駄文帳

□歌声を聞かせて
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ふと。

西村たちと街を歩いていたとき、思ったんだ。

商店街の店先に並んだテレビから人気のアイドルグループの歌が流れてきて、西村がそれに食いついて。
「夏目、誰推し?俺はさぁ、」
なんて言われて画面を見たけど、正直同じ衣装と似たような髪型の女の子ばかりで、見分けがつかないので。
「…………西村は?」
無難な切り返しをしたら、西村が喜んで語りはじめて。
「おーい、行こうぜ。そんなん、みんな同じような顔してるから全然わかんねぇよ」
呆れた北本が呼んで、西村が文句を言いながらそっちへ駆けて行って。

それを追おうとして、そしてもう一度テレビを振り向いて見た。
明るくてノリのいい曲に、楽しそうに踊る女の子たち。

そのとき、ふと思ったんだ。

先生って、音楽なんか聞いたりするのかなって。








「なに?」
意外なことを聞かれた、ていう顔の先生が、俺を見上げて怪訝な顔をする。
「そのグループなら、塔子が見てたテレビに出ていて、私も何度か見たが。おまえ、ああいうのに興味があったのか?」
「ないよ。そうじゃなくて、先生はああいうの見たり聞いたりしないのかなって思っただけなんだ」
タンスから私服を出して、制服を脱ぐ。先生は座布団に座って、ふんと鼻で笑った。
「確かにどれも旨そうではあるがな。私にとっては、どうでもいい」
「食べ物として見るなよ。……でも、興味はないってことなんだ?」
「当たり前だ」
先生がにやっとする。
「おまえのほうが、ずっと美味そうだからな」
「……………」
不審な目付きで俺を見る先生から隠れるようにして、急いでセーターをかぶった。油断も隙もない。
「俺なんか食ったって、骨ばっかでちっとも美味くないぞ」
「そういう意味じゃないんだがな。わからんとは、まだまだガキだなおまえは」
言ってることがよくわからないが、とりあえず着替えを先に済ませなくては。半裸で先生の前にいるのは、なんだか非常に危険な気がする。
ばたばた着替えて先生の前に座り、違うと力説した。
「食べるかどうかじゃなくて。ああいう音楽を、聞くのかどうかってことだよ!」
「音楽?」
「嫌いじゃないだろ?酔っぱらったときなんか、よく歌ってるじゃんか」
作詞自分、作曲自分、ていう感じのすごく変な歌ばかりだけども。
「…………ふむ。まぁ、嫌いではないが」
首を傾げる先生。
「酒が入ると、楽しくなるからな。皆もよく歌ってるぞ」
「妖にも流行り歌とかあるの?」
「あるぞ。季節と関係するが、今の流行りは『生牡蠣小唄』とか『哀愁のカレーうどん』とか」
「…………なんだそれ」
「『哀愁の』は泣けるぞ。旨いのに汁がはねると染みになるからと注文してもらえないカレーうどんの悲しみが、とてもよく表現されていて」
「やめろ。聞きたくなる」
妖にも作曲家とかいるのかな。しかし食べ物に関する歌しかないような気がするのは気のせいだろうか。
「そんなんどうでもいいからさ。先生は、なんかCDとか買って聞いたりするような、好きな音楽とかあるの?」
「妖の世界にCDはないが。なんでそんなにこだわるんだ?」
「………気になったから」
「…………?よくわからん」
先生は話題に興味を失ったようで、部屋の隅にある玩具箱から猫じゃらしをくわえて持ってきた。遊べと言いたいらしい。

猫じゃらしの先をぶんぶん振って、それへじゃれる先生を眺めながらまた考える。
中級たちに言わせると、先生はすごい音痴らしい。でも歌は好きで、酔うといつも歌ってるんだそうで。
たまに歌いながら帰ってくるときがあるけど、音痴かどうかは俺にはわからない。だって酔っぱらってて呂律も怪しい状態で、怒鳴るみたいに歌うから。あんなふうに歌えば、誰でも音痴になるんじゃないかな。

歌が好きなら、聞くのも好きなんじゃないのかな。

いつもは、俺が好きな曲ばかりかけてるけど。

たまには、先生が好きな曲も聞いてみたいと思うんだけどな。生牡蠣やカレーうどんの歌って、録音したもの無いのかな。

けれど結局、先生の好きなジャンルがわからなくて、それはそのままになっていた。妖の世界の流行りは牡蠣やカレーうどんから『愛の蟹三昧』へと移ったらしい。ますます聞いてみたいけど、そう言ったら負けな気がするので黙っている。

そんな感じの、日曜日。
俺は部屋で西村から借りたCDをかけて、本を読んでいた。いつか街で聞いたみたいな、ノリのいい明るい曲。洋楽なので英語が苦手な俺には内容はさっぱりわからないけれど、本を読みながら聞き流すにはちょうどよかった。
「貴志くーん、ちょっといい?」
塔子さんが階下から呼んだ。
「はぁい」
本を伏せ、立ち上がる。座布団の上にいる先生に、ちょっと行ってくる、と声をかけてから部屋を出た。
「どうしたんですか?」
「あ、あのね。これ見てくれる?」
テーブルに開かれているのは、料理の本。
「今夜はなににしようかなって。貴志くんはなにがいい?」
カラー写真で載っている料理はどれも美味しそうで、言われた俺も迷ってしまう。
しばらく迷ってからようやくメニューが決まり、塔子さんはさっそく買い物に行った。
二階に戻った俺は、部屋からまだ音楽が流れているのに気づき、かけっぱなしだったことを思い出す。
先生、うるさくなかったかな。
そう思って、そっと障子を開けると。

