駄文帳

□妖たちの宴
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今日はめでたい日。仲間を集めて、いつもの原っぱで大宴会を開催中です。
「こら中級!酒が足りんぞ!」
斑様は少々飲み過ぎのようです。真っ赤な顔で、それでも瓶ごとラッパ飲み。また明日二日酔いだとか言って八つ当たりされるんだろうなと思うと気分が暗くなりますが、しかし今日は夏目様にとってとてもめでたい日。盛り上げなくてはなりますまい。
「夏目様、飲んでらっしゃいますか?」
酒瓶を手に側へ行くと、
「飲んでるよ。水を」
なんともしけた返事。
「俺は未成年なんだってば。何回言えばわかるんだよ」
いやいや、妖は生まれてすぐからミルク替わりに酒を飲みますから。そんな、人間の決まりごとなど言われても。
とはいえ妙なところで真面目な夏目様のこと、絶対に酒は口にはされますまい。仕方ない、茶など淹れて差し上げるか。
「さーて、そろそろ聞かせてもらおうかねぇ」
ヒノエ殿がずいっと前へ出て、夏目様に詰め寄りました。
「馴れ初め……はまぁ皆知ってるからいいとして。いつからなんだい?白状おし!」
ヒノエ殿、目が真剣です。夏目様を奪われたような気分なのでしょうが、元からヒノエ殿のものではなかったような気が。
詰め寄られた夏目様は、かなり困ったお顔。適当に流そうと、苦笑しながら
「まぁほら、いろいろあって」
なんて言ってますが、ヒノエ殿がそれで納得するわけがない。
「いろいろってなにさ。そこらへんを詳しく聞きたいもんだねぇ」
夏目様の肩にしなだれかかるふりをして、ほっぺをぎゅっとつねったりしてます。これは止めるべきか。すると夏目様の隣にいた斑様が、ヒノエ殿の手をはたき落として威嚇を始めました。うーん、まるきり猫。どうやら斑様はすっかり依代と同化されている様子。
「私のものに勝手に触るな!」
「あーやだやだ。独占欲の強い男なんて最低だよ?夏目、考えなおすなら今のうち」
「……えーと。いや、二人とももう飲み過ぎじゃないかな……」
ひたすら適当に流そうとする夏目様。うろたえる様子が面白いので、見物することにしましょうか。


今日は、斑様と夏目様がご婚約を発表されたのです。なんともったいない。いや、めでたい。夏目様が、あの斑様なんぞと婚約されるとは。あんな酒乱のどこが……いやいや。めでたい席にそんな言葉はいけませんな。やはりここは、とりあえず一応祝ってあげなくては。
斑様とご結婚されれば、夏目様は今よりもっと我らと親密なお付き合いをされるはず。そしたら面倒くさいことや物騒なことなど面白いことが増えて、我らも退屈しないですみそうですから。
「おめでとうございます、夏目様!」
何度目かわからない祝いの言葉を口にして、手にした湯飲みの中身を一口に飲み干したのでした。



