駄文帳

□今年も、よろしく
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大晦日の夜。

『あんた去年までいなかっただろ?今年は絶対来なよ、皆喜ぶよ』
ヒノエの言葉に、そういえば以前は毎年恒例の年越し飲み会が原っぱで開催されていたなと思い出す。
それならば行ってみるか、と飯のあとに家を抜け出した。元の姿に戻って原っぱに駆けて行くと、既に皆集まっている。懐かしい顔や最近馴染みの顔、見飽きた顔など様々な妖がいて、ちょっとばかり嬉しくなってしまった。

「待たせたか?」
降りて言うと、昔馴染みの妖が笑顔で頷く。
「当たり前だ、何年待ったと思ってる」
早速杯がわりの湯飲みを渡され、それへ酒が注がれる。神格の妖が持ってきた神酒だ。一年の終わりにだけ振る舞われるその酒は、以前と変わらず美味かった。
「封印が解けたと聞いていたが、元のねぐらには帰ってないのか?」
「ああ、今は他にねぐらがあって…」
しばらくこの地を離れていたらしい妖は、私の近況を知らないようだ。
「ヒトの家に住んでいるというのは本当なのか?」
「………まぁ、そうだ」
「斑ともあろう妖が、なんでまたそんなことを」
呆れたように言う妖に、酒を口に含んで誤魔化す。
ヒト嫌いのこの妖には、ヒトの用心棒をしているなんて理解できないだろう。友人帳にも興味を示さなかった奴だから、それをもらい受けるためだと言ったところで同じことだ。
「………成り行きで、そうなったんだ」
考えながら言葉を口にする。
「単なる気紛れだ。まぁ、山の中よりはいろんなものがあって、暮らしやすいしな。座布団とか」
「座布団?」
怪訝な顔になる妖。だが、聞き流すことにしたようだ。
「なんでもいいが、うっかりまた封印されたりしないでくれよ?おまえがいないと退屈だからな」
「…………ああ」
そういや以前はよくこいつとつるんで遊び回っていた。あちこちの野や山を駆け回り、大妖と噂される妖にケンカをふっかけたりして。
「またどこか遊びに行こう。そうだ、最近レイコの孫とかいうのがここらに来ているらしい。そいつで遊ぶのも悪くないんじゃないか」
「……………遊ぶ、とは」
湯飲みを置き、友人を見据える。
「どういう意味だ?」
「あのレイコの孫だ、当然我らの姿も見えるのだろう。噂では早くも妖を手懐けて子分にしているとか。どれだけの奴か、見てみたいと思っていたんだ」
「……………ふぅん」
「なんだ、ずいぶん気のない返事だな。おまえレイコとは親しかったじゃないか、気にならんのか」
「……………」
どう返事をするべきか。
こいつは悪ふざけを始めると限度を知らない。夏目にちょっかいをかけられると、あとが面倒だ。

ちら、と空を見る。月が真上にさしかかろうとしていた。

約束の時間が近い。

「余計なことはしないほうが利口だぞ」
立ち上がりながら言うと、妖が驚いたように私を見上げた。
「おい、まさか帰るのか?今来たばかりではないか」
「ちょっとな、用事を思い出した」
「む。もしかして、ついに斑もつがいになる者を見つけたのか?」
「アホ。そんなんじゃない、ただの用事だ」
「いやいや、隠さなくてもいい。おまえが酒もそこそこに帰るなんざ、初めてのことじゃないか?」
これはめでたい、なんて勝手に騒ぐ妖を放って、空へと跳んだ。眩しい月が目の前にある。
「………まずい。ちょっと遅れたか」

なんで、と聞かれては、返事に困る。
用心棒だの友人帳だの、単なる言い訳だから。
本当は、見ていたくなったからだ。あいつを、一番側で見ていたかった。
誰よりも側で。
ヒトはこういう気持ちを、恋とか愛とか呼ぶのだろうか。

開いたままの窓から飛び込むと、夏目が毛布を頭からかぶってストーブの前に座っていた。
「先生、遅い!」
「いや、すまん。でもギリギリだっただろう?」
窓を閉めて猫の姿になって、夏目の毛布に潜り込む。胸元からぽんと顔を出せば、すぐに抱きこんでくる腕。
「窓開けとくの、寒かったんだぞ」
「閉めていてもよかったのに」
「だって閉めてたら、先生がすぐ入って来れないじゃんか」
唇を尖らせて可愛いことを言う夏目に、なんだか頬が緩む。
それから二人同時に時計を見て、あと少し、と確認して。
「どうだった?飲み会」
「ん?まぁ、懐かしい顔ばかりでなかなか楽しかったぞ」
「へぇ。先生、友達いたんだ」
「失礼な!私の顔は海より広いんだぞ!」
「あはは、変な例え」
他愛ない話をして時間を潰していると、窓が開いた。
「夏目!」
「夏目様ー!」
中級やヒノエたちが顔を出して、私を見て驚く。
「斑!なんであんたここにいるんだい!?」
「ふん。原っぱに来てないからまさかと思っていたが、おまえら私を追い払ってこっそりここで年越しするつもりだったな?」
「……………………」
図星だったらしい。姑息な奴らめ、油断も隙もないとはこのことだ。
「まぁいいじゃないか、先生。みんな入って来いよ、外は寒いだろ」
「あらまぁ夏目ってば!優しいんだから!」
ヒノエが夏目に飛びつこうとするので、毛を逆立てて威嚇した。あとから中級たちが酒を持って入ってくる。
「我ら犬の会としては、やはり新年は夏目様とともにお迎えせねば!」
その後ろから、子狐も来る。
「どんぐりいっぱい持って来たんだ。これ、おつまみになるかなぁ」
「おや、気がきくね。ありがとう、坊や」
紅峰が入ってきて子狐の頭を撫でた。
「じゃあ、犬の会に入れてくれる?」
「いや、入らなくていい」
突っ込んだのは夏目。ダメなのか、としょんぼりする子狐に、
「そんな得体の知れないものに入らなくても、俺たちはもう友人じゃないか」
必殺の夏目スマイル。名取よりもきらめくその笑顔に、子狐だけじゃなくあとから入ってきた三篠までが見惚れているのが気にいらない。
「主殿、私の新年の抱負が決まりましたぞ」
「あんまり聞きたくないけど、流れ的に聞くべきなのかな」
「来年は、今よりもっと夏目殿のお側に。だから、なるべく頻繁に私の名をお呼びください。できれば五分おきくらいに」
「あははは、三篠は冗談が上手いなぁ」
毒舌からの受け流し。夏目の妙なスキルがどんどん上がっていくが、三篠の打たれ強さも天井知らずだ。早速どこからか紙と筆を出して、抱負を書き初めようとしている。

