駄文帳

□そろそろ付き合いきれません
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ようやく期末テストも終わり、あとは終業式を待つだけとなって、俺たちは久しぶりにみんな揃って学校から出た。夏目や北本、西村にタキまで一緒なんて滅多にない。西村なんかテンション上がりすぎて大はしゃぎだ。
「田沼も一緒ってほんと珍しいよな。今日は家の手伝いはいいのか?」
気配りの北本が俺を見て言い、その言葉にみんながこっちを振り向いた。
「今んとこは。大晦日近くなったら嫌でも手伝わなきゃならないし、それまでの猶予だよ」
うちは寺だから、年末年始は行事が目白押しだ。神社ほどではないにしても、それなりに人も来る。だからそれまで、遊べるときに遊んでおきたい。
「じゃあさ、公園寄らねぇ?」
西村の提案で、通り道にある公園に入った。寒いからか子供は全然いなくて、近所のお年寄りがちらほら散歩しているくらい。俺たちも、もう遊具で遊ぶ年じゃないので、缶コーヒーを買ってベンチへと歩く。西村の目的は、ちょっとでも長くタキと話をすることだろう。タキ以外みんなわかっていたけど口には出さず、正月をどう過ごすかなんて当たり障りない話題で盛り上がっていた。

「えー、じゃあ誰も彼女とデートとかいう予定がある奴いねぇの?」
西村が言う。おまえもじゃないかと言い返したい。
「あの、じゃあタキさんは。もしかして、彼氏と…?」
赤い顔で上目遣い。西村、キモい。
「私?まさかー。彼氏なんていないよ」
明るく首を振るタキに、ガッツポーズの西村。誘う勇気なんかないくせに。
「でもさ、みんなそれなりに女子に人気あるのに、彼女いないって理想高いとかなの?」
タキが逆に聞いてくる。
「女に人気って……」
「夏目か?」
北本と西村が、温かいコーヒーを嬉しそうに飲んでいる夏目を見た。視線に気づいた夏目が、怪訝な顔になる。
「俺が、なに?」
「理想高いんじゃないかって。彼女作らないから」
俺がみんなの話を要約すると、夏目は困ったように笑った。
「そんなんじゃないよ。彼女とか、俺なんかにできるわけないじゃん」
「俺なんかって言ったか?今」
嫉妬による怒りに震える西村の言葉にも、夏目は動じない。
「うん。俺より、勉強やスポーツができる奴のほうがモテるんじゃないかな。あと、女の子に優しい奴とかさ」
「いやいや。女が見るのは、やっぱ顔だろ」
北本が手を振り、な?とタキを見る。タキは首を振った。
「そんなことないわよ。みんな、理想というか、こんな人がいいっていうのがあるもの。イケメンなら何でもいいってわけじゃないよ」
「へぇ、そうなのか?」
意外、という顔の北本。俺も同感。女って、顔しか見ないと思ってた。
「じゃああの、タキさんの理想ってどんな……」
わざわざ撃沈するために突撃する西村。ちょっと尊敬する。
「私?そうねぇ、優しくて頼りになって、つるっとしてふかふかな人かな」
前半はいいとして後半はなんなんだ。それ人間じゃないよね。あきらかにどっかのタヌキ猫のこと言ってるよね。なんで混ぜるの。
「………頼りになるのは確かだけど、優しいかなぁ……」
考えこむ夏目。いや前半と後半は分けて考える必要があると思うぞ。
「つるっとしてふかふか……毛皮のコートかなんか着てる人?」
西村、惜しい。近いとこいってる。
「つまりそんなのが買えるような金持ちってことか」
間違った方向に結論づけた北本のおかげで、西村がベンチで膝を抱えてしまった。
「夏目の理想って、どんなんだ?」
落ち込む親友は無視することにしたらしい北本が、夏目を見る。
「俺の、理想…………」
いちいち真面目な夏目が、真剣に考え始めた。
「そうだなぁ。やっぱ優しくて、明るい人かな」
「おお!夏目も一応理想なんて持ってたんだな!なんかフツーだけど!」
自分から聞いといて、北本が感心した声をあげる。どういう返事を期待してたんだ。
「フツーだよ。笑顔が可愛い人がいいな、ていう感じで」
いかにも適当にまとめましたっていう夏目の言葉に、北本が素直に頷く。
「可愛い子、かぁ。それは俺も、かな」
「だよね」

