笑顔は本物なのか嘘なのか。演技が本業なだけに判別がつかない。
まぁ、嘘だろうけど。
『そうなんですか。気をつけて行ってきてください』
夏目はにっこり笑ってそう言った。だがそれは名取には気にいらない反応だったらしい。
『寂しいな。引き留めてもくれないのかい』
手を握って身を寄せてくる名取に、夏目が後退する。
『だってお仕事なんですよね?主役だなんて、すごいじゃないですか』
『他に適任がいなかっただけさ。それより、きみが心配なんだ。いない間に、また妙な妖に目をつけられたり』
名取が私をちらりと見る。
『ちょっかい出されたりしないかな、って』
ちょっかい出しているのは貴様だろうが。気安く手を握るな、変態め。
『大丈夫です。ニャンコ先生がいますから』
即答する夏目に、名取が嫌な顔をする。
『彼はしょせん妖だからね。あまり信頼するのはどうかと思うよ』
ヒトの雄も、信頼できたもんじゃない気がするが。
『というわけだから、電話をかけてもいいかな。きみの声を聞いて安心したいんだ。幸いにも行き先は日本とあまり時差がないから、夜の空いた時間を共有するのになんの支障もなくてね』
『えっ。あ、はい。電話くらいなら、いつでも』
もっと無理難題がくるかと身構えていたらしい夏目は、殊勝な申し出にほっとしたように頷いた。

電話くらいなら、いつでも。

夏目がそう言った自分の言葉を後悔することになったのは、奴が出発して行ったその日の夜だ。




携帯電話を置いた夏目が、畳にぐったりと転がった。
「に、二時間…………」
時計はすでに就寝時刻を指している。
「………疲れた」
そりゃあそうだろう。友人とはいえ年も環境も違う相手に、それだけの時間付き合って話題を探し続ければ疲れもする。
しかもそれが、毎晩だ。
風呂から上がった夏目が寝るまでの間は、私との大切な時間。猫じゃらしだのボールだの、そのための小道具だって用意してあるというのに。
「だから最初に断ればよかったんだ。演技に乗せられおって」
ぷいとそっぽを向いて文句を言えば、夏目が顔だけをこちらに向ける。
「そんなわけにいかないよ。名取さんは大事な友達だし、俺を心配して電話してくれてるんだから」
「アホ、お人好しにも限度というものがあるだろう。奴がここ最近の電話で妖の話をしたことがあるのか?」
「……………そういえば、ないかも………」
長くあれこれ話しすぎて、なにを話したかよく覚えてないんだよね。夏目はそう呟いてまたぐったりと仰向けになり、
「でもさぁ。妖のことじゃないなら、なんで名取さんが俺なんかにわざわざ毎日電話してくるんだよ」
なんでって。なぜわからんのか、私が聞きたいぞ。
「今度の休みに、いっぱい遊んであげるからさ。機嫌直してよ、先生」
「ほんとに、おまえという奴は。私がボール遊びをしたくて怒ってると、本気で思っているのか」
「あー、猫じゃらしのほうが好きだっけ?」
「そうだが、違う」
「どっちなんだよ」
ずるずると這って移動し、布団に入っていく夏目。仕方なく、私もそこへ移動する。
「先生はほんと、名取さんと気が合わないよね」
抱き込んでくる夏目に、ふんと鼻で笑った。
「気が合う合わないの問題ではない」
「じゃあ、なにが問題なの」
おまえが問題なんだ。
私のお気に入りのおまえを、あいつも気に入っているから。
とか言えば嫉妬になるから、言えない。
「………遺伝子が反発するのだ」
「………そりゃまた、壮大だね」
呆れた夏目が、私を撫でながら目を閉じる。
触れる手のひらの暖かさに、私も目を閉じた。

こうしていたら、苛立ちがどこかに消えていく。夏目が私と共にいる、それだけがすべてになる。

私と夏目だけの、大事な大事な時間。

私はそれが、とても気に入っているのだ。

名取がなにをどう画策しようが、これだけは譲らない。
誰にも、邪魔はさせない。





ぷるるるる。

『やぁ、さっき言い忘れたんだけどね。お土産その32は、置物がいいかなペナントがいいかな』

「どっちも要らん!」

ぷつん。

「……あれ、今電話鳴らなかった?夢かな……」

「気にするな。ただの迷惑電話だ」

「……そっか……それよか先生、寒い。なんで布団から出てんの」

「ちょっとな」


布団に戻ると、すぐに手が伸びてくる。
逆らわずにされるがまま、夏目の胸元に寄り添うと。

「………あったかい、ね」

ほわ、と笑った夏目が、幸せそうに息をつく。

あったかい。

私も同じように息をつき、ゆっくりと目を閉じた。




END,

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