駄文帳

□一緒にお散歩しませんか
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「やぁ、こんにちは。久しぶりですね」

学校からの帰り道。後ろからかけられた声に振り向くと、的場さんが胡散臭く微笑んでいた。

「………こんにちはお久しぶりですさようなら」
「一気に別れの挨拶まで終わらせるとは、さすが夏目くん。ですが」
的場さんがにやりと笑う。
「これを聞いたら、そんな挨拶などしていられなくなりますよ」
思わず立ち止まった。またなにか企んでいるんだろうか。この人が来ると、いつも必ず面倒なことに巻き込まれる。今日もそうなのか。この自信に満ちた笑みは、なにか俺を言いなりにする脅しネタを掴んでいるということなのか。
用心しつつ次の言葉を待つ。的場さんは黙った俺が逃げずに自分を見つめていることに、満足そうな顔で頷いた。
「逃げないのは良い選択です。少しは賢くなりましたか」
「…………俺になんの用があるんですか」
睨む俺に、的場さんはあくまで涼しい顔。
「用、というほどの用事はありません。この場所には、ね」
「…………場所じゃなくて、俺に用事ということですか」
「まぁ、そうです」
もったいぶって頷く的場さんに、イライラが募る。
「さっさと言ってくれませんか。さっきの言葉は、どういう意味なんですか」
これを聞いたら挨拶なんかしている場合じゃなくなる。そういう意味に取れた。嫌な予感しかしないが、家や学校のみんなに迷惑がかかりかねない内容ならば俺がなんとかしなくては。
「気になりますか」
当たり前だ。
「では、」
こほんと咳払いして、的場さんはたっぷりと間をとった。なんなんだいったい。それにしてもいちいち気を持たせる言い方ばかりする人だ。そういう方面の修行でもしてるのか。

「私は今日、休みなんです」

…………休み?

「そこで、朝寝を楽しんだり書店で立ち読みしたりゲーセン行ったりしてたわけなんですが」

…………ゲーセン?

「ふと通りに出てみたら、学生がたくさん下校していましてね。きみももう帰る頃かと思い至り、」

…………こんな時間まで、ゲーセン?

「一緒に散歩でも楽しもうかと思って、来てみたわけですよ」

はいこれお土産、と渡されたのは、不細工な猫の形をした小さなぬいぐるみ。
これもしかして、UFOキャッチャーの……。

「苦労したんですよ、それ取るの。一万使ってようやく取れたときには、まわりにいた人々が拍手喝采してくれて」

……………なんとコメントすればいいやら。

「………挨拶なんかしていられなくなる、という言葉の意味は………」

「もちろん、きみは今から私と散歩を楽しむのだから、さようならなんていう挨拶は必要ないですよ、ていう意味ですよ」

……………紛らわしい。
いちいち脅迫めいた言い方しかできないのか、この人。

「お断りします」

強く言う。的場さんは動じたふうもなく、ふっと微笑んだ。

「きみには断ることなどできないよ」

くっ。やはりなにか俺を脅すネタを握っているのか。

「だって、私はきみをよく知っている」

意味深な言葉。ますます警戒する俺。
的場さんはそれを見て、またにやりとした。

「きみが、休日にすることもなく一人で寂しく散歩をする私を放っておけるような人じゃないことくらい、お見通しですから」

……………………。

………いやいや。いくら俺でも、相手は的場さんだ。そんな、いくら一人だからってそこまでしてやるほどお人好しじゃ………

「きみに断られれば、私は一人で散歩に行かなくてはならない。黄昏に一人、紅く染まった空を見上げる私の表情は、孤独と絶望に暗く沈んでいることでしょう。風が髪を揺らし、周囲の家々から団欒の気配を連れてくる。それに背を向け、一人歩く道の先には夕闇があるだけ……」