「で?付き合いはいつからなんだい?」
ヒノエ殿がしつこく食い下がり、夏目様が困り顔をされていると、饅頭体型の猫がごそごそとその膝に乗っかりました。
「私が教えてやろう。夏目とは、初めて会ったときから心が通じ合っていてな、」
「そうだったか?」
怪訝な顔の夏目様が、思い出すように遠い目をされました。
「最初はあからさまに俺を喰う気満々だったよな?」
「あれは本気じゃないぞ。ジョークだジョーク。いわゆるアメリカンジョークというやつだ」
「違うと思うけど。てゆかアメリカンジョークって笑うところがわからないっていうか」
「ああ、それは言えてるね。寒い駄洒落とか多いし、なにが面白いのかさっぱりだよ」
頷く紅峰殿。
「そんなことはどうでもいいんだよ」
紅峰殿を突き飛ばす勢いで、ヒノエ殿がまた夏目様に詰め寄ります。
「じゃあ、初対面で斑が夏目に不埒な想いを抱いたってことかい」
「不埒とはなんだ。純粋な恋心を」
「純粋な………」
夏目様がまた遠い目になります。
「純粋に、友人帳欲しさに俺を喰おうとしてたよな?」
「いや、だから!おまえは鈍すぎるから気づかなかっただけだ!」
「違うだろ!つかしょっちゅう隙を狙っては俺に殴られてたくせに、なに思い出を美化してんだよ!」
「美化なぞしとらん!最初の頃のおまえは、妖に怯える可愛らしい美少年だったのに………。今じゃ妖を見たら片っ端からぶん殴る、ただの暴力美少年だ!」
美少年というところは譲らないのですね斑様。
「そんなことしてないだろ!俺が問答無用で殴るのは先生だけだ!」
「そこが問題だろう!なぜ近い将来夫になる私を、ぼこぼこ気軽に殴れるんだ!」
「殴られるようなことを先生が毎日なにかしらするからだろ!今日だって朝、俺の顔に貼りついてたじゃないか!窒息するかと思ったんだぞ!」
「愛しい恋人を抱きしめたいという私の気持ちがわからんのか!」
「抱きしめてない!顔に貼りついてただけだろ!」
「サイズの問題だ、サイズの!おまえが縮めば問題ない!」
「先生が伸びればいいだろ!」
見解の相違というやつでしょうな。猫の斑様はちっこくて真ん丸いから、抱きつこうとしてもしがみつくしかないし。しかし縮んだ夏目様は可愛いかもしれないが、伸びた斑様はキモいかもしれません。
「おまえ、このプリチーな体になにか文句でもあるのか!」
「そういうことは太鼓腹をなんとかしてから言えよ!最近抱っこしてると腕が筋肉痛になるんだぞ!」
「もやし体型なのが悪いんだ!もっと肉をつけろと言っとるだろう、肉を!」
「好きでもやしやってるわけじゃないぞ!いくら食べても太らないんだから仕方ないだろ!そういうの、先生には一生わかんないだろうけど!」
「気合いが足らんのだ、気合いが!肉がついた自分をイメージして、毎日トレーニングをだな!」
話題がだいぶずれてまいりました。しかし夏目様、斑様にたいしては本当に言いたい放題ですな。
「ちょっと、だから私が聞きたいのは、いつどっちから告白したのかとかそういう」
ヒノエ殿が話題を戻そうと頑張っておられる。それへお二人が振り向いて、
「先生から」
「夏目から」
同時に言ったもんだから、またややこしくなってきました。
「先生からだろ!俺と、友人帳がなくなってもずっと一緒にいたいって言ったじゃん!」
「おまえが、私のことを大好きだと言ったんじゃないか!だから私は、」
「あ!じゃあ先生、俺が言わなかったらそのまんまにする気だったのか!?」
「んなわけないだろ!きっかけがおまえの言葉だっただけで、私だってちゃんと考えていたんだぞ!」
「嘘だ!俺、ちゃんと先生から好きとか言われてないもん!」
「言っただろう、しっかりと!おまえこそ、大好きという言葉を誰にでも使うじゃないか!八方美人め!」
「あっそういうこと言うんだ!?だって大好きな人がいっぱいいるんだから仕方ないじゃないか!ここにいるみんなのことだって大好きだし!」
「浮気者!そんなに気が多い奴だとは知らなかったぞ!私なんかおまえしか好きじゃないんだからな!」
「浮気なんかしてないし、気も多くないよ!俺だって先生が一番好きなんだからな!」



「………よくまぁ、人前であんだけ言えるねぇ」
「頭に血が上ってるんでしょうよ」
大声で愛を叫び合う二人から、皆いたたまれなくなって離れてしまいました。かくいう私も、限界でございます。聞いてるほうが恥ずかしい。
「……ふふ。でも夏目、ここにいるみんなが大好きなんだって」
子狐が嬉しそうに笑い、それを聞いた皆も頬が緩んでしまいました。
「我が主だけはある。さすが、器が大きい」
三篠殿が頷きながら言うと、ちょびひげが頷いてからちらりとお二人を見ました。
「それに比べ、豚まんは心が狭すぎであります」
「そうそう。あれじゃすぐ別れちまうね」
「斑様、お姿だけじゃなく心までがちんちくりんに…」
皆がうんうん頷き合うと、向こうから怒鳴り声が。
「聞こえてるぞおまえら!」
斑様、自分の悪口にはとことん敏感なくせに、夏目様のことになると不器用になるのはなぜなんですか。
「ええい、ここでは話にならん」
言うなり、斑様が元の姿になりました。真っ白な毛並みの、見事な妖。神格かと思うほどの大妖でありながら、なんで性格がアレなのか理解に苦しみますな。
「だから聞こえてると言ってるだろ!中級、あとで覚えてろよ!」
独り言にもなってない心の声まで聞いてしまうとは、斑様は地獄耳で…いやいや、考えたらダメだ。聞こえてしまう。
「夏目、乗れ」
「どこ行くんだ?」
「ここでは外野がうるさいからな」
つまり二人きりになりたいと、そういう。
「うるさいぞ中級」
斑様の耳、どうなってんだ。

そのままお二人はどこかへ行ってしまい、戻る様子もなかったので。

残った私たちは、ゆっくりのんびり宴を楽しみましたとさ。



あれはもしかしてケンカップルというやつでは、なんて皆で噂をしましたが。

うっかり斑様の耳に届いたら、また面倒くさくなるので、お二人の話はそれきりおしまいになりました。

それにしても夏目様は、本当に趣味が悪くていらっしゃる……。





END,

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