駄文帳

□あなたと、メリークリスマス
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◆◆◆



おつかいから帰りながら、周囲を見回す。あちこちの茂みや、公園を回ったり塀の上を見たりしたけど、先生はどこにもいなかった。
「……どこ行ったんだか………」
クリスマス前から、様子が変だとは思ってた。そわそわしたり、ため息をついたり。夜もあまり眠れないようで、気づくと窓から外を眺めていたりしていた。
「………なにか、悩み事かな……」
先生が悩むなんて想像できないけれど、そうとしか思えない。だったら、相談してくれればいいのに。どうしたのって聞いても、クリスマスはなにが欲しい?なんて全然関係ないこと言ってごまかしたりして。
俺じゃ頼りにならないかもしれないけど、話を聞くくらいならできるのに。なにかあるなら、言ってほしいのに。

今日は朝から、姿が見えない。
てことは、クリスマスのことで悩んでいたのか?でも先生はクリスマスには興味がなさそうだった。もしあったとしても、ケーキはクリームかチョコかくらいなものなんじゃないか。あと、チキンが何本もらえるかとか。

それとも、好きな人でもできてプレゼントに悩んでたとか?だって俺にまで聞いてきたほどだ。先生はセンスというものを欠片も持ってないから、プレゼントに鳥の骨とか平気で差し出しそう。ああでも妖なら喜ぶか?しかしいくら妖でも人の食べたあとの骨なんて生ゴミでしかないんじゃないかな。



考えながら玄関を入り、台所にいる塔子さんに袋を渡す。
「ありがとう、助かったわ」
そう言って笑う塔子さんの髪には、俺がさっき贈ったバレッタがついている。優しい色の花の飾りがよく似合っていて、なんだか照れ臭くなってしまった。
「部屋に戻りますね」
「あ、さっきお友達が来てたのよ。待たずに帰っちゃったけど」
「友達?」
「ええ。タキさんていう女の子と、田沼くん」
タキと田沼が?
礼を言って階段を上がりながら、首を傾げた。タキは家族でクリスマスパーティとか言ってたし、田沼は家の手伝いがあるとか言ってたのに。なにをしに来たんだろう。

その答えは、すぐにわかった。

部屋の戸を開けると同時に目に飛び込んできた、くそでかい箱と小さな箱。ラッピングとリボン、てことはクリスマスプレゼントなんだろう。
机を見たら、リボンのかかった包みが二つ置いてあった。タキと田沼からだ。名前が書いてある。
では、この箱はなんなんだ。気のせいか、妙な気配がするんだけど。

箱を仔細に見ていたら、紙が貼ってあることに気づいた。
「夏目へ」
この下手くそな字は、先生だ。なにやってんだ、顔も見せずに。
「主へ」
妖文字。多分三篠だ。俺をこんなふうに呼ぶのはあいつしかいない。

改めて二つの箱を眺める。
でっかいほうは、部屋の半分を占める大きさ。ちょうど、三篠くらいの。よくこんな箱見つけたな。
小さいほうは、先生サイズだ。先生からの紙もこれに貼ってあった。

さて、どうしよう。

どちらの箱からも、時々ごそごそと音がしている。間違いなく、生き物が入っている。田沼とタキは、多分生き物を入れたあとラッピングをするために来てたんだ。

「………………………」

黙って見つめる俺。

がさがさごそごそうるさい箱。

そのとき、窓がひょいと開いた。
「夏目様、メリークリスマス!」
一升瓶を抱えた中級たちだった。すでに酔っている。
「今、パーティの最中なんですよ。夏目様もぜひ、いかがですか」
「……………先生も三篠も、いないだろ?」
「だから盛り上がるんじゃないですか!ささ、どうぞ。皆待っておりますよ」
「いや、家でパーティやるみたいだから………」

そこまで言って、俺は黙った。

もう一度、箱を見る。

「………中級」

「はい?」

「悪いけどこれ、持ってってくれないか?邪魔なんだ」

「おお、よく見ればいかにも邪魔そうな箱が二つも!わかりました、持って行きましょう」

中級ていっても、それなりの妖たちだ。くそでっかい箱を苦もなく持ち上げ、小さい箱をその上に乗せる。

「では、持って行きます。どこへ置いておきますか?」

「ああ、………どっか、捨てといて」

「了解いたしました」

二人の妖が、箱をさっさと持ち出していく。どう考えても窓から出るサイズじゃないのにするりと出ていく様子は、やっぱり妖なんだなと感心してしまった。





「貴志くん、にゃんこちゃんは?」
「さぁ。どっかで遊んでるんじゃないですか」
「あら、ダメよ。にゃんこちゃんも家族なんだから、一緒に食べないと」
ケーキにいつでも入刀できる構えで塔子さんがそう言うものだから、俺は仕方なく探しに出た。
皆がいる原っぱに行くと、箱は山奥のさらに奥の谷に置いてきた、との答え。
「あれ、なにが入ってたんですかね?なんか中からしくしく泣く声がしていたような気がするんですが」
「…………開けてないから、知らないなぁ」