「わかりました。わかったから、その芝居じみた妄想はやめてください」

身振り手振りつきで語る的場さんに、周囲を行く人々の目が痛い。

降参した俺へ、的場さんが笑顔になった。それは今まで見たものとはまったく違う自然な笑顔で、なんだか毒気を抜かれた気分になってしまった。




川沿いの土手道を、並んで歩く。
ススキが揺れる川原には花なんか咲いていて、少し冷たい風が頬に気持ちいい。

散歩はいいんだ。問題は、隣を歩く人が的場さんだということで。

「………的場さん、友達いないんですか」
「そうですねぇ。友達、というか」
歩きながら千切ったススキの先っぽをぷらぷらさせながら、的場さんがちょっと考える口調になる。
「普段から、常に誰かが側にいる。だから、あまり一人になることがなくてね」
お供の人たちに囲まれた的場さんは、いつもすごく偉そうな上から目線の言動をする。だから苦手だったんだけど。
「でも、こうして休みをもらってみたらね。どこへ行っても、なにをしてもいい。そんな状況になって、改めてまわりを見てみたら」
今の的場さんは、素に戻っているということだろうか。高圧的じゃない、自然で気さくささえ感じる言動。いつもこうなら、もっと仲良くなれそうなのに。
「こういうとき一緒にいたいと思える者が、誰もいないってことに気づいたんだ」
そういうのを、友達がいないって言うんだよ。
「それでどうしようかと思ってたら、きみの顔が浮かんでね。せっかくだから、会いに行こうと思った」
なんで俺が浮かぶんだ。そんなに印象に残るようなこと、なにかしたっけ。
「ちょうどよかった。あの豚も側にいなくて、二人きりで散歩ができますからね」
豚、って先生のことか。そういや先生、どこ行ったんだろう。

きょろきょろ見回した俺の目に、ダルマみたいな物体が映った。やけに見覚えのある模様のついた真ん丸な生き物が、的場さんが揺らすススキの先っぽに手を伸ばしてじゃれついている。

なんだろう、これ。

と考えてから、ようやく気がつく。

「先生!?」

「えっ?」

急いで周囲を見回した的場さんは、自分の足元にいる先生に気がついて驚いた顔をした。

「いつからそこに!?」

「さっきから」

先生は澄ました顔で俺の肩に飛び乗って、俺と的場さんを交互に見た。
「珍しい組み合わせだな。今度はなんだ?祓い屋の集会ならもう行かんぞ」
「そんなんじゃないですよ。今日は私、休みですので」
首を振ってみせる的場さんに、なおも猜疑心溢れる目を向ける先生。
「休みなのに、わざわざこんな田舎までご苦労なことだな。夏目になにか用なら、まずは私を通せ」
「マネージャーかなんかですか。豚に断りなど入れる必要はありませんね」
「ふん。私はマネージャーなどではない。夏目の用心棒であり、保護者だ」
「こんな豚に保護者面されるとは、可哀想に。夏目くん、辛くなったらいつでも来なさい。待ってますから」
「……………」
口を挟む隙がないので黙っていたら、突然話が俺に向いた。だから咄嗟に返事ができなかったんだけど。
「む!夏目、なぜ即答で断らんのだ!こいつのところなんぞ絶対に行かせんぞ!」
怒った先生が、俺のほっぺたを肉球でぺたぺた叩く。
「やっとその気になってくれましたか。じゃあ行きましょう、今すぐ」
俺の手を素早く握った的場さんが、さあさあと引っ張り始める。
「夏目!行くならおまえとは縁を切るぞ!」
「大丈夫ですよ、うちに来れば豚なんかに守ってもらわなくても私がいますから」
「貴様、さっきから聞いてれば豚豚と好き放題!私を誰だと思ってるんだ!」
「豚を豚と言ってなにが悪いんです。悔しかったら痩せたらどうですか。無理でしょうけど」

