駄文帳

□小枝の苦悩
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玄関が開いたのに気づいて、居間から廊下に顔を出してみた。
「ただいま、貴志くん。いい子にしてたかしら」
「おかえりなさい」
言いながら苦笑してしまう。塔子さんは、時々こんなふうに俺を子供扱いするときがあった。嫌じゃないけど、なんだかくすぐったい。
「お留守番ありがとう。はい、お土産」
買い物袋から小さな箱を出した塔子さんが、にっこりする。俺はなんだか照れてしまって、ちょっと熱くなった頬をごまかすように笑顔を作った。
「ありがとうございます」
「仲良く食べなさいね」
「え?」
塔子さんの視線を追って居間の中を見る。
こたつの中で寝ていたはずの先生が、いつのまにか出てきていた。見つめる先には、俺がもらった小さな箱。瞳はきらきらと輝き、口元にはよだれ。あきらかに食べる気満々な様子。
「猫はチョコ食べちゃダメだろ」
「………………!!」
がーん、という顔の先生。塔子さんがいる手前、しゃべることができないもんだから、激しいジェスチャーで俺になにかを訴えようとする。
「ふふ。にゃんこちゃんはチョコが好きみたいね」
にこにこしてそれを眺める塔子さんは、猫がこんなに不審な動きをしても気にならないらしい。ていうかチョコ好きな猫って、そこらへんからまずおかしいと思ったりしないんだろうか。
「部屋で食べます。先生、行くぞ」
それ以上先生になにかさせたら大変なことになりそうな気がしたので、そう言って二階に上がった。先生がついて来ているのを確認してから、障子を閉める。下からは、塔子さんが買ったものを片付け始めたらしい物音がしていた。
「夏目、それはどんなチョコなんだ?香ばしい匂いがする」
座った俺の膝に乗った先生が、さっそく箱に鼻を近づけてくる。
「砕いたナッツが入ってるんだよ。待てって、今開けるから」
箱を包んでいたビニールを取り、ぱかっと開く。中には細くて短い棒みたいな形のチョコがたくさん入っていた。
「食べやすい形だな」
短い指でチョコをつまみ、ぽりぽりかじる先生。やっぱり居間で食べさせなくて正解だった。お菓子を手でつまんで食べる猫なんて、いくらなんでも不審すぎる。
俺もチョコに手を伸ばす。一口サイズのそれは美味しくて食べやすくて、ひと箱なんてすぐに空になりそうだ。
「………………あ」
残った数本を取ろうとしたところで、手がとまる。
「どうした。食わんのならもらうぞ」
返事も待たずに先生が残りをさらっていく。けど、俺はそれでも動けずに、箱に書かれた商品名から目を逸らせなかった。



先日、小さな妖の手助けをした。
主を起こす役目を賜った、と張り切る妖と一緒に、その主が眠る祠を目指してプチ冒険をした。
そのとき。
途中で会った先生たちが、酒目当てにその妖を探していると知ったとき、ヒノエとチョビが俺の味方になると言って。
チーム結成、と張り切ったのはヒノエだったけど。
その、チーム名が。

「…………小枝、って俺のことだったのかなぁ………」

「ん?なにがだ?」
先生は別行動だったから、知らなかったんだっけ。
俺はあのときのヒノエの言葉をそのまま言った。
「チーム酒豪と、チーム小枝…………」
「なるほどな。名は体を表すというが、そのまんまじゃないか」
ヒノエもいまいち捻りが足らんな、なんて先生はのんきに笑ってるけど。

小枝。

俺、小枝なんだ。

「………………頑張ったら、もうちょっとくらい筋肉がついてくれるかな……」

貧弱なことは重々承知しているし、先生にだっていつももやしだのエノキだの言われている。
けれど、小枝は新しかった。
新しいだけに、なんかショックだった。

「無駄だな」
チョコのついた手を舐めながら、先生が冷たく断言する。
「体格というのは生まれ持ったものだ。筋肉がつく奴はなにもしなくてもつくし、つかない奴はなにをやってもつかない。疲れるだけだ、やめとけ。ケガするのがオチだぞ」
「…………でもさ。なんかほら、男として……」
「おまえはレイコにそっくりだからなぁ。あんまり、男っていう雰囲気がない」
「……………ないんだ」
さらに落ち込んだ。レイコさんは美人だったといろんな妖が口を揃えて言うけど、それに似てると言われても微妙な気分になる。

