駄文帳

□結婚の条件
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「みんなには言っておきたくて」
夏目が笑顔でみんなを見回した。
「結婚、することになりました」
「………………」
みんなは何にも言わない。俺も言えない。
だって、この人と結婚します、って言われて抱きかかえて差し出されたのが、饅頭みたいな形の猫だったんだから。
なにか言えって言うほうが、無理だと思う。



大事な話があると言われて呼ばれて来てみたら、面識のある奴からない奴まで、揃って夏目の部屋に座ってた。
藤原夫妻はもちろんだけど、他に田沼とタキ、名取さんていう俳優さん、なんか陰気な雰囲気の的場とかいう男。そして西村と、俺・北本。
夏目の部屋は狭くはないと思うけど、これだけ入れば満杯だ。それを見回して夏目が言い放った言葉は、予想の斜め上をはるかに上回って空まで突き抜けていた。

豚猫が妖怪だったなんてのも初耳で、それだけでも充分衝撃なのに。
しかもそれと結婚て。
夏目は人生におけるなにかを諦めたとしか思えない。
だって饅頭だぞ?
いくら強い妖怪なんだと言われても、そんな丸い物体と結婚なんて、とてもじゃないが納得できない。

「本気なのか、貴志」
滋さんが真面目な顔で問う。本気かどうか聞く前に、頭は無事かとなぜ聞かない。
「まぁ素敵!打ち掛けかしら、ドレスかしら!」
きらきらした瞳で夢見る顔の塔子さん。夏目が男だってことを忘れたとしか思えない。
「……まさか、豚にしてやられるとは思わなかったな……」
「あまりにもあまりな見た目なので、油断していましたね……」
悔しそうな名取さんと的場さん。よそんちの猫に向かって、言いたい放題だ。
「…………嘘だろ……」
田沼はショックが隠しきれてない。目が虚ろになっている。隣でタキがぱあっと笑顔になった。
「すごい!おめでとう夏目くん!」
この状況でお祝いを言ったことに、少なからず感心する。女ってすごい。
「いやいや待ちなさい!まだ認めたわけじゃないぞ!」
滋さんが無駄なあがきをする側で、俺の隣で黙っていた西村が突然畳に頭をこすりつけて土下座した。
「先生!どうやったら結婚相手が見つかるのか、教えてください!」
彼女の作り方を猫に聞くなんて、そんなに切羽詰まってるのかおまえは。
「ふふん。おまえになくて私にあるもの、それは男としての魅力だ。一朝一夕に会得できるものではない」
夏目に抱えられたまま偉そうに語る猫。魅力って、真ん丸なおまえのどこにそんなもんがあるんだよ。
「…………まぁ、とにかく」
俺は咳払いして、夏目に向き直った。
「…………人生投げ捨てるには、まだ早いと思うぞ?」
「………………」
黙る夏目。その向こうで頷きまくる名取さんと的場さん。

みんなの視線が集中して、夏目は照れたようにまた笑った。



今まで、妖怪が見えることで散々な目にあってきた。祓い屋とかいう怪しい団体に目をつけられたりもして、そのせいでまた色んなことがあった。
その間夏目の側で夏目を支え、守り続けてきたのがニャンコ先生で。
そのニャンコ先生からされたプロポーズを、断るなんていう選択は頭の中に欠片も浮かばなかったんだ。

そう言う夏目の瞳は自然に腕の中の猫に向けられていて、手は優しく丸い背中を撫でていた。
それはまさしく、幸せという言葉を体現したような姿。男のくせに女みたいな顔をしている夏目は、そうして見たら本当にきれいで、なんだか猫に嫉妬めいた気持ちを感じてしまった。

