駄文帳

□おにぎりは三角で
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「夏目、おかわり」

「はいはい。飲みすぎないでくれよ、先生」

八分咲きになった桜の下で、先生と二人でお花見中。先生は担いできた酒をかぱかぱ飲んでいて、そろそろできあがってしまってるようだ。最初は手酌で飲んでたくせに、いつの間にか俺に酌をさせてふんぞり返っている。
「夏目、エビフライ」
「もうないよ。先生全部食べちゃっただろ、俺まだ食べてなかったのに」
「む。仕方ない、唐揚げで我慢してやる」
俺の苦情を丸ごと無視した先生が、口を大きく開けて催促してくる。つまり、食べさせろってことだ。
「もー、仕方ないはこっちのセリフだよ」
はい、あーん。唐揚げを放り込んでやると、先生は幸せそうにもぐもぐし始めた。
「うん、旨い。夏目、おまえもこれくらい作れるようになれ。そしたらいつでも食えるようになる」
「気軽に言うなよ。料理って結構難しいんだぞ」
先生とお花見してくると言ったら、搭子さんがお弁当を作ってくれたんだ。嬉しいし美味しいんだけど、毎度なにかあるたびに頼むのも気が引けて、どうにか自分で作れないものかと搭子さんが作る様子を横から見ているのだが、なにしろ慣れていて手早いものだから、作り方を理解する前にもう出来上がっていたりする。
いつか独立したら自分でやらなきゃいけないんだから、ちゃんと覚えなきゃと思ってはいるんだけど。先生は自称グルメで味付けにうるさいから、文句を言われないようにしなきゃいけない。けど、俺はかなり不器用だから。先生を納得させるものを作れるようになるのは、いつのことだろう。
「おまえ、今朝搭子と一緒になにか作ってたじゃないか。それは入れてないのか?」
「入れて、る…………けど」
これ、と指すと、先生は一目見て微妙な顔をした。
「なんだこれは」
「おにぎり」
なんとか作れそうなものと言ったらこれくらいだったんだ。それでも、頑張ったんだぞ。そこは認めてくれないと。
「丸なのか四角なのか、はっきりしろ。なんだこのギリギリのフォルムは」
「よく見ろよ三角だよ一応!なにそのギリギリって!」
「これが三角だと!?四角と楕円の境界線上にいるような形の、どこが三角なんだ!申し訳ないと思わないのか!三角に謝れ!」
すごい言われようだ。ちゃんと教わったとおりににぎったつもりだったんだけど、どこでどう丸みを帯びてしまったんだろうか。謎だ。
ていうか。
「食べれば普通におにぎりの味がするんだから、形なんかどうでもいいだろ!なんでそんなこだわるんだよ!」
「アホ、見た目も味のうちなんだぞ!こんないびつな形で、握り飯と言えるか!」
「握って作ったんだから立派な握り飯だろ!丸でも三角でもなんでもいいじゃんか!」
自称グルメって、まじウザい。
「屁理屈を言いおって。ほら酒がないぞ!注げ!」
「うわぁ偉そう。何様だよ先生」
「斑様だ。わかったらさっさと注げ」
「なにが斑様だよ、メタボな猫饅頭のくせに」
膝の上で威張って杯を突き出す先生に、ぶつぶつ言いながら酌をする。ほんと、食べ物に関してはうるさいんだからこの豚猫は。
「あれ?夏目、なにしてんだ?」
「え」
慌てて振り向くと、田沼とタキが並んでこっちに歩いてくるところだった。
「なんだ、田沼たちか」
ほっと息をつく。他の誰かだったら、杯で酒を飲んでる猫と口喧嘩をしてることに対する言い訳が思いつかなくて大変なことになるところだった。
「お花見?先をこされたなぁ」
タキが側に座り込んで、桜を見上げる。
「そろそろ咲いたかなぁって、見に来たとこなんだ。満開になってたらみんなでお花見に来ようって、田沼くんと話してたの」
「そっか、ごめん。まだ八分咲きだからって言ったんだけど、先生が花見酒するってきかないから」
普段なら妖仲間とさっさと出かけてしまうくせに、今回は珍しく俺と行くんだと言い張るから、それがなんだか嬉しくて。
なんて、口に出して言えないけど。
「ポン太は花より酒か」
田沼が手を伸ばして先生の頭を撫でた。先生は当然と言わんばかりに胸を張って一升瓶を指してみせる。
「花見と言えば酒!酒と言えば酒だ!わかったらおまえらも飲め!」
「………もしかして、もう酔ってる?」
呆れた顔の田沼に頷くと、タキが俺の膝から先生を素早く奪い取った。
「ほんとだー!いつもよりあったかくてふかふかー」
ぎゅーっと抱きしめるタキに、先生が逃げ出そうともがく。今まで逃げれた試しがないのに、懲りないなぁ先生も。
「弁当作ってもらったのか?旨そうじゃん」
座った田沼がお弁当に目を向けたので、美味しいよと頷いてみせた。
「よかったら二人とも、一緒に食べないか。先生酒飲んでばっかりだから、俺一人じゃ食べきれそうにないんだ」
「わぁ、いいの?」
嬉しそうに答えたタキが、側に置いていた紙袋から白い箱を出す。
「じゃあこれ、みんなで食べましょ。あとで夏目くんちに寄るつもりで、ケーキ買ってきたの」
「ケーキ!まじか!」
盛大に反応したのは先生。箱へ手を出そうとじたばたしている。
「ダメよ先生、これはデザートなんだから」
さらにがっちりと抱き込んで動きを封じたタキが、そういえば、と俺を見た。
「さっき、なにか言い争ってなかった?なにかあったの?」
「え、………いや」
そんな真面目に聞かれたら、返事に困ってしまう。俺は目を逸らしつつ、おにぎりの形状についてのバカバカし過ぎる喧嘩を話した。
「………まぁ、確かにちょっと丸っこいけど。味はかわんないだろ」
苦笑した田沼が、おにぎりに手を伸ばす。