先生は音源に向き直っていて、こっちからは後ろ姿しか見えなかった。

大きな頭が、曲に合わせて左右に揺れている。尻尾がぴこぴこ動いていて、体も小刻みにリズムを刻んでいて。

ノリノリ。

あまりにも珍しい様子に、俺は動けなくなった。

だって、あの頭。
体の動き。
特に尻尾。真ん丸な尻尾が、曲に合わせてぴこぴこと。

…………か、可愛い。

先生なのに、すごく可愛い。

今なら、タキが先生に襲いかかる気持ちがわかる。だって可愛い。可愛すぎて、どうしたらいいかわからないくらいだ。

「は!殺気!?」
先生がいきなり振り向いた。俺を見て、ほっと息をつく。
「なんだおまえか。タキが来たのかと思ったぞ」
安心したようにまた向こうを向く先生。俺がいるからか、体を動かすのをやめてしまった。
でも。
尻尾。尻尾がまだ動いてる。

「………もうダメだ!」
叫ぶと同時に駆け込んで、先生を鷲掴みする。そのままの勢いで抱きしめると、先生から断末魔みたいな悲鳴が聞こえてきた。
「死ぬ!潰れる!離せ夏目!」
「やだ」
「いやいや、マジ!離してくれ!骨が!あばらが!」
「やだ!だって先生可愛い!」
「ぎゃあぁぁぁ!」

なんか痙攣とかしてる先生を抱きしめて、幸せな気分に浸る俺。
だって、ホントに可愛いんだ。音楽を聞いてる猫がこんなに可愛いなんて、知らなかった。これからは毎日、先生がいる間はずっと音楽をかけ続けることにしよう。絶対そうしよう。もう決めた。



抱き潰されそうになった先生は、そのあと俺から距離をとり、近づいてきてくれなかった。
夜になって、寝る時間になっても、先生は側に来てくれない。手を伸ばそうとすると威嚇までしてくるから、諦めて寝ることにした。
「先生のけち」
「命がかかってるのに、けちもくそもあるか!」
部屋の隅に座布団を置いて、そこに丸くなる先生。そんなに怯えるほど力入ってたかな。
「おまえ、自分の妖力を考えてないな?」
そんなもの、可愛い仕草で俺を煽る先生の前ではなんの意味もないよ。
「あるに決まってるだろう!小物だったら一発で昇天レベルだぞ!?」
はぁ、とため息をつく先生に背を向けて、目を閉じた。
「おやすみ」
「あー」
疲れたような声で適当に返事をされて、怒ったのかな、と少しだけ不安になる。けれど意地が邪魔をして、どうにも素直になれなくて。

しばらく黙っていたら、本当に眠くなってきた。

瞼が重くなり、体の力が抜けていく。

「夏目?もう寝たのか?」

問いかけてくる先生にも、声すら出すのが億劫で。

「………まったく。こいつは、全然わかってない」

聞こえてきた声は、ずいぶん近くから聞こえるような気がした。
大きな妖が側にいて、顔を覗きこんでくる気配。

「煽る、なんて言葉を平気で使うあたり、ガキすぎて話にならんな」

いつも煽られているのは、こっちのほうだ。そう言って小さく笑う声。

これ、夢なのかな。

そして、聞き取りにくいほどに小さな歌声が聞こえてきた。
それは、今日のあのCDに入っていた曲。

薄く目を開けると、白い獣がふわっと姿を消すところだった。代わりに現れた真ん丸な猫が、布団の隙間に潜り込んで来る。

「………先生」

胸元にごろんと寝転がる柔らかい体を抱き寄せたら、くすくす笑う気配。

「可愛い仕草で煽っているのはどちらなのか、そのうちしっかり教えてやろう。覚悟しとけよ、夏目」

覚悟が要るようなことは、教わりたくない。
けど、もう口を開くのも億劫で。

「ヒトの作る音楽も、なかなかいいものだな。気にいったぞ」

うん。先生、歌上手いんだな。さっきの、また聞きたい。歌ってくれないかな。

「こないだ発表された新曲『豚汁のシンフォニー』もなかなかいい曲だったが、今日のCDのは………」

先生はそこまで言って欠伸をし、むにゃむにゃと寝る体勢に入った。
やがて、ぷーぷーと寝息が聞こえてくる。

が。

『豚汁のシンフォニー』ってなに。どんな曲。

一気に目が覚めた俺は、慌てて先生を揺すった。

「先生、ちょっと。豚汁でシンフォニーってどんな、」

「んー?いやぁ、それよりか同時発表の『あなたとカツサンド』のほうがノリがよくて……」

「また新しいの来た!なんだよカツサンドって!季節関係ないじゃん!」

「んー……………ぷぅ」

眠ってしまった先生はもう、起きる気配もなく。

頭の中を豚汁とカツサンドがぐるぐる踊る。

まさか。
もしかして、先生がよく歌っていた『天丼のブルース』、あれ自作じゃなくて、妖世界のヒット曲だったのか?

目が完全に覚めてしまった俺は、結局朝まで眠れなかった。




END,

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