男らしくない、って言われてるみたいで。

女みたいな顔は、昔からコンプレックスなのに。

「だいたいおまえが筋肉とか。絶対似合わん。想像しただけで笑えるぞ」
にゃっはっは、と本当に笑う先生。むかつく。
「………じゃあ先生のその体型も、生まれつきなんだ」
「にゃっ!?」
「だよね。痩せた先生なんて、似合わなすぎて笑えちゃうよね」
「だからこれは仮の姿で!てゆかこれはこれで可愛いだろうが!この丸いフォルムが、なんとも愛らしいというか」
「先生の目、腐ってるよ」
言い捨ててそっぽを向く。なにか文句言ってるけど、無視だ無視。

八つ当たりだって、わかってる。

俺が貧弱なのは先生のせいじゃないし、小枝なんていうチーム名をつけたヒノエにも悪気があったわけじゃない。

けど。

どうにもならないことなら、どうすることもできないから。

なにかに当たるしか、ないじゃないか。



「………まぁ、おまえの貧弱な体は子供のとき満足に飯を食わなかったことも原因だと思うぞ」
しばらく文句を言っていた先生だったけど、俺があんまりにも暗い顔をしているせいか、なんか真面目に語り始めた。
「今からでも、食えば少しは肉がつくだろう。いつも少食すぎると滋にも言われてることだし、もう少し食って体力をつける努力をしろ」
慰めてるんだろうか。
「それにもう少し肉がついたほうが、私の好みだ」
違うな。
「…………先生の食べ物の好みに、俺を当てはめるのやめろよな」
例え肉がついても、食わせてなんかやらないぞ。
だが先生は首を振る。

「そうじゃない。もう少し柔らかいほうが、抱き心地がいいと言ってるんだ」

……………なに心地だって?

「抱いたときに、もうちょっとこう、ふわっとしたほうが。弾力というか。そういうのがおまえには足りない」

……………弾力、って。

「それ、いったいなんの好みなんだ?」

「夜伽の、」

全部言う前に、ゲンコツを一発。

「なに言い出すかと思えば。先生、俺をからかってるだろ」
「痛いな!ったく乱暴なとこもレイコそっくりだ!」
「………まさか、レイコさんにもそんなこと言ったんじゃ………」
「言うかアホ!私が夜伽をさせたいのはおまえだけ…………いやいや、拳をしまえ。構えを取るな」
「先生がそういうタチ悪い冗談をやめない限り、殴り続けるぞ」
「ひとをサンドバッグみたいに言うな!」
そう言って、先生はひらりと窓枠に飛び乗った。窓を開け、また俺を見る。
「言っとくが冗談ではないからな」
言い捨てて、右手を握りしめた俺が立ち上がる前に、外へと逃げて行った。

「………くそ。重そうな体してるくせに、こういうときは素早いんだから」

ばたんと窓を閉め、座り直して小枝の箱を手に取る。空っぽになった箱からは、まだ甘い匂いがしていた。

「…………冗談じゃない、って…………」

本気で、そう思ってるってことか?

夜伽、ってアレだよな。
乏しい知識しかないけど、きっとアレだよな。ただ一緒に寝るとか、そういうんじゃないよな。

え。

先生、俺をそんなふうに見てたの?

たちまち赤くなる顔を、鞄から出した下敷きであおぐ。けれど、なかなか熱は冷めそうにない。


………今夜から、もう少したくさん食べる努力を、

ちょっとだけ、してみようかな…………

いやいやいや!
なんなんだ俺!先生のバカがうつったか!?

しっかりしろ、と自分に言い聞かせてみても、顔はますます赤くなるばかりで。

先生が帰ってきたら、気絶するまで殴ろう。

そう決心しながら、ひたすらばたばた顔をあおぎ続けていた。





END,

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