けど、それなら仕方ない。突拍子もない話だけど、それで友達が幸せになるなら、俺たちは黙って祝福することにしよう。



と無理やり納得して頷いたところで、お茶を淹れに行った塔子さんが戻ってきた。手にお盆を持ち、脇に本みたいなものを挟んでいる。
「これねぇ、アルバムなの。ほら、この写真」
開いて見せるそれを覗き込むと、滋さんと塔子さんの結婚式の写真だった。ちょっとだけ古びたその中で、今よりずっと若い二人が笑顔をこっちに向けている。
「こっちが打ち掛けで、これはお色直しのドレスなの。貴志くんはどんなのがいい?せっかくなら両方着たいわよねぇ」
着たいのか?と目で夏目に聞くと、なんで俺が、と呟かれた。顔色悪いけど大丈夫か。
「打ち掛けもね、赤とか色々あるのよ。でも、花嫁さんはやっぱり白よね?きっと似合うわぁ」
楽しみ、と頬を染めて笑う塔子さんに、タキがドレスを指さした。
「ドレスも色々あるんですよね?色もたくさんだけど、形も。ミニとか可愛くないですか?」
「まぁ、ミニ!いいわね!今度ぜひ試着に行きたいわ、いっぱい合わせてみなくちゃ」
「一生に一度ですもんね、しっかり選ばなくちゃ!わぁ、なんだか自分のことみたいにドキドキしてきちゃった!」
タキは夏目の顔色には気づかずに、塔子さんと二人で盛り上がっている。滋さんはその隣で畳に拳を叩きつけながら、許さんぞと呟き続けていた。
「いやあの……式は、その。先生は妖だし、俺男だし、挙げなくてもいいかなって……」
必死で訴える夏目。だが誰も聞いてない。盛り上がり続ける女性陣と、反対し続ける滋さんと、落ち込む名取さんと的場さん。西村は真剣な顔で猫に話を聞いている。
「………式には呼んでくれよな」
ぼそっと言うと、夏目はがっくりと項垂れた。

「……けど、」
しばらくそうしてなんともいえない雰囲気が続いたあと、名取さんが顔をあげてアルバムの写真を指した。
「花嫁はいいとして、花婿はどうするんだい?まさかその団子みたいな姿で夏目の隣に並ぶ気じゃないよね?」
写真の滋さんは、花婿さんのタキシードを着て微笑んでいる。確かに、式を挙げるならこの米俵みたいな姿じゃ様にならないだろう。
「いや、だから式は……」
手を振る夏目に、名取さんがきらりと微笑んだ。
「やはり花婿は、きみに相応しい姿形じゃなくては。ここは私が代わりに花婿になって、」
「おや、あなたはそこそこ名が知れてなくもない俳優のはしくれじゃないですか。マスコミなんかが来たりしたら夏目が可哀想でしょう。ここは私が代わりに、」
遮ってにっこりと笑う的場さんを、名取さんが睨む。
「的場家当主となれば、結婚も一大事だ。そんな軽率なことをしたら、一門のみなさんが黙ってないんじゃないかな?」
「関係ありませんね。結婚は私の個人的なことですし、一門も夏目が花嫁ならば文句はないでしょう」
「いや。私ももう結婚してもいい頃だし、事務所からも特に禁止はされてない。それにタキシードなら、私が一番似合うと思うけど?」
またきらりんと輝いてみせる名取さん。この人しょっちゅうきらめいてるけど、どっかにスイッチでもついてるんだろうか。クリスマスツリーの電飾みたいな感じで。
しかし、いつのまにかこの二人、花婿の代わりではなく自ら花婿になる話をしているような気がするんだけど気のせいか。
「二人とも、立場というものがあるんじゃないですか」
茫然自失だった田沼が生き返った。大人二人に真面目な顔で対峙して、至極まっとうな意見を口にする。
「名取さんは売り出し中の俳優さんだし、的場さんは旧家の跡取り。どちらも、こんないきなり、しかも男と結婚なんてまわりが黙ってるはずがない」
「……………」
「……………」
正論を浴びて黙る二人。田沼は背筋を伸ばし、うんうんと頷いた。
「わかっていただけましたか。じゃあここは、一般家庭に暮らすごく一般的な一市民でなんのしがらみも持たない俺が花婿になるということで」
おまえもかよ。