賑やかになった部屋の中。
時計の針が、二本揃って十二を指した。

「あけましたー!」
「おめでとうー!ささ、飲んで飲んで!」
「ことよろ乾杯ー!」

さらに賑やかになって、お互いの声が聞き取りにくくなったから。

毛布をかぶったままの夏目の顔に、頬を寄せた。

「先生、あけましておめでとう」

「おめでとう」

「今年も、よろしく」

「ああ。よろしく」

ひそひそと囁き合って、笑顔を向け合って。

吐息がかかるほど近い距離にある、夏目の笑顔。

年が明けた瞬間には、一緒にいよう。
一番の挨拶を、一番の笑顔で。

その約束に、間に合ってよかった。









明けて新年。
ちらちらと雪が舞う中を、夏目と二人で散歩に出た。
「先生、抱っこされた状態じゃ散歩にならないと思うけど」
「うむ。じつは地面が冷たくてな」
「雪降ってんだから当たり前っつか猫はみんな普通に歩いてるよ?」
「アホ!そのへんの野良猫のごっつい肉球と私のプリチーでデリケートな肉球を一緒にするな!靴買ってくれ、靴!」
「リアル長靴をはいた猫だな」
うん、そういうのもアリかも。
なんて夏目が真剣に悩むのを眺めていると。

「おまえが夏目か」

聞き覚えのある声が降ってきた。

「………誰だ、おまえ」
夏目が見上げて答えた相手は、私の昔馴染みの妖だ。どうやら本当に見に来たらしい。
「友人帳に名があるのか?だったら返すから、」
「はは、まさか。ヒトなどに名を預けるような間抜けと一緒にしてもらっては困る」
「……………じゃあ、なんの用だ?」
夏目の腕に力が入る。このアホは、何度言っても同じことをしようとする。用心棒を庇う奴があるか、といくら言っても効き目はないようだ。
「用はない。だが、妖を従えたヒトの子というのがどんなものか、見てみたいと思ってな」
「………従えてなんて、」
言い返そうとする夏目の腕から、するりと抜ける。そのまま一回転して、元の姿になった。
「見に来たなら、もう用は済んだだろう。帰らないなら、私が相手になるぞ」
「え。斑?」
驚く妖に構わず、夏目の前に出て威嚇する。妖は事態が飲み込めないという顔で、しばらく私と夏目を交互に見ていたが。

「なるほど!」

ぽんと手を打ち、何度も頷く。なにがなるほどなんだ。

「先日言ってたのは、その人間のことだったんだな!そうか、これは失礼した。我は斑とは昔からの友人。その妻となる者に無礼を働く気はない」

「…………つ?」

首を傾げる夏目。なにか聞きたそうな顔でこっちを見るのはやめろ。

「そうかそうか。斑、美しい人間じゃないか。レイコにそっくりだが、雰囲気はずっと優しい。うん、大事にしろよ」

それじゃあ、お幸せに。

妖は言いたいだけ言うと、そのまま飛び立って行ってしまった。

………納得してもらえたようだから、いいんだが。

「先生……今の妖、なに言ってたんだ……?」

こっちのこれは、どうしたらいいんだろう。

「…………あいつは、昔からちょっと頭が」

「頭?」

「そう。えーと、可哀想な奴なんだ、頭が」

「そうなのか……気の毒に」

ふぅ、なんとか誤魔化せた。

猫に戻り、また夏目の胸元に飛びついた。それを抱きしめながら、ありがとうと夏目が囁く。
いつも、私が庇うと必ず言う。用心棒なんだから、いちいち礼を言う必要などないのに。
「………けど、あの妖。俺のこと、先生の恋人と間違えたのかな」
「いやいや。だから、あいつはちょっと頭が残念な奴だから気にしなくていいんだってば」
「でも……先生、もしかして本当に恋人がいるんじゃないのか?だからあの妖、それを俺だと思い込んで……」
「いないぞ、そんなの。もう気にするな。それより、七辻屋の新作饅頭を」
「…………だったら、いいけど」
呟いた夏目が、ふと目を逸らした。
「……………妻、って。ちょっと、びっくりした………」
「………………え」

夏目の頬が、赤くなっているものだから。

少しだけ、嬉しそうに笑ったから。



私のほうが、驚いてしまって。

七辻屋の饅頭をねだるのを忘れてそのまま帰ってしまって、あとでものすごく後悔することになった。



END,

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