駄文帳

□あなたにだけのお年玉
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「おめでとう、貴志。これ、私たちから」
「わぁ、ありがとうございます!」
お年玉をもらってしまった。
それを大事にポケットにしまう。こんなのもらったのなんて、覚えている限りでは初めてだ。
嬉しくて嬉しくてにこにこしてたら、塔子さんが同じポチ袋を手に先生の頭をつついた。
「これはニャン吉くんに」
「…………えっ」
猫にお年玉。
そういう風習って、あるの?
驚いたのは俺だけじゃなかった。俺がお年玉をもらうのを不思議そうに見ていた先生も、自分に差し出された同じ袋を真ん丸な目で見つめている。
「………にゃ?」
これなんだ?という意味の声を出した先生が、首を傾げて塔子さんを見上げた。
「お年玉よ。あなたもうちの子だものね」
俺が勝手につれて来た猫なのに、そんなふうに言ってくれるなんて。
じーん、と感動している間にも、先生は初めて見るらしいお年玉袋を疑わしげに眺めている。
そうして、軽く匂いを嗅いで。
「ありがとう!」
いきなりそう言って、袋を両手で受け取りやがった。
「…………………」
「………………いま、」
「あ、えーと!今のは俺が言ったんです!」
言葉をなくした滋さんと塔子さんに、慌てて言う。
「猫にまでお年玉をもらえるなんて思ってなくて!あの、ありがとうございます!」
「………あ、そうなのね。タイミングがばっちりだったから、てっきりニャン吉くんが言ったのかと……」
「おっさんみたいな声だったような気がしたが、気のせいだったか」
頷く二人に俺も激しく頷いてみせて、いまだ袋を両手に捧げ持っている先生を急いで抱き上げた。
「部屋、行きます!ありがとうございました!」



という感じで部屋に駆け込んで、障子を閉めてから先生の頭に新年最初のゲンコツを一発。
「いきなりしゃべるなよ!二人とも固まってたじゃないか!」
だが先生は動じない。袋を胸に抱きしめて、歌いだしそうな顔で押し入れを開けた。そこにはなぜか、一升瓶が数本。
「なにストックしてくれてんだ!塔子さんに見つかったらどんな言い訳したらいいんだよ!」
「ふっ。夏目、新年早々そんなに騒ぐな」
先生は落ち着きはらってストーブに火をつけた。
「今の私は無敵なのだ。貴様のゲンコツなど蚊がとまったようなもの」
「たんこぶできてるけど」
「はっはっは。そんなもの、かなり痛いくらいでなんともないわ」
「かなり痛いんならなんともあるんじゃないのか」
なにを言っても先生の上機嫌は変わらない。ストーブの上に手をかざして温度を確かめながら、俺の机の引き出しを開ける。そこにはなぜか、湯飲みがひとつ。
「机を食器棚にするなよ!つかなにワンセット用意してんだ!もうなにをどうしても言い訳できない状況じゃないか!」
「小さい。夏目、おまえは人間が小さいのだ。机から湯飲みが出てきたくらいで、そんな大騒ぎするなどと。そんなことでは、タンスを見たら腰を抜かすぞ」
タンス。タンスにもなにかあるのか。
引き出しを開けると、俺のパンツの奥に饅頭が。
別の引き出しからは、エビの尻尾コレクションが。
他にもあるのかもしれないけれど、俺はそこで確認するのをやめた。怖すぎる。
「………なんで、タンスが食料保存庫になってんだよ…………」
がっくりと膝をつく俺。高笑いする猫。
「だから言ってるだろう。おまえは隙がありすぎるのだ」
「隙があるとかないとかの問題なのか、これ」
どれも普段開け閉めする場所なのに、なんで。いつの間に。
部屋の中を見回して、ため息をつく。この調子では、どこになにが隠してあるかわかったもんじゃない。
「む。よし、ほどよい温度になったな」
先生は頷いて、さっきもらった袋を開けた。中から引っ張り出したのは、四角く切った白いもの。
「それなに?」
「スルメイカだ」
先生がイカをストーブの上に置いた。ちりちりと音がして、香ばしい匂いがしてくる。四角いイカがくるんと反り返るのを待って、瓶を傾けて湯飲みに酒を注いで。
「よっしゃあ、飲むぞ!」
「よっしゃあ、じゃないってば!」
湯飲みを取り上げようとしても、先生はひらりと跳んで身をかわす。それでも酒が零れないなんて、見事としか言いようがない。さすがはお酒大好き中年飲んだくれメタボリックニャンコだ。
「酒とイカ。この二つが揃ったとき、私は無敵になるのだ。覚えておけ夏目」
意味不明なことを口走って、ふんぞり返る先生。いやいや、頭大丈夫なのか。飲む前から酔っぱらってんじゃないのかこれ。

