駄文帳

□あなたと、メリークリスマス
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もうすぐ、クリスマス。
今までまったく興味はなかったが、今年は違う。
縁あって用心棒をすることになったヒトの子にうっかり心を持っていかれてしまった私としては、あの子からも同じ想いを返してもらいたいと思っている。そのためには、なにかアプローチが必要だろうとも思っている。
クリスマスは、聞けばそういうきっかけを作るのに最適なイベントだというではないか。ならば乗らぬ手はない。態度や言葉でいくら好意を示してもまったく気づかぬ鈍さ国宝級のあの子に、なにか素晴らしいプレゼントをして私の気持ちを伝えたい。

と思ってずっと考えているのだが、なかなかこれというものが見つからなかった。あいつは育った環境のせいかあまり物を欲しがらなくて、なにを贈れば喜ぶのか見当もつかない。

気づけばクリスマスは目前。なのに、いまだに私はぼんやりと虚空を見つめ、頭を悩ませている状態だ。こんなことでは、大事な日に間に合わなくなるではないか。大切なあの子になにも贈れないなんて、男としてのなにかに関わる一大事だ。

「………はぁ」
ヒトのようにため息をついて、私は周囲を見回した。そこは近所の公園で、子供たちが遊ぶのを眺めながらその親たちがおしゃべりをしているのが聞こえてくる。
「そうなの、どうしてもあれがいいって」
「お宅も?うちも同じものにしたのよ。きっとどこの家も一緒じゃないかしら、だって市内のデパートにはもう無かったもの。あのロボット」
「アニメが人気だものねぇ。うちは女の子だから、魔女っ子変身セットをねだられたわよ。玩具っていっても高いし、すぐ飽きちゃうし。もったいないわぁ」
そうよねー、と頷きあう母親たちをちらりと見て、またため息。あの子が超合金ロボットだの魔女っ子変身セットだのを欲しがるとは思えないし、だいたいすぐ飽きてしまうなら意味がない。参考にはならんな、と立ち上がった。

長く生きてきて、それがなんの意味もなかったと知るのはこんなときだ。恋などしたことがなかったから、どんなものを贈れば振り向いてもらえるのかまったくわからない。

とぼとぼと家路を辿る私の後ろから、聞き覚えのある声がかかった。
「ニャンコ先生?」
振り向くと、タキが目を輝かせて私を凝視していた。手はすでに捕獲の構えで、こちらへとじりじり近寄って来る。
本能的に逃げ出そうとしたが、遅かった。鷲掴み状態で持ち上げられたかと思うと、力一杯抱きしめられる。それこそ、昼に食ったものが全部出るかという勢いで。
「どうしたの?こんなとこに一人で。夏目くんは?てゆかつるふか!気持ちいいー!」
「ぐぇぇぇ!」
返事なんぞできるか。断末魔の悲鳴すらあげることができないのに。
そのまましばらく全身の骨がみしみしと音をたて始めるまで羽交い締めにされたあと、ようやく解放されてほっと息をつく。よかった、死なずにすんだ。
そうしてタキを見上げると、紙袋を二つ腕にかけているのがわかった。
「どっかの帰りか?」
食い物の匂いがしない袋に用事はないが、顔見知りに無言で立ち去るのもどうかと思って、一応聞いた。
「うん。クリスマスプレゼントを買いに行ってたの」
「…………なに?」
今一番気になっていることをさらりと言われて、私は慌ててタキの肩に飛び乗った。夏目や田沼でさえ重いと言う私の体重を受けて平気な顔をしているタキ。なんかトレーニングでもしているんだろうか。
「なにを買ったんだ?」
言いながら袋を覗く。中には派手な色のリボンがかかったビニール製のしゃれた袋がいくつか入っているようだった。
「田沼くんにはマフラーでしょ?夏目くんにはタオルで、」
「タオル?なんで」
「だってよく妖に追いかけられて川にはまったり溝にはまったりしてるから。猫の刺繍がついてるんだよ!夏目くん猫好きだし」
なるほど。そういう選び方もあったか。
「先生にも買ったのよ。クリスマスまで、中身は秘密ね」
唇に指を当てて笑うタキに、私はしばし思案したあと、改めて口を開いた。
「じつは……、私も夏目になにか贈りたいと思っているのだが」
なにがいいかわからなくて困っている、と正直に告げたら、タキは肩を竦めた。
「自分があげたいものをあげたらいいと思うけど」
「いや、プレゼントと一緒に私の気持ちも受け取ってもらいたいのだ。適当なものですませるわけにはいかん」
「…………婚約指輪とか?」
「いきなり重すぎないか」
「確かに」
うーん、と考えこんだタキは、そうだ!と叫んで顔をあげた。
「バレンタインとかに、よく漫画であるのよ。チョコを自分に塗って、頭にリボン巻いて、私を食べてってやるやつ!」
「…………チョコを塗って、頭にリボン…………」
いやいやいや。リボンはともかく、チョコなんか毛が絡まってもう大変なことになりそうじゃないか。全身くまなくハゲてしまったら、それはもう猫じゃなく別の生き物だ。
「それは漫画だからだよ。実際に溶けたチョコなんか塗ったら、火傷で皮膚がずる剥けに……」
どんなホラーだそれは。
「だから、チョコはバレンタインじゃないから置いといて」
バレンタインだったらやるのか。小娘のくせに、恐ろしいことを。
「そこはこだわらないで。とにかく、先生にリボンを巻いて箱に詰めて、ラッピングするの。どう?」
詰められるのか。空気穴はあるんだろうな。
「自分をプレゼント!これなら気持ちも伝わらないかな?」
きらきらした笑顔で提案してくるタキを見つめて、考える。
自分を、プレゼント。
確かに、いいアイディアのような気がする。