笑う夏目。じゃあ俺は、と語り始める北本。

それを隣のベンチで聞いていたタキが、立ち上がった。
「夏目くん、後ろ」
「え?」
振り向く夏目。後ろを見て、その下を見る。

そこに、白くて真ん丸な生物が踞っていた。

「わぁ!先生!」

驚いて手を伸ばす夏目をちらりと見て、先生はふっと目を逸らした。わざとらしいため息をこぼし、力なく立ち上がる。

「………先生?どうした?」

具合でも悪いのか、と夏目が気遣うが、先生は小さく首を振るだけ。

そしてもう一度夏目をちらっと見て、ぽてぽてと歩き始めた。

哀愁漂う、真ん丸なケツ。
心配して追って来るのを期待してます、ていうオーラが丸い全身からこれでもかというくらい出てる。

けれど夏目は、おろおろしながらも立ち上がろうとはしない。一緒にいる俺たちに遠慮しているんだろう。

「夏目くん、追って!」
「え、猫をか?」
「で、でもみんなが、」
「誤解したのかもしれないわ、早く行ってあげて!」
「猫の話だよな?」
「う、うん。ありがとう、タキ」
「え、マジで猫追うの?」
タキと夏目の会話に混ざっているのは、北本のツッコミ。じつは俺も同じことをもう少しで口に出しそうになってた。
「先生!待って!」
駆け出した夏目が、わざとゆっくり歩いていた先生に追いついた。
「先生、今のは違うよ。一般的な理想、てことで」
「おい田沼、夏目が猫に言い訳してるぞ」
「う………うん、まぁ。大事な猫らしいから」
北本のもっともなツッコミに、うまい返事が思いつかない。
「だから違うって。先生より好きとか、そんなんじゃないから」
「田沼、夏目が猫に彼女に対する言い訳みたいなこと言ってる気がするんだけど気のせいか?」
「彼女っていうよりは、彼氏………いやなんでもない。気のせいだよ」
返事が苦しくなってきた。
「ね?機嫌直してよ。……うん、だから誤解だってば。他の誰とも付き合う気はないから」
「田沼。夏目が猫と会話して、しかも痴話喧嘩のあとの仲直りみたいなこと言ってる気が」
「気のせいだってば」
おおい夏目、猫と二人で世界に入ってないで早くこっちに戻ってきてくれ。俺はもう限界だ。
「田沼。夏目が猫と抱き合ってる後ろに花畑が見える気がするんだが」
「北本、おまえきっと疲れてるんだよ。早く帰って寝たほうがいいよ」
帰ってくれたら、俺が助かる。
「そうだな。なんか、そんな気がしてきた」
西村を促して、まだ夏目を振り返りながら帰っていく北本を見送って、また夏目に目を戻す。
「先生!よかった、わかってくれたんだね……!」
真ん丸な生物を抱きしめる夏目。生物は甘えるように夏目の頬に頭をこすりつけ、顎のあたりをぺろぺろ舐める。
「くすぐったいよ先生。……うん。じゃあ、帰ろうか。鞄取ってこなきゃ」
にこにこした夏目が、猫を抱いて戻ってきた。
「あれ?北本たちは?」
「…………帰った」
俺も帰りたい。
「よかったね夏目くん、仲直りできて」
嬉しそうなタキに、夏目も頷いて笑顔を返す。なんか、女同士の恋バナ聞いてるみたいな気分になってきた。

「じゃあ二人とも、また明日」
手を振って歩き出す夏目。その腕に抱っこされてこっちを見る猫が、にやりと笑った。

……なるほど。誰にもやらないぞ、ていう意思表示か。やるな、先生。

「…………タキ、送るよ。帰ろう」
「うん。ありがと。それにしても田沼くんて、フォロー上手いのね。まるで慣れてるみたい」
慣れてるよ、嫌というほど。なにしろあの二人、どこでもいつでもところかまわず花畑にしてしまうんだから。

なんだかひどく疲れた気分で、家路を辿る。
もう二度とフォローなんかしてやらないぞ、とか思うけど、きっとまたするんだろう。そしてまた疲れるんだ。
来年の抱負は、こういう損な性格をなんとかすること、にしようかな、とも思ったけど、きっと絶対無理だと思うから、やめておこう。

じゃあね、と手を振ったタキの笑顔だけが、今日の俺の心の支え。夏目、おまえの目は曇ってる。笑顔が可愛い人が、こんな近くにいるのに。

けれど、そんなことに気づかせるような先生じゃない。

夏目はきっと、一生あの先生に目隠しされたまま、ずっと一緒にいるんだろうな。



END,

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