微妙な敗北感でいっぱいな俺を放って、先生は早速湯飲みに口をつけた。そしてストーブの上のイカに焦げ目がつき始めたのを見て、いそいそと机からお皿と箸を出す。

………皿と、箸か。
もうなにが出ても驚かないぞ、俺は。

一人で酒盛りを始めた先生のおかげで、部屋の中はイカと酒の匂いでいっぱいだ。

どうしよう、これ。








その日の夕方、先生は新春飲み初め大会に出るとか言って出かけていった。飲み初めって、昼に飲んでた分はどうなるんだよ。とかツッコミを入れたけど、あれはあれ、これはこれ、なんて言われて、もうなんにも言う気が失せた。好きにすれば。

先生は夜中になっても帰らなくて、俺は一人で布団を敷いてその中に潜った。

「………もう、知らないからな。バカニャンコ」

塔子さんからのお年玉にひたすら喜んで満足していた先生には、出せなかった。

年末に買っておいた、七辻屋の大福餅。新春特別仕様で金粉がかかっているそれは、俺から先生へのお年賀のつもりだった。

いつも、たくさん助けてもらってるから。

大好きだから。

誰より大事な存在だから。

なにか贈りたくて、迷った挙げ句に奮発したのに。

「……イカであんなに喜ばれてちゃ、出せないじゃんか」

しかも帰ってこないし。

「……………寝よ」

毛布をかぶり直して、目を閉じて。
先生がいないと、寒くて眠れないのに。




「夏目ー、帰ったぞー」
突然窓が開いたと思ったら、先生の声。
びっくりして飛び起きたら、元の姿の先生がふらふらと飛び込んできた。
「うわ、酒くさ!」
ほっとした気持ちを隠したくて、わざと怒った声で言う。先生は気にする様子もなく、側まできてぱたりと横になった。
「おい先生、猫に戻ってくれなくちゃ」
一緒に寝られない、と思った俺の心を読んだみたいに、先生が薄目を開けた。
「面倒なんだ。このままでも一緒に寝ることくらいできるだろ」
言うなり、尻尾で俺を掴まえて腕に抱きこむ。
「苦しいってば」
「文句言うな。いつもおまえに抱っこしてもらってるからな、今夜は私が抱いてやろう」
「ちょ、その言い方……」
顔が赤くなってしまった俺を、先生が楽しげに見下ろしてくる。
「………もー。仕方ないな、酔っぱらいなんだから」
唇を尖らせて怒ったふりをする。

