駄文帳

□結婚の条件
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「……どうだ?これで文句なかろう」
煙が晴れたあと、猫のいた机に男が座っていた。
足を組み腕を組み、偉そうな態度のその男は、どこからどう見ても普通の人間に見えた。太ってもいないし、耳や尻尾もはみ出てない。
「すげぇ!」
素直に感心する西村の横で、タキが眉を寄せる。
「………チャラい」
「なに!」
言われた男は目を丸くして、自分の姿を見下ろした。
「私のどこがチャラいというのだ!」
「全体」
「ええっ!」
焦った男が夏目を見る。
「おい、寝てないでこっちを見ろ夏目!これ、どうだ?」
夏目は目を開けてちらりと一瞥して、またぐったりと目を閉じた。
「………チャラいし、軽そう」
そのまま呟くように言う夏目に、男が固まった。なんか、がーんていう擬音が聞こえてきそうな顔だ。

浅黒い肌。真っ白な髪はつんつんと立っていて、長めの前髪にはヘアピンが三本。黒地に骸骨が描かれたシャツと、オレンジのパーカー。ジーンズの腰にはチェーンがじゃらじゃらしている。
年は俺たちと同じくらいか。街に行けばゲーセンとかコンビニの駐車場とかにたむろしてそうな、いかにもな雰囲気。

どうやらティーン向けの雑誌を見てきたらしい猫は、立派なプチヤンキーになっていた。

「そんな男に、大事な息子を嫁にやれるか!」
滋さんが怒鳴る。まぁまぁ、となだめる塔子さん。名取さんと的場さんが、ふんと鼻で笑った。
「そんな若造が結婚なんて、笑わせてくれますね」
「夏目にはもっと、包容力がある大人の男が相応しい。私のような、ね?」
きらりと輝く名取さんに、的場さんがため息をつく。
「そんなにきらめきまくる男が相手じゃ、夏目が可哀想だろ。眩しくて寝られやしないし」
えっ。名取さんて家でも常にきらめいてるのか。明かりがいらなくて助かりそうだけど、確かに眩しいかも。
「ちょっと、ひとを蛍光灯みたいに言わないでくれるかな。陰気な包帯男よりよっぽどマシだと思うけど」
「好きで包帯巻いてんじゃないくらい知ってるだろうに、それも忘れるくらい耄碌したのか?年はとりたくないな」
「ひとつしか違わないくせに耄碌とか言うな」
「あんたこそなにかにつけて陰気だの暗いだの言ってるじゃないか」
二人とも、すっかり素に戻って口喧嘩を始めてしまった。ちょっとうるさい。

「おかしい………一番人気のあるモデルだと書いてあったから、細部に渡ってしっかり真似たはずなのに………」
ヤンキー猫はぶつぶつ言いながら、なおも自分の姿を見下ろしている。
「若者を真似たからいけなかったか。では、これでどうだ」
ぼん、とまた煙があがる。
それが消えたあとには、今度は背広に黒いコートを羽織った男が現れた。

年は30前後くらいか?短い白髪をオールバックになでつけて、黒いサングラスをかけている。襟元に長いスカーフを巻かずにかけた状態で、にやりと笑う口元には葉巻。

「いつか塔子がテレビで見ていたドラマに、こういうのが出てたんだ」
これでどうだ、と威張る男に、タキがまた眉を寄せる。
「……やくざっぽい」
「なに!」
またショックを受ける男。ていうか猫。
確かに化ける技術はたいしたものだと思うけど、その方向性が間違ってるとしか。

またみんなが口々にけなし始めるのを聞いて、猫は真剣に座り込んで悩み始めた。

それからあとも、方向性の間違った変化が続く。情報源が雑誌かテレビしかないから仕方がないのかもしれないが、それはどうよと言いたくなる姿ばかりなのはわざとかと疑いたくなる。
ジャージの上下に胸にホイッスル、て青春学園ものかよっていう。夕陽なんか見たら無条件に走り出しそうだ。
くたびれたグレーの背広と七三分けに黒縁メガネって、疲れたサラリーマンじゃん。屋台とか座ったらいつまでも愚痴ってそうな。
リーゼントに捻り鉢巻きとニッカボッカに地下足袋。それ、暴走族か鳶なのかはっきりしてくれないかな。

化け疲れたらしい妖は、とうとう猫に戻ってばったり倒れてしまった。
「むぅ……人に化けるのがこれほど難しいと思ったのは初めてだ………」
そう言った猫に、丸くなったままの夏目がちらっと目を開ける。
「俺も、先生がそこまでセンスがないとは初めて知ったよ」
「なんだと!」
猫は飛び起きた。
「おまえのために苦労しているというのに!」
「苦労って!ドラマに出てくる登場人物の服装を真似ただけのくせに、どこが苦労してんだよ!」
「おまえが、大人の男じゃなきゃチャラいなどと言うから!」
「そんなこと言ってない!ヤンキーだって別に似合ってればいいと思ってるよ!やくざ屋さんでも体育の先生でも、疲れたサラリーマンだって別に嫌だなんて思ってないさ!先生がやってるのは姿を真似ただけで、そんなの全然先生らしくないから嫌なんだよ!」
「……………」
猫は言葉に詰まり、なぜだか俺を見た。
「………そもそも獣が人に化けるというのは、人の真似をすること…なはず、だと思うんだが」
なんで俺に聞くんだよ。そんな妖の事情なんて、知るわけがないだろう。

「……あー、多分こういう意味じゃないかと……」

言いたい言葉は飲み込んで、俺は猫に言った。

「夏目はニャンコ先生が好きなんであって、別に男が好きなんじゃないから……だから、ニャンコ先生らしくない姿は嫌なんじゃないかなって」

なんで俺、猫にこんなこと語ってんだろう。

「………つまり、オリジナリティーがない、ということなんじゃ……」

「………オリジナリティー、てことは………」

考えこむ猫。

そして、ぼんとまた煙。

出てきたのは、ジーンズに無地のシャツという普通の男。

「夏目、これなら私だと一目でわかるだろう?」

服装は普通だったけど、顔が猫だった。

「キモ!」

当然ながら、夏目の感想はその一言。

そうしてまた猫に戻って落ち込む妖に、夏目がなにかを思いついた顔になる。

起き上がって猫を見て、にやっと笑う夏目。

「先生が、先生らしくて普通の人間に見える姿に化けられないうちは、結婚式なんかしないからな」

「にゃんだと!」

焦るあまりに猫語になる妖に、夏目は重ねて言う。

「先生が納得できる姿になれないなら、式はしないしドレスも着ない。そういうことだから、よろしく」

考えたな、夏目。そんなにドレスが嫌だったのか。




結局、夏目に婚約者ができたっていう報告会みたいな感じでその日は終わった。

それからも普通に学校で会ったり外で遊んだりしてるけど、夏目は今までと全然変わらない。俺たちも、気を使うことなく普通に接してる。

だから時々、あの会合は夢だったんじゃないかと思うこともあるんだけど。

でも夢じゃない。
なぜなら、たまに見かけるからだ。
夏目んちの猫が、森の奥で人に化ける練習をしているのを。


「こら北本!貴様見てないでなにか言え!」

アドバイスを求める猫は必死な様子、なんだけど。

夏目をダルマに取られると思うと面白くなくて、俺はなるべく目を逸らして見なかったふりをしている。




END,
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