駄文帳

□側にいる理由
2ページ/2ページ




「すいません名取さん。審判をお願いできますか」
真剣な顔の夏目。仕方なく頷いてみせる。乗りかかった船、という諺を、今私は実感を込めて思い出した。
「それにしても夏目、えらく真剣だね。どっちが勝っても今までとなんにも変わらないだろうに」
妖が暗に友人帳を使うことを提示してきた時点で、自分から離れる気がないということは夏目にもわかったはずだ。もっと嬉しそうな顔をしてもいいと思うんだけど。
「変わらなくないですよ!」
珍しく力を込めて夏目が力説する。
「今までは、先生はうちに用心棒として居候していただけでした。だから、どっちかと言えば俺が雇い主、つまり主でした。でも、この勝負の結果次第ではそれが逆転するかもしれないんです!」
夏目がキッと睨む先には、すでに勝利を確信してにやにやする妖がいる。
「負けたら、俺は潰れ肉饅頭の下僕になってしまう。あんな理不尽で我が儘で気まぐれなアホニャンコの下僕になんかなったら、なにをさせられるか」
「丸聞こえだぞ夏目。悪口は聞こえないところで言うものだ」
むっとした顔の妖が口を出す。
「私とて真剣だ。こんなひょろひょろもやしでなんにもできぬくせにお節介とお人好しだけは人一倍なアホに名を握られたりしたら、今まで以上にタダ働きをさせられるに決まってる。しかもこいつ、実は外面だけ良い内弁慶だからな。なにか気にいらないことがあるたびに、名を書いた紙を丸めたり破ったり燃やしたりして私でストレスを発散するに違いない」
えっ夏目って実はそんなことする奴なのかい?
「先生だって絶対俺のおかず全部取ったり毎日饅頭買いに行かせたりおやつ勝手に食べたりするに決まってる。俺の食生活を守るためにも、負けられないんだ!」
えっこの妖の要求って食べ物に関することだけなの?だからあんなに太ってんの?
「ふっ………夏目、私がそれくらいで満足すると思うか」
「なにっ!?ま、まさか……」
「そう!毎日学校までついて行って、弁当から玉子焼とエビフライをくすねてくれるわ!」
ふはははは!と高笑いする妖。
「それだけはさせないぞ!弁当タイムは、唯一先生のちょっかいとおねだりがない、1日で一番落ち着いて飯が食える時間なんだからな!」
情けないことを真顔で言う夏目。いやいや、もしかして君毎日猫におかず取られてるの?普通の猫のおねだりは可愛いけど、アレだよ?白大福だよ?猫とは名ばかりの、巨大鏡餅だよ?可愛いの?本当に?
帰りたくなってきたので、とりあえず片手を高くあげる。
「じゃ、始めて」
「急だな!」
「ちょ、待って。まだ準備が」
二人が文句を言うが、無視。審判を頼んだのは君たちだろう。
「私が、ルールブックだ」
ルールなんてあったのか、という声も無視する。ないから作るんだよ。
「いくぞ夏目!覚悟しろ!」
妖の白くて大きな足が、踏んづけようと夏目に襲いかかってくる。それを必死で避けた夏目が、こっちに走ってきたから逃げた。こっち来んな。危ないだろう私が。
「ちょっ、たんま!これ体格差ありすぎだろ!ハンデくれよ先生!」
「甘いことを。私のほうが大きいことなど、最初からわかっていただろうが」
「俺サイズに小さくなることができるって知ってんだぞ!ちょっと縮め!」
「なんのことかな!ていうか夏目、ちょろちょろ動きすぎだ!狙いが定まらんじゃないか!」
「定まってたまるか!てかたんまって言っただろ!止まれってば!」
妖の攻撃から身をかわして、夏目が拳を握る。
「だから先生、たんまってば!止まれ!」
怒鳴りながらの一発が、妖の顔に見事に決まった。
地響きをたてて倒れる妖。それを見届けた私は、夏目の側へ行ってその手を高く持ち上げた。
「勝者、夏目!」
「おお、夏目殿!やりましたな!お見事!」
三篠がぱちぱち手を叩く。妖は倒れたまま、ぼわんと見慣れた猫の姿になった。
「ちょ、待て…たんま、じゃなかったのか。今のはアリなのか……」
「もちろん、アリだ。なぜなら」
乱れてもいない髪をふわりと撫でて、キメポーズを作る私。周囲がきらきらと輝き、夏目が眩しいと目を覆う。

「私が、ルールブックだから」

こうして、夏目と妖の勝負は終わった。




「やれやれ、陽が暮れてしまった。早く還らないと柊たちになにを言われるやら」
猫を腕に抱えた夏目が友人帳をカバンにしまうのを待って、森から出ようと歩き出す。その後ろから、三篠が声をかけてきた。
「夏目殿」
「なに?」
大事そうに抱きしめた猫ごと振り向く夏目。猫、まだ気絶してるけど。大丈夫なの。
三篠は大きな目を夏目に向けて、にやりと笑ってみせた。
「またいつでも呼ばれよ。その豚饅頭よりもお役に立ってみせよう」
「え…………」
「他の妖たちも、皆同じ気持ちだ。友人帳などあってもなくても、」
ちらりと私の顔を見る三篠。
「我らはいつでも、夏目殿の力になることを望んでいる。それをお忘れなきよう」
祓い屋なんぞに頼らなくても、自分たちがいると言いたいわけか。

三篠がどこかへ飛び去ってから、夏目がくすりと笑った。
「今までと、なんにも変わらないですね」
「猫ちゃんから名前をもらうのかい?」
「いえ。もう、友人帳に名前を綴じる気はありません」
猫を抱え直して歩き出す夏目を追って、森を抜ける。すっかり夜になっていて、遠くにぽつぽつと家の明かりが見えた。

「でも」

手にした猫と肩にかけたカバンを、愛おしげに見る夏目。

「友人帳は、これからもずっと俺の宝物です」

「そうだね」

解放、されたんだろうか。
夏目の表情はすっきりしたようで、寂しそうにも見えて。

それでも、私に手を振って家へと入っていく夏目は幸せそうだったし。

まだ気絶しているふりをして夏目に甘えている妖もまた、とても幸せそうな顔をしていたので。

これでよかったんだな、と一人で頷きながら、私も家路を急ぐことにした。



END,
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