俺のほっぺたを叩きながら怒鳴る先生に、手をぐいぐい引っ張りながら言い返す的場さん。

すごくうるさい。

だけど俺は口下手で、思ったことを言葉にするのがとても苦手なんだ。二人の口喧嘩を止めるなんて、絶対無理に決まってる。

なので、この場合。

拳が飛んでも、仕方がないと思ってくれないと。




地面に落ちて気絶してしまった先生を抱きあげて、踞って頭を押さえる的場さんを見る。妖の先生には気絶レベルのゲンコツでも、人間にはやはりそこまで効果はないようだ。

「俺、的場さんたちとは考え方も違うし。一緒には行けません」

的場さんが俺を見た。

「でも、あの………うまく言えないですが」

どう言えば伝わるのか、俺にはわからない。人とコミュニケーションを取るなんて、この町に来るまではしたことがなくて。
必要だとも、思ったことがなかったから。

「でも………お休みの日の的場さんは、なんだか話しやすくて、この散歩も意外と嫌じゃなかったっていうか」

だから、と俺は微笑んでみせた。

「またお休みがあったら、遊びにきてください」

「…………………」

包帯から覗く片方の目が、丸くなった。

それから、笑顔。

優しい、そして嬉しそうなその顔は、鳴り始めた携帯の着信音を聞いて、すぐに消えてしまった。

「………休みは終わりです。戻らねばならなくなりました」
電話を切った的場さんが、肩を竦めた。その目が向いたほうを見たら、黒くて大きな車がこっちへ走ってくるところだった。
「では、残念ですが私はこれで。散歩に付き合ってくれてありがとうございます」
「いえ、あの……こちらこそ、色々失礼なことを言ったり思ったりして、すいません……」
「………なにを思ったのか、ぜひ聞きたいところですが」
側にきて停まった車から、サングラスに黒服の人が出てきて後ろのドアを開けた。的場さんが頷いてみせて、また俺に向き直る。
「途中で豚に邪魔をされてしまいましたが、なかなか楽しい一時でした。嫌じゃなかったなら、またぜひお付き合いいただきたいですね」
「………はい。今度は、事前に連絡をもらえると助かります」
笑顔を向けると、的場さんも笑顔になった。でもそれは、さっきみたいな素の表情じゃない。いつもの、どこまでも上から目線の、的場家当主の顔。
「では、また」
的場さんはそれだけ言って、返事も待たずに車に乗った。
すぐに走り出した車は、土手を抜けて橋を渡り、見えなくなる。

ほっと息をつき、抱いている先生を見た。

なんだか、本当によくわからない人だ。
緊張するし、疲れる。

でも、当主じゃない的場さんは、嫌いじゃないかもしれない。

もぞっと動いた先生が、はっとして顔をあげた。
「む!夏目、あいつはどこ行った!根暗陰険包帯男は!?」
「………的場さんなら、もう帰ったよ」
「ぬ!くそ、私に恐れをなして逃げて行ったか。臆病者め」
「迎えがきたんだよ。用事ができたみたいで」
鞄と先生を持ち直して、歩き出す。もう薄暗くなっているから、きっと塔子さんが心配しているだろう。
「ちょっと気の毒かな。休みなのに、休めないなんて」
「ふん。またどっかの妖でも捕まえる算段だろう。ったく、式くらい自分でどうにかすればよいものを」
「そうだね……」

的場家のやり方は、やっぱり好きになれない。

けど、的場さんは。

「……いつもあんなだったらいいのに」

そうするには、色々あるんだろう。的場さんの立場も、辛いものがあるのかもしれない。

だから、俺を誘うのかな。

一門の人たちとは違う俺なら、楽に付き合えるから。

「おーまーえー、」
先生が顎をたしたし叩いてきた。
「まさかあいつに情を移したとかじゃないだろうな?」
「もー、また。違うってば」
「おまえという奴は、私というものがありながら!この浮気者!」
「なんでそうなるの!違うったら!」

言いながら歩いていく先に、明かりのついた自宅。
その前でこっちへぶんぶん手を振る塔子さんがいて、思わず笑ってしまった。

「ただいま!」

言って駆け出す。

的場さんにもこうして、帰りを待ってくれる人がいるといいと、願いながら。





END,

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