三人が揉めている側で、女性二人が盛り上がる。夏目はひたすらドレスも打ち掛けも着たくないと訴えているけど、誰も聞く耳なんて持ってない。
「……北本ぉ……」
夏目、そんなすがるような目で見ないでくれ。俺にはもはや収集のつけようがない。

そのとき、夏目の膝にいた猫がすっと立ち上がった。
「おいこらそこの三人。なにを勝手に揉めとるんだ。夏目は私の嫁だぞ」
「豚は黙っててくれ」
「山に帰って腹鼓でも打ってたらどうだい」
口答えされても、猫は余裕の表情だ。にやり、と笑った口元を見て、笑う猫なんか生まれて初めて見たな、とぼんやり思う。もはやなにが普通でなにが異常なのか、判別がつかなくなっているようだ。
「アホ共め。私がなにも考えていないとでも思ったか」
猫はちらりと夏目を振り向いた。
「せっかく大事な恋人がプロポーズに応えてくれたというのに、恥をかかせるわけにはいかんからな」
「そんな、恥だなんて思ってないよ!」
夏目が慌てて首を振る。
「むしろ恥なのは、俺がドレスを着ることじゃないかと、」
「というわけでな、小僧共」
多分心の叫びを言葉にしたと思われる夏目のセリフを、猫は華麗にスルーした。
「この日のために、私は密かに修行していたのだ」
「修行って、なにを」
怪訝そうな名取さんにも、猫はあくまで偉そうだ。
「決まっておろう。ヒトガタになる修行だ」

ヒトガタ。
つまり、人間の形になること。

…………まじか。

目が飛び出しそうに丸くなっている一同をよそに、名取さんはますます眉を寄せる。
「見たことがあるのは、女子高生に化けた姿くらいだけど。まさかきみがドレスを着るとでも?」
どうやら猫が変身できることを知っているらしい。
けど、いくら友人の結婚式だからって中身がダルマ猫だとわかってて新婦に拍手と祝福を贈ることができるだろうか俺。いや無理だろ。
「あ、先生が女の子に化けてくれるんなら……」
ほっとした顔をする夏目。おまえ、もう自分が着るんじゃなきゃなんでもいいとか思ってないか。
「バカか夏目。私がそんなもの着るはずがないだろう。着るのはおまえだ」
ふんぞりかえった猫が、夏目にとって死刑宣告にも等しい言葉をあっさりと口にする。夏目はぱたりと倒れてしまった。
「おい、夏目!大丈夫か!」
「夏目!どうしたんだ!」
慌てて駆け寄る俺と西村の声に、夏目が薄く目を開ける。
「………ドレスなんか着るくらいなら、俺は死を選ぶ………」
「夏目!しっかりしろ!大丈夫、絶対似合うから!」
西村の言葉がトドメになったようだ。夏目はそのまま膝を抱いて丸くなった。

花嫁がそんな状態だというのに、猫は相変わらず上機嫌だ。悔しげな三人の顔がよほど面白いんだろう、夏目の机の上に乗ってにまにま笑っている。
「ねぇニャンコちゃん、要するにタキシードが着れるような姿になれるってことよね?」
タキが手を上げて質問すると、猫は頷いてみせた。
「無論だ。本屋で今時の若者の姿かたちを研究したからな」
「わぁ、見たい!見せて見せて!」
ねだるタキ。他の連中もそれへ賛同する。
「たかが獣が、どれだけやれるのか見せてもらいたいね」
「人に化けても太っていたら、封印して富士山の火口に投げ込みますからね」
「葉っぱを頭に乗せなくて、変身なんかできるのか?」
三者三様でバカにしていることに、猫は気づいているのだろうか。ふふんと手を腰に当てて仁王立ちしている。猫がそんなポーズをとれるなんて。俺の中の常識が崩壊していく音が聞こえるようだ。

全員の視線を一身に集めた猫が、ぼん、と煙の中に消えた。



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