駄文帳

□優しい夜に
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雪が、ちらちらと舞っている。
吐く息も白い。夏目は上着をこれでもかと着込んでマフラーを巻いて、まるでダルマだ。
「先生、あんまりはしゃぐなよ。溝に落ちるぞ」
これがはしゃがずにいられるか。落ちてくる雪はわずかな風にあおられて、あっちへ行ったりこっちに来たり。猫の本能を直撃するその動きに、じゃれずにはいられない。
手を伸ばして雪をつかもうとぴょんぴょん跳んでいたら、本当に側溝に落ちそうになった。危ない、また洗濯されるところだった。
「雪、積もるかな」
無理だろうな。そこまでの低気圧は天気図にはなかった。
「先生、新聞とかニュース熱心に見てると思ったけど、天気図まで見てるんだ」
尊敬したか。
「いや、驚いただけ」
ち。まったくこのヒトの子ときたら、年長者を敬う心を知らないんだから。

夏目の手には、白い箱。壊れやすいその中身を安全に家まで持ち帰るために、私は抱っこを断念して歩いている。
今日は、クリスマスイブ。
塔子が注文していたケーキを取りに行って、今はその帰りだ。
冬の陽が暮れるのは早くて、まわりの家々の明かりがだんだん眩しくなってきた。中には電飾で飾り立てた家もあり、クリスマスなんだなと改めて思ったりする。

「………俺さ、クリスマスになにかするのって、初めてなんだ」
夏目が呟いた。
「去年までは、預けられてた家でパーティとかやってて。俺、いつも部屋から窓の外見てた」
パーティに参加することもできなくて、でも参加しなければ気を使わせてしまって。そう言って苦笑した夏目が、ちらりと手にしたケーキの箱を見た。
「いつも、風邪ひいたことにして部屋にこもってたんだ。そんで、窓から雪をずっと見てた。クリスマスケーキも、じつは食べたことなくてさ」
……ケーキなんて、飾りが違うだけで味は同じだろうに。
「そうなんだけどね。だいたいケーキも、あんまり食べたことなかった。ここに来てからなんだ、誕生日とかなにかのお祝いとかでこんなに何度もケーキ食べるようになったの」
誕生日も祝ってもらったことがなかったと、そういう意味に聞こえた。
「………だから、嬉しくて。塔子さんや滋さんや、先生と一緒にクリスマスするのが」
どうやら夏目は、私にいくつか誘いが来ていたことを知っているようだ。皆クリスマスを口実に飲みたいだけだとわかっていたから、断った。
夏目が、クリスマスは一緒にいられるのかと聞いてきたから。
すがるようなその目に、胸の中でなにかが動いたから。
もちろんだ!ご馳走食ってケーキも食うぞ!なんて笑ってみせたら、夏目は心底ほっとしたような顔で笑った。

クリスマスなんぞ、私も無縁だった。
封印される前は、ヒトの行事になど興味がなかったし。
封印されてからは、夏目が来るまでなにもかもから遮断された状態だったから。
私も、クリスマスにパーティなんて生まれて初めてだ。
そう言ったら、夏目は驚いた顔をしたけど。

こんなに楽しくて温かい冬は、本当に初めてなんだ。

「じゃ、おんなじだね」

笑顔になった夏目が、ケーキを片手に持ち替えて空いた手を私に伸ばしてきた。

「今夜は一緒に、サンタクロースの夢を見よう」

黙って夏目の腕にしがみついて、その肩に手をかけて道の先を見る。

もう少しで、家に到着だ。

私と夏目が、二人揃って居候する家。

私と夏目に、温かさを与えてくれる場所。

今夜はきっと、滋と塔子がおまえの枕元にプレゼントを置きに来るから。

その気配にそっと笑って微睡めば、優しい夢を見られるに違いない。



明かりが灯った玄関を入ると、ふわりと暖かい空気が私たちを包む。




メリークリスマス。

聖夜にきみと、素敵な夢を。





END,

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