駄文帳

□無自覚Lovers
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夕焼けを背景にして、ススキが揺れる河原に座る一人と一匹。
「夏目、寒くないか?」
真ん丸な猫がちらりと見上げる。
「大丈夫。先生こそ」
「アホ、軟弱なおまえと一緒にするな」
穏やかに微笑む少年が、猫の頭を優しく撫でる。猫はそれへ目を細めて、でも口から出る言葉は素直じゃなくて。

静かな、秋の終わり。
せせらぎを聞き、鳥の行方を追い、草むらから響く虫たちの奏でる演奏に耳を傾けて、そうしてやがて空は藍へと変わっていく。

夜の気配に、少年が立ち上がる。
「帰ろうか、先生」
答えない猫は、すでに少年の足元にいる。首についた赤いリード紐の先を見上げる瞳は、二人きりの時間を惜しむように少年を見つめていて、その視線に笑顔で応える少年も同じ気持ちであるのだろう。なかなか足が動かない。

ひゅ、と吹き抜ける風は、すでに冷えていた。少年がわずかに震えて肩を竦め、それからばつが悪そうに猫を見る。
「………やっぱ、ちょっと寒いね」
「……………アホめ」
悪態をついた猫の姿が、白く大きな獣の妖に変わる。今度は見下ろす位置になった少年の顔をぺろりと舐めて、その体を尻尾で包んだ。
「すっかり冷えているではないか。風邪をひくぞ」
「ありがと、先生」
真っ白な体毛に埋もれるようにして、少年が笑う。
「あったかい」
無表情な獣の瞳が、その一言で優しい光に満ちた。
少年は腕を精一杯のばし、獣の首にしがみつく。
「先生、大好きだよ」
「夏目、………」
可愛らしい告白に対する返事は、前足で少年を抱きしめること。

獣の顔に自分の頬を擦り寄せる少年に、獣の目がゆっくりと閉じられる。

そうして、顔を寄せ合って。

体温を分け合って。

それはあたかも、一枚の絵画のようで……………






「なんでそうなる!」
「どこを見たらそんな解釈になるんだ!」
ぽてぽてと跳び跳ねて怒る先生と、その隣で睨む俺。ヒノエはそんなのまったく気にしてない様子で、まだうっとりと自分が作った妄想の世界に浸っている。

河原まで散歩に来た俺と先生は、そこに座り込んで話をしていた。内容はというと。
「夏目、あれ食っていいか」
近くにいた野鳥を見た先生が俺を見上げてそう言うから、
「ダメに決まってるだろ」
って頭をぺしんと叩いたんだ。
「けちだなおまえは。そんなだからもやしなんだ」
「関係ないだろ。先生こそ、そんなだから太るんだよ」
言い合って、しばらくつんとそっぽを向いて黙ってた。そしたら陽が暮れてきて、寒くなってきたから帰ろうと思って立ち上がったんだ。
「帰るぞ先生」
「まぁ待て。こんだけ寒いんだから、一杯ひっかけて帰るのもいいんじゃないか」
言うなり先生は元の姿になった。
「言ってたら呑みたくなった。つまみは……、おまえでいいか」
味見だと言わんばかりに俺のほっぺたを舐めた先生が、尻尾で俺を捕まえてから地を蹴ろうと身構える。
「非常食扱いすんな!てか、なんで俺まで!」
「おまえだけ先に帰らせて、おかずを独り占めさせてなるものか」
「先生じゃあるまいし、そんなことするか!離せ!」
手を伸ばして先生の毛をぐいぐい引っ張る俺。
「痛いな!くそ、だったらこうだ!」
「わ!ちょ、手を離せ!身動き取れない!」
「ふん、ちょうどいい。そのまま捕まってろ」
「跳ぶなよ!絶対跳ぶなよ、俺落ちる!」
先生にしがみつくと、じつに愉快そうに俺を見下ろす先生と目が合った。ムカついたので、近くにあった先生の耳に思い切り、
「離せ中年バカニャンコ!」
そう怒鳴り、なにか言い返そうとこっちを向いた先生の眉間に必殺の右ストレート。
「………………っ!」
声も出せずに目を瞑り、悶絶して痛みに耐える先生。

で、また猫に戻った先生を抱えたところで、川向こうからこっちを見ていたヒノエに気づいたから手を振ったら。

こっちに来たヒノエが、冒頭のような寝言を言いながら頬を染めたというわけだった。



「あのな!私はこいつにぶん殴られて悶絶していただけだぞ!見てたならわかるだろうが!」
先生の短い手が地面をだしだし叩く。が、ヒノエはまだあっちの世界から帰って来ない。
「いや前から薄々気づいてはいたけどね?今のはもう、声をかけるなんて野暮はできなくてさぁ」
なにに気づいていたのか知りたくないが、それ絶対勘違いだから。
「…………ヒノエ。それ、みんなには言うなよ」
真剣な目をして言った俺に、先生も頷いた。
「どんな噂になって広がるか、わかったもんじゃない。絶対言うな」
「あら、まだ秘密なんだね?わかったよ、内緒にしとくから」
まだもなにも。ヒノエが想像したような会話は、まったくした覚えがないんだけど。

どう言えば伝わるだろう、と思案する俺と先生を見て、ヒノエがくすくす笑った。

「あんたたち、ほんとに自覚がないんだねぇ」

自覚って、なんの。

「ケンカしてたって言うけどね。見てたら、あんたたち本当に楽しそうだったよ?」

た、楽しそう………?

「無自覚であんまりいちゃいちゃされると、目のやり場に困る。いちゃつくなら家でやりな」

い、いちゃいちゃって。

「おいヒノエ。いい加減なことを、」

先生が言うと、ヒノエはまた笑った。

「あんたさ、いつから犬ころになったんだい?」

「な!そんなもの、なった覚えはないぞ!」

「首輪つけて、紐までついて。他の奴がそんなことしたら、あんた絶対怒るだろ」

「…そりゃ、まぁ……」

「レイコにだって、子分よばわりされたら怒ってたくせに。夏目なら首輪つけられても構わないのかい?」

「……………………」

黙ってしまった先生。
ヒノエは俺を見て、顔が赤いよと言って声をあげて笑った。

「あんたらがなんと言おうと、どう見たってそうとしか思えなかったんだから仕方ないじゃないか。嫌ならところかまわずべたべたするのをやめるんだね」

ああ、いいもの見た。そう言って、ヒノエは満足そうに帰っていってしまった。



固まった俺と先生が、ようやく動けるようになったのは、そのしばらくあと。

考えてみれば、そういえばいつもなんだかくっついていた気がすると思い至ると、抱っこするのすら意識し合ってしまって。

ぎこちない雰囲気のまま布団に入ったけれど、朝目が覚めたときにはいつも通り抱き合っている状態だった。

寒かったからだよ。

おお、それだ。きっとそうだ。

なんて言い合って、なんとなく苦笑して。

結局いつもの俺たちに戻ってしまうのは、ヒノエの言う通り無自覚なんだろうか。

なんて考えてしまう、今日この頃。




END,

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