こんなふうに先生に抱かれて眠るなんて初めてで、なんだかすごく嬉しい。

さっきまで寂しかった分、余計に。

「あらら、お邪魔だったかねぇ」
窓からヒノエの声がして、驚いてそっちを見た。中級たちもいて、なにか大きな袋をかついでいる。
「大丈夫、邪魔はこれきりだよ。これ、夏目にお年玉」
「え」
「どうぞ夏目様、受け取ってください。では、我らはこれにて」
袋を部屋の中に置いたと思うと、三人はふわりと消えてしまった。
「お、お年玉って………」
あんなでっかい袋で?
「受け取っておけ。今日、お年玉をもらった話をしたらな。みんな、おまえにぜひお年玉をあげたいと言い出して」
「…………先生、お年玉がなにか知ってるのか?」
「ん?好物が入った袋をくれるんじゃないのか?」
そっか。塔子さんは先生が猫だから食べ物を入れたんだけど、先生はそれでお年玉には好きな食べ物を入れるものだと思ったんだ。
お金じゃないなら、もらっても大丈夫かな。

先生の腕の囲いから抜け出して、袋をそっと開けて見た。

中に入っていたのは、妖の里にしかないと思われるもの。

今の時期にはない、果物や茸、きれいな葉っぱ。きらきらした石や、不思議な色をした花。

これだけ集めるのに、どれだけの時間がかかっただろう。

「………………」

滋さんも、塔子さんも、妖たちも。

みんな優しくて、温かくて。

こんなこと、今までなかった。
どうやってお礼をしたらいいのか、わからない。それほどに、嬉しい。

涙が勝手に出てきて、俯いてしまった。水滴が袋にぽたぽた落ちて染みをつくる。

「よく泣く奴だな、おまえは」

先生が手を伸ばし、俺を掴まえてまた抱きこんだ。白くてふかふかな体にしがみついて顔を隠すけれど、涙はとまらなくて。

嬉しい。嬉しい。

お年玉をあげたいと、思ってくれたことが。

なんにも返せない俺なんかに、そう思ってくれて、こうして持ってきてくれて。

「どうしよう、俺。………どうしたら、みんなにお返しができるかな……」

「そんなものは必要ない。みんな、おまえの喜ぶ顔が見たいだけだったんだから」

ありがとう、と言って笑えば、それで充分だ。
なんて、中年飲んだくれバカニャンコのくせに、すごく優しく言ってくれたから。

俺はその夜、当分泣き止むことができなかった。






翌朝。

「先生、これ……昨日渡しそびれちゃったんだけど」
金粉大福餅を差し出すと、先生はびっくりした顔をした。
「もしかして、これはおまえからのお年玉か?」
「え………えーと、そう、かな。昨日渡そうと思ったんだけど、先生イカに夢中だったから、出し辛くて」
「そうか…………」
なんかもじもじした先生が、本棚からなにかを取り出した。本棚にもなにか入っていたのか。どうなってんだ俺の部屋。
「………これ。私も、昨日の夜渡しそびれてな」
差し出してくれたのは、先生が塔子さんからもらった、イカが入ってた袋。
「おまえが、みんなからもらったものをすごく喜んでいたから、……」

中を開けて見てみたら。

「…………指輪?」

七色に輝くきれいな石でつくった、ちょっといびつな形の指輪。

「これ、先生が作ったの……?」

「あんまりいい出来じゃなくて、出しにくくてな」

目を逸らす先生。昨夜遅かったのは、これを作っていたからだったんだ。

「まぁなんだ、お年玉というか、プレゼントというか……っておい、泣くな!」

無理。

だってこれ、一番嬉しい。

言葉が出ないくらい、嬉しい。

「おい、泣きすぎだぞ!目玉が溶けてぎにゃー!!」

思い切り抱きしめたら、先生から変な悲鳴が聞こえたけど、離すことができなくて。

ぎゅうぎゅう抱きしめながら、ぽろぽろ落ちる涙をどうやって止めようかと考えた。

涙を止めて、どうお礼を言おうかと。

どうやったらこの気持ちが伝わるかと、そればかり考えていたら。

気づくと腕の中の先生が、気絶してしまっていた。







「ありがとう、先生。ずっとずっと大事にするよ。一生、大事にする」

「そうか。でもその前に、できれば私の命も大事にしてくれると助かるのだが」

口のまわりを金粉だらけにして大福を食べる先生に、善処すると約束した。




END,

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