翌朝帰ってきた先生に、なんで開けないのかと文句を言われたけど。
普通開けないだろ、物音がする箱とか。しかも怪しい妖気がこれでもかってくらい出てたし。

「せっかく、おまえにプレゼントしようと頑張ったのに!」
「そこでなぜ自分が箱に入ることにしたのか、どうしてもわからないんだけど」
「おまえに私をプレゼントしようとしたんじゃないか!気づけそれくらい!」
「先生もらってどうすんだよ」
「おまえには私の気持ちがわからないのか!」
「わかんないよ、箱詰めになった猫の気持ちなんか」

クリスマスだから、一緒にご馳走食べて一緒にケーキも食べて、お風呂も一緒に入って寝るのも一緒、とか思ってたのは俺だけなのかな。
先生にはクリスマスなんか関係ないんだろうけど、でもやっぱり特別な日だから。
特別な日には特別な人といたいって思うのは、俺の勝手な考えなのかな。

「せっかくタキとクリスマス前から準備していたのに」

だったら、タキとクリスマスすればよかったじゃんか。

なんて、もうこれはただのヤキモチだ。

「なんの遊びか知らないけど、三篠まで箱に詰まるとかどんだけ仲いいんだよ二人とも」

だったら、三篠と一緒に遊んでたらいいじゃないか。

楽しみにしてたのは俺だけだったんだと思うと、悲しくなる。
昔平気だったのは、一緒に過ごしたいと思う人がいなかったからだ。特別な人が、俺にはいなかった。
そう考えたら、特別だなんて思っちゃいけなかったのか、と思えてきて。

なんだか、自分が情けなくなった。

「………夏目、なにを泣いてるんだ」
「え」
さっきまで文句を言ってた先生が、気づくと心配そうな目で俺を見ている。
「な、泣いてない」
慌てて顔を袖で隠した。それへ先生が手を伸ばしてくる。
「理由を言え。私が箱に入っていたのは、迷惑だったのか?」
いや意味わかんない。
「プレゼントが嫌だったなら、今からなにか違うものを用意する。だから、泣くな」
え。いやいや、あれ本気だったの?本気で箱に詰まってたの?
「すまない。おまえの気持ちを、考えるべきだったな」
そんな、真面目に謝られても。箱詰め猫と箱詰め馬、あれ本当にプレゼントのつもりだったのか。あまりにも奇想天外すぎて、悪ふざけとしか思えなかったんだけど。
本気だったんなら、三篠に悪いことした。山奥の谷に捨ててくるなんて。
「私も捨てられたんだが」
三篠に謝らなきゃ。それと、お礼を。
「私にはそういうのはないのか」
いちいちうるさいぞ先生。また捨てられたくなかったら、黙ってそこ座ってろ。
「おまえは、三篠を選ぶのか………」
は?なにそれ。なんでそうなるの。

詳しく聞いたら、なんかアホらしくなった。
「なんでクリスマスプレゼントが、用心棒の座を賭けた勝負になるんだよ」
「三篠が引かないから、ついムキになって」
しょんぼりする先生。
「けど、おまえは絶対私を選んでくれると思ってた。………まさか、三篠を選ぶなんて。今までの私との日々は一体」
日々って言われても。
「とにかく、謝ってくる。いつもの寝ぐらに戻ってるかなぁ」
立ち上がる俺に、先生も立ち上がる。
「………連れて行ってやろう」
「珍しいな、自分から言うなんて」
「いいんだ……私の最後の仕事だから」
「最後?」
「明日からは、三篠がおまえの側にいるんだ。私はもう、お払い箱なんだ…………」
元の姿に戻っても、まだ悲しそうな目で見つめてくる先生。
「夏目、私はおまえを忘れない。いつまでも遠くから見守っ痛!」
ぐだぐだ言うから、ゲンコツを一発。よし、黙った。
「じゃ行こうよ先生。帰ったら、昨日のケーキ一緒に食べよう」
「………………」
「それから、先生に渡すものがあるんだ。昨夜渡したかったけど、いなかったから」
まぁ、俺が捨てさせてたからなんだけど。
そう言うと、先生の顔がぱぁっと明るくなった。
「もしかして、私にプレゼントなのか?」
「そうだよ」
「三篠には?」
なんで三篠が出てくるんだ。あ、一緒に箱に詰まった仲だから一緒にもらいたいとかかな。
「断じてそれはない」
そっか、よかった。じつは家族と友達以外は、先生にしか用意してなかったんだ。クリスマスに興味があるかどうかもわからなかったし。



それから、三篠のところへ行って、帰りに七辻屋でお饅頭を買って。

プレゼントを渡したときの先生の喜びようときたら。
家、壊れるかと思った。

「先生は、俺の特別なんだよ」

「私にとっても、夏目は特別だ」

お互い、その特別がどう特別なのかは聞かないまま。
答えがわかっているからなのか。
それとも、違う答えが返ってくるのが怖いからなのか。

昨日できなかったことを、全部しよう。

そうして抱き合って眠って、特別な夢を見るんだ。

「先生、プレゼントありがとう」
「なんにもあげてないが」
「箱に詰まってくれたじゃん。あれ、もらっていいんだよね?」

「……………………」

らしくなく真っ赤になる先生を抱きしめて、目を閉じた。



同じ夢が、見れたらいいのに。




END,
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