駄文帳

□jealousy×jealousy
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「夏目、まだ終わらないのかー?」
離れた場所の夏目に聞こえるように、田沼が声をあげた。
「ポン太が迎えにきてるぞー!」
「ちょっと待っててー」
答えた夏目が、掃除道具を抱えて校舎の裏へと回って行く。片付けに行ったのか?
目で追っていた私に、田沼が声を潜めた。
「俺は、夏目のあれはヤキモチだと思う」
「にゃっ!?」
意外な言葉に、思わず猫語で反応してしまった。いや私が猫語だと思っているだけで、実際猫にはまったく通じないのだが、それはまぁ置いといて。

ヤキモチって。
夏目が?
誰に?

「あいつ、そういうの態度に出さないみたいだからな。先生、大人なんだし少しは察してやれよ」
そんなこと言われても。
ヤキモチをやくということは、夏目は誰かを好いているということだろう。ヒトが言うところの、いわゆる恋とか愛とかいうやつだ。
私にはそんな経験は一度もない。そんな私に、いったいなにをどう察しろと。
「なんだ、無駄に年くっただけの寂しい独身中年オヤジか」
ちょっと待て今なんつった。おまえ最近言うことが夏目に似てきたぞ。
「彼女いない歴=年齢ってことだろ?俺らの年ならともかく、先生たくさん生きてきてるわけだし。それでそれって、なんか引く」
貴様ちょっとそこ座れ。目上に対する態度というものを教えてくれる。
ていうかおまえ、私が高位な妖ということを忘れてないか?夏目の友人だからと大目にみてやっていたのに、それをいいことに言いたい三昧とは。少しは敬意というものをだな、
「夏目の友人なら、なに言っても大目にみてくれるのか?」
「は?」
説教モードの私に、田沼がにやりと笑った。
「……そりゃ、そこらへんのヒトの子なら、頭から喰ってしまうところだが。友人のおまえを喰えば、夏目が…………」
「夏目が、悲しむから?」
「……………まぁ、そうだ。あいつは泣き虫だからな、ぐずぐず泣かれては困るから………」
「つまり先生は、夏目の泣き顔は見たくないってこと?」
むむ。なんだか押されてる感がハンパなくてちょっとムカつくんだが。
けれど、確かにそうだと気がついた。夏目の側にいるようになって、たくさんのヒトと知り合ったし、中にはこうして言葉を交わすようになった者もいるが、どんなに失礼な物言いをされても、無礼な態度を取られても、文句は言えど危害を加えようとは思わない。
以前なら、ヒトだろうと妖だろうと気にいらなければ即座に胃袋に片付けていた。さっきの田沼のようなことを言おうものなら、全部聞く前に八つ裂きにして美味しくいただいていたところだ。
だが今はどうだろう。ムカついたといっても本気ではない。田沼だけではなく、毎度私に臨死体験をさせてくれるタキや、面白い顔だとからかってくる西村や北本にも。生意気な名取にも、喰ってやろうと本気で思ったことはない。

喰えば夏目が悲しむから。

あの透明な瞳から涙が溢れてくる様は美しいと思うが、けれど泣かせたいわけでもないから。

夏目を泣かせるどんなものからも私が守ると決めているのだ。
何であろうと誰であろうと、あれを悲しませるものを私は許さない。そこにはもちろん、私自身も含まれている。

だから。

……………だから?

いやいやいや。なんかすごく私が夏目のために一生懸命な感じになってないか?
そんなことはないぞ。あいつはこの私にたいしていつも乱暴だし、敬意の欠片もはらってもらったことがない。なにもできぬくせに妖のもめ事に首を突っ込んで、最終的には私頼みだ。面倒ばかりで、いいことなんかひとつもない。
そんなあいつに、どうしてそこまでする必要があるんだ。

でも、夏目はいつも他の者には気を使い、友人たちにすら迷惑をかけまいと遠慮して、本心はあまり見せない。

見せるのは、私にだけだ。

笑顔も涙も、私にだけ。

「……………なるほどな」

呟いて、納得した。

情が移った、なんていう言葉では足らない。

これが、ヒトのいう愛とやらなのだろう。

ふむ。納得はしたが、それと田沼の言ってることとはまた別なのだろう。夏目が誰を好いていて、誰にヤキモチをやいているのかがわからぬことには、

…………………いや待て。
さっきから田沼は正解を言ってないか。
私が誰かといることで、夏目は嫌な思いをしている。
私が夏目の友人になにかすれば、夏目が悲しむ。
つまり、夏目の友人で私もよく知る誰か。
それが、夏目が好いている相手ということで。

「…………タキか?」
「へ?」
他に思いつかないが、きっとそうだ。さっきこちらを見ていたのも、タキが私を抱きかかえていたからではないのか。
うーん、あれが相手か。
いやまぁ人の好みに難癖をつけるような野暮ではない。タキは顔はそう悪くもないし、性格もいい。私が生命の危機を回避できさえすれば、夏目のよき理解者でもあるわけだし。うん、まぁ、いいだろう。

ちょっとだけ胸の奥が痛い気がするが、こればかりは仕方がない。
気づくのが遅すぎたのだ。それに、気づいたところでどうなるものでもないしな。

「先生、ほんとにわかってんのか?」
「うむ!任せとけ、もう夏目にあんな顔はさせぬぞ!」
ピッと親指まで立てて見せたのに、田沼はなんだか心配そうだ。
大丈夫。私とて無駄に長生きしてきたわけではない。しっかりと間を取り持って、夏目にハッピーをエンジョイさせてくれるわ。
「なんか、違うこと考えてる気がする…………。先生、いったいどういう結論に、」
まだ不安そうな田沼がそう聞きかけたとき、昇降口から鞄を肩にした夏目が出てくるのが見えた。



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