駄文帳

□jealousy×jealousy
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夏目の様子が少しおかしいことには、気づいていた。
なにか考え込んだり、ため息をついたり。田沼やタキといるときに、私からふいに目を逸らしたり。

私が原因かと思ったりもしたが、心当たりはまったくない。昼間から飲んだくれたり妖が来たときにタイミングよくどっか行って役にたたなかったり、飯のとき夏目の皿からおかずをかすめ取ったり搭子におかわりをねだったり、夜中に妖を集めてどんちゃん騒ぎした挙げ句酔っ払って布団に吐いたり等々は、いつものことだから今更あんなに悩まないはず。

課題をするために机に教科書を広げたまま、頬杖をついてまたため息。
「なにかあったのか?」
「いや、なにも」
直接聞いても、作り笑いでごまかすだけ。私にはなにも言わない。

私は妖だから、悩み事があっても言う必要はないかもしれない。妖がらみでなければ、私はなにもできないから。
けれど、知り合ったその日からずっと一緒にいるのだ。いつでも、どんなことでも二人で乗り越えてきたではないか。
なのに今頃になってそんな、線を引くようなことをする理由がわからない。夏目を一番よく知っているのは私だ。なにかあるなら、他の誰よりもこの私が相談相手に相応しいではないか。



というわけで、学校に来た。
私が唯一、夏目の側にいない場所。なにかあるとすれば、ここしかない。
今は放課後というやつで、学生たちがそこら中にうろうろしている。鞄を持って校門へ急ぐ者、いろんな服に着替えてバスケやバレー、野球などを楽しんでいる者、そしてほうきやちりとりを持って、掃除当番の仕事に勤しんでいる者。
夏目はその掃除当番らしかった。昇降口の近くで数人と一緒に掃除をしているのが見える。
笑ったりしゃべったり、子供というのは表情が忙しいものだ。夏目も年相応な顔で、友人となにか言い合っては笑っていた。

少なくとも、今は特に変わった様子は見えない。
ふむ、ではなにが原因なんだろう。学友とのことでないなら、成績だろうか。そんないまさら。妖たちに邪魔されて勉強する暇がないからなんて言い訳をして、夏目自身中の下な成績に納得していたはずだ。
それとも、悩まずにはいられぬほどに成績が急降下したとか。うーむ、だったらもっと落ち込んでいると思うのだが。

考えに耽っていた私は隙だらけで、背後に忍び寄る影に気づかなかった。
はっと身構えたときには、遅かった。
「きゃー!にゃんこ先生ゲットー!」
「ぐわぁぁぁ!」
がっしりと掴まれてしまい、身動きが取れない。
「いやーんつるふか!気持ちいいー!」
私を羽交い締めにしたタキが、ぐりぐりと頬ずりしてくる。離せ、死ぬ。
「あれ。先生じゃないか」
天の助けのような声がした。田沼が鞄を肩に歩いてくるのが見える。
「た、助け……」
掠れた声でそれだけ言うのが精一杯な私を見て、すぐに状況を理解した田沼が苦笑して手を出した。
「タキ、いつも言ってるだろ?少し加減してやれよ、先生苦しいみたいだぞ?」
「あ!ごめんね先生、つい可愛さが余ってしまって」
力を緩めたタキの腕から、田沼の手へと移動する。肺に空気が入ってくるようになって、ほっとして息をついた。危なかった。うっかり走馬灯に見入ってしまうところだった。
田沼は夏目と同じように、いつも絶妙の力加減で私を抱えてくれる。タキがまだ名残惜しげに見つめてくるのが気になるが、ひとまずは安心だ。そこで、私はこの二人に話を聞いてみることにした。
「最近、夏目になにかあったか?」
「え、夏目くんに?」
「さぁ……俺たちより、先生のほうがよく知ってるんじゃないのか?」
「いや、妖のことではない。なにか悩んでいるようだから、学校でなにかあったかと思ってな」
素直に話して二人を観察するが、顔を見合わせて首を傾げるばかり。
「私たち、クラスも違うし。校内ではあんまり会わないのよね」
「昼休みか放課後くらいだしなぁ。西村は同じクラスだけど、別になんにも言ってなかったぞ」
嘘を言ってごまかしているようにも見えず、私はそうかと呟いて黙るしかなかった。
「あ、いけない。私、早く帰らなきゃいけなかったんだった!」
タキが腕時計を見て慌てた顔になった。
「今日はお母さんが早く帰ってくるから、一緒にごはん作るんだ」
「そうなんだ。よかったな、いつも一人で作って食べてるんだよな」
「うん!じゃ、また明日ね!先生も、また!」
言うなり駆け出していくタキ。また会うのは構わんが、できればもう少し穏やかに会いたいものだ。
二人になって、田沼が真剣な顔になった。
「で?先生、夏目がどんな様子だって?」
どうやらタキがいなくなるまで待っていたようだ。ということは、
「小僧、なにか心当たりがあるのか?」
「心当たりってほどでもないけど」
ちらりとあげた田沼の視線の先で、夏目がこっちを見ていた。
私たちが顔を自分に向けたのに気づいた夏目が、片手をあげて挨拶をする。けれどその笑顔は、やっぱり作り物で。
「最近、時々夏目があんな顔をすることには気づいてたんだよ」
手を振って応えてから、田沼が私を見下ろす。
「いつも、先生がいるときだ。だから俺は、先生となにかあったのかと思ってたんだけど」
「私と?いや、別になにも」
「ほんとに?なんか、喧嘩とかしたんじゃないのか?」
疑う声に首を振りながら、どういうことだと考える。

田沼は学校での夏目を、いつもではないが見ている。
その田沼が、私が原因じゃないかと疑っているということは、学校では普通に過ごしているということ。

じゃあやっぱり私なのか?

けれど、私に対しては言いたいことは言い過ぎなくらいに言う夏目が、なにも言わずごまかしているのだぞ?
私がなにかしたのなら、それこそ尻尾の毛を全部むしるくらい平気でする夏目が。

なんなんだ。

私が悪いわけではないが、でも私がなにかしら原因を作っている。

そういうことなのか?



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