「食うな」

タキの手からすぽんと抜け出た先生が、それを止めた。

「そんな変な形の握り飯なんぞ、食わなくていい」

ひどくないか、それ。形は変でも、頑張ったのに。

けど、確かにいびつな形をしてる。

ひとに食べてもらうには、相応しくないくらいに。

「先生、別に俺たち形にはこだわらないぞ。そんな言い方は、」

「こだわろうがどうだろうが、食わせることはできん」

フォローしようとする田沼に、聞く耳持たない先生。

いたたまれなくなった俺は、おにぎりの入った箱に蓋をしようと手を伸ばした。

「あの。いいよ田沼、これはあとで俺が食べるからさ。他のものを」

「違う!」

いきなり大声で俺を遮った先生が、おにぎりの箱を両手で抱え込んだ。

「これは夏目が私のために作ったものだ!だから私が食うんだ!夏目にだって絶対やらんぞ!」

「…………へ?」
「…………………」
「…………………」
間抜けな声しか出ない俺をよそに、タキと田沼は顔を見合わせた。どうやら二人には、先生がなにを言っているのかわかったらしい。
俺はさっぱりだ。確かにそれは先生とお花見をするために作ったものだけど、先生にだけじゃない。俺のぶんも入ってるのに。
「先生、俺、一緒に食べるつもりで二人分作ったんだけど」
「夏目は私のものだから、夏目が作ったものも私のものだ!誰にもやらんぞ!」
「……………酔ってるだろ、完全に」
そうだった。一升瓶の中身は半分以上減ってる。これは酔っ払いの戯れ言だ。ったく、真面目に聞くんじゃなかった。
「タキ、田沼。ごめんな、先生酔っ払ってるんだ。気にしないで食べてくれ」
おにぎりの箱を先生から無理やり奪い返そうとしたら、なんだか必死に抵抗された。
「いーやーだー!夏目が作った握り飯は私だけしか食っちゃダメなんだー!」
「いい加減にしろよ先生!そんなことばっか言うなら、ケーキ食べさせないぞ!」
ケーキ、という単語に反応した先生が、一瞬黙る。
けれど、やっぱり箱にしがみついたまま、小さく首を振って。
「夏目の握り飯のほうがいい」
「………………」
返事ができなくなった俺に、田沼たちがくすくす笑った。
「いいよ、俺たちは搭子さんのおかずを食うからさ」
「先生、夏目くんが大好きなのね。私たちお邪魔しちゃったかな」
「……………ごめん」
顔が赤くなるのがわかって、俯いて隠した。けど耳まで熱くなってちゃ意味がない。
誰も取らないとわかって安心したらしい先生が、箱を持ったまま俺の膝に戻ってきた。それを睨んでみたけど、効果はない。嬉しそうにおにぎりを食べる姿を見ていたら、なんだか怒る気も失せてきて。

「さっき、めっちゃ文句言ってたくせに」

「うむ、見た目は大事だからな。でも、」

おまえが作ったんだから、旨いに決まってる、なんて。

酒の匂いをぷんぷんさせた豚猫の言葉なんて、あてになんかならないのに。

田沼やタキが聞こえないふりをしながらもにやにやしているのを見て、そんでさっき自分の未来の食事情のことを考えたとき自然に先生も組み込んでいたことに気づいて、さっきよりももっといたたまれない気持ちになる。

先生の酔いが覚めたら、思いっ切り殴ろう。

そうして、この桜が満開になったら。

また、先生とお花見に来てもいい、かもしれない。



END,

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