そのとき、背後になにかが降り立ったのがわかった。
「面白そうな話じゃないか」
そちらを向くと、三篠が笑っていた。
「夏目殿に献上するのに、貴様のような肉饅頭では相応しくない。私こそがプレゼントとして最適じゃないか?」
「ふん。貴様なぞもらっても夏目が困るだけだ。だいたい滅多に名を呼ばれないことで気づいてもよさそうなものだぞ、夏目に貴様は必要ないことをな」
「それはおまえがでしゃばるからだ。用心棒とは名ばかりの役立たずのくせに」
「役立たずだと?どういう意味だ」
「言った通りだ。私なら、主の側を絶対離れぬ。かすり傷どころか、誰にも指一本触れさせぬよ。おまえが役に立たぬから、みろ。こないだも主の可愛らしい頬に傷がついてしまっていた」
「あれはあいつが勝手に突っ走るから……ていうか貴様。まさか夏目を狙っているのか」
「はは、なにを言うかと思えばそんな今さらなことを。だが言い方を変えていただきたい。狙っている、ではなく、お慕いしているのだ。主とて貴様みたいな役立たずよりは、有能な者を側につけたいはず」
「夏目が貴様を選ぶとでも?」
「なんだ?まさか、貴様が選ばれるとでも思っているのか」
夏目のことになるとやけに突っかかってくるとは思っていたが、そういうことか。
「馬に夏目はやれんな」
「豚に主はやれぬぞ」
「…………………」
「…………………」
火花を散らす睨み合いに、そこらにいた小物たちが逃げ出した。殺気に殺気で応えれば、体の毛がざわりと逆立ってピリピリする。

「ニャンコ先生、どうしたの?誰かいるの?」
睨み合いを止めたのは、タキだった。きょろきょろと辺りを見回すが、依代を持たない三篠はタキには見えない。
「………タキ、あの陣を描け」
「えっ。妖が来てるの?」
「なるべくでっかく描け。今いるのは図体ばかりでかい阿呆だからな」
三篠がさらに強く気を放つ。全身が静電気を帯びたみたいにビリビリするが、負けるわけにはいかない。
「そ、そんな大きな妖なの………」
タキは怯えた顔をしたが、私がいるからだろう。陣を地面に描き始めた。
これが禁術と知って夏目はタキが描くのを嫌がるようになったが、私は気にしない。三篠はあの妖みたいにヒトに呪いをかけたりはしない奴だし、なによりタキにも見えないことには話が続かない。幸い夕暮れが濃くなっていて、遊んでいた子供たちは親に連れられて皆帰っている。ここにはタキと、私たち妖だけになっていた。

しばらくして、描きあがった陣の中に三篠がゆっくり入っていった。異形の出で立ちに怯えるタキに、優雅な仕草で腰を折る。
「はじめましてお嬢さん。私は三篠という者。主のご友人であるお嬢さんに危害を加えるつもりは毛頭ないのでご安心を」
「あ、主?って、夏目くん?」
頷いた三篠に、タキがほっとした顔になる。
「それで、なにをもめてたんですか?」
私の口調が穏やかではなかったせいか、早速そう聞いてくるタキ。私と三篠を交互に見ながら、両方から話を聞いていく。
「…………うん、なるほど。話はわかったわ。要するに夏目くんがどちらを選ぶか、なのよね?」
「そんなの、私に決まってる!」
「黙れ潰れ鏡餅。この私が相応しいと言っているだろう」
またケンカが始まりそうな私たちの間に、タキが割って入った。
「夏目くんがいないのに、そうやって言い争ってても結論は出ないでしょ?ちょっと冷静になろうよ」
「では、主をここへ……」
言いかけた三篠を遮って、タキはにっこり笑った。
「ちょうどいいじゃない。先生はプレゼントで悩んでたんだし、この際二人で箱に詰まってみたら」
「は?」
「箱に、二人で?」
意味がわからない私と三篠が顔を見合わせている間にも、タキはなにやらぶつぶつと考えている。
「三篠さんが入る箱…………家具屋さんとかに行けばあるかも……」
どうやら本気で、私たちをまとめて箱詰めする気らしい。
「………その箱に、空気穴は空けてもらえるのだろうか………」
三篠も、気になるところはそこなのか。






やがてクリスマス当日。
田沼も手伝って、夏目の部屋に二つの箱が運びこまれた。
夏目は塔子に頼まれたおつかいで留守。帰ってくるまでにセットしておかなくてはならない。
大きな箱には三篠が入り、小さいほうには私が入る。それを見届けたタキと田沼が、素早くラッピングをしてリボンをかけた。
「………大きいつづらと小さいつづら、どっちにする?とかいう昔話がなかったっけ………」
呟く田沼。その話に従えば、小さいつづらに入っている私がアタリということになるが。
この場合は、どうなんだろう。

「よし、できた!」
ラッピングを終えた二人が、中にいる私たちに声をかける。
「荷札貼るわよ」
「荷札って言うな!」
抗議したが返事はない。
事前に、私と三篠が一枚ずつ書いていたのだ。「夏目へ」「主へ」。私はヒトの文字で、三篠は妖の文字で。夏目なら誰が書いたか、見ればすぐわかるはずだ。
それを二人がそれぞれの箱に貼りつけて、準備は完了する。少しの間ごそごそしていたかと思うと、すぐに部屋から出ていく気配。
「じゃあ帰るけど。………………二人とも、まぁ頑張って」
なんだか呆れたような声で田沼が言い、そして部屋は静かになった。




はたして夏目は、どちらを選んでくれるだろうか。


ていうか考えていたクリスマスの主旨からだいぶ外れたような気がするんだが、気にしたら負け、なんだろうな。




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