駄文帳

□歌は静かに聴きましょう
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いつもの原っぱ。月の光の中、敷物の上にたくさんのご馳走と酒瓶が並んでいて、それを囲んだ妖たちが宴の開始を待ちかねた様子で談笑している。
そこに混ざった俺は、杯のかわりにお茶のペットボトルを持って座っていた。隣には名取さんがいて、そのさらに隣には的場さんが座っている。名取さんは楽しげにまわりを見回しているけど、的場さんは眉を寄せ、不機嫌そうだ。側に置いた弓をちらちら見ている。
けれど、今日はお祝いの宴。二人ともそこはわきまえているらしく、とりあえずおとなしく座っていた。
「さて!では、斑様と夏目様の前途を祝して、僭越ながら私が音頭を取らせていただきます!」
一つ目の中級が立ち上がり、杯を高く掲げた。みんなもそれに倣う。
「では、かんぱーい!」
中級が杯の中身を一気飲みする。みんなもそれぞれの酒を飲み干し、それを合図に宴が始まった。

俺とニャンコ先生が付き合うことになったのは、ついこないだ。恥ずかしいから黙ってたのに、先生がまわり中に言いふらすもんだから、みんながお祝いの宴会を開こう、て言い出して今に至る。名取さんには俺から報告して、もし気が向いたら宴に来てくださいって言ったんだ。まさか本当に来るとは思ってなかったし、的場さんを連れて来るとはもっと思ってなかった。
けれど、来てくれたことは素直に嬉しい。なので、宴の喧騒の合間に二人に頭を下げた。
「わざわざ来てくれて、ありがとうございます」
「いやいや、ちょうど暇だったしね」
笑顔で答える名取さんの向こうで、的場さんが聞こえよがしにため息をついた。
「こうまで妖だらけとは思いませんでしたよ。きみ、人間の友達はいないんですか」
失礼な。いないのはあんたじゃないのか。とは言えないので、俺は首を振ってみせた。
「みんな、妖が見えない人ばかりなので」
「もし見えたら、こんなに妖がいたらパニック起こしちゃうよ。それより夏目、本日のゲストはまだなのかな?」
名取さんは会話も上の空で、まわりばかり見ている。的場さんも、それを聞いて一緒にまわりを見回し始めた。
「そうそう、私もそれが見たくて来たんですよ。まだなんですか?」
「そろそろじゃないかと思うんですけど」
三人できょろきょろするけど、それらしい妖は見あたらなかった。



妖界にも歌手がいて、ヒット曲が存在するらしいんです。
そう言った俺に、食いついてきたのは名取さんだった。
どんな妖!?どんな曲なの!?
けれど実際に見たわけではなく、曲もきちんと聴いたことがないので、俺には答えられなくて。かわりに口を開いた先生が言うことには、
旅をしながら歌を作り歌って歩く、吟遊詩人のような妖。あちこちで開かれるイベントにはたいてい招かれて、歌を披露するかわりに食べ物や酒をもらっている。
だそうな。
興味があるなら、今度の自分たちの祝いの宴にそいつを呼んでやってもいいぞ。
先生がそう言い終わらないうちに、お願いします!と叫んだ名取さん。俺が以前先生から聞いた歌のタイトルを話したせいか、興味津々な様子だ。
そして、それを聞いた的場さんも半端ない興味を抱いたようで。今日は二人とも、俺たちを祝うためではなく歌を聴くために来てるようなもんだ。
けど、じつは俺もものすごく興味があった。宴なんか口実みたいなものだ。あのタイトルの数々を聞いて、どんな歌なのか聴きたくならない人はいないだろう。



原っぱの隅のほうにいた妖たちから、ざわめきが起こる。
「来たようだぞ」
先生の言葉に、俺たち三人はなぜか緊張して固唾など飲みつつそっちに注目してしまった。
妖たちが避けて作る道をゆっくり歩いてくる二人連れ。
一人はギターみたいな楽器を持った男の人で、もう一人はきれいな着物を着た女の人だった。
一見二人とも人間みたいに見える。けれど男の人には犬みたいな尻尾があったし、女の人の目元には蛇のようなウロコがついていた。
その二人が、俺たちの前まで来て跪いた。
「本日は、おめでとうございます。このような宴に呼んでいただけて、身に余る光栄にございます」
女の人の声は、とてもきれいだった。澄んでいて、高くもなく低くもなく。
耳障りのいいその声で歌う歌は、いったいどんな歌なんだろう。
いやでも高まる俺たちの期待をよそに、先生が偉そうに二人に頷いてみせる。
「今日は私と、この夏目がつがいになる祝いの宴だ。おまえたちの歌を、こいつもとても楽しみにしていた。歌って盛り上げて、あとは好きに飲んでくれ」
「夏目様と斑様のお名前は、かねてより存じておりました。そのお二人の、大切な宴に招いていただけるとは。ご期待に添えるよう、精一杯歌わせていただきます」
女の人は俺を見てにっこり笑って、それから宴の真ん中に移動した。みんな二人をよく知っているらしい。てんでにタイトルを口にして歌をねだっている。
「ううん、さすが。大物歌手の雰囲気だねぇ」
名取さんが感心したように言った。その横では、的場さんが考え込むような顔をしている。
「ギターで酒宴に出てきて、歌を歌って食べ物をもらう………なんか、吟遊詩人と言うよりは流しの、」
「まぁまぁ、野暮は言いっこなしだよ」
ヒノエが来て、的場さんの頭をぽんと叩いた。
「祝いの場だ。ツッコミはなしにして、楽しもうじゃないか」
「それはそうなんだが……ていうか旅をしているというわりには、皆よく知ってる様子が気になるというか…………」
考え事に没頭しているせいで、妖と普通に会話していることに気づいてないらしい的場さんは、会場の真ん中で声援に応えている歌手たちを見てぶつぶつ言っている。
「旅というより、ドサ回り………」
「こらこら、ツッコミはやめにしなさい。この妖の言う通り、めでたい席でそれは野暮というものだよ」
名取さんは、早く歌が聴きだいだけなんだろう。的場さんをつついて黙らせて、歌手のほうに注目している。

やがて、女の人が両手をあげて周囲の声を制した。
「皆様、たくさんのリクエストをありがとうございます。ですが、今夜はめでたい祝いの宴。せっかくですので、新曲を用意して参りました」
客あしらいも口上も慣れたもの。女の人の新曲という言葉に、まわりがさらに盛り上がった。俺も当然盛り上がる。

「では、二人の門出に相応しいこの曲を。聴いてください、『スキヤキ・エレジー』」

ちょっと待て!それのどこらへんに門出が関係してるんだよ!

思わずツッコみそうになった俺を、名取さんが肩に手を置いて止めた。

そうだ、宴の最中なんだ。みんな盛り上がっていて、歌を楽しみにしてるんだ。

主役が水を差すわけにはいかない。
今日はツッコミはせずに、黙って最後まで聴かなくちゃ。

「ららら〜スキヤキなのに〜鶏肉が入ってる〜」

……試しているのか、俺を。

「あなたはなぜ牛じゃないんだと文句を言うけど〜捕まえていた牛を逃がしてしまったのは〜あなた〜じゃないの〜〜〜」

捕まえ…………?

「肉がなければ〜〜〜スキヤキじゃなくなるの〜〜〜だから私は鶏を、鶏を捕まえて首をはねた〜〜〜〜」

食欲がどっか行った。

「飛び散る血潮〜〜駆け回る首なし鶏〜〜〜羽をむしったの〜」

そこ、要るの?
ラブソングにそれ、どうしても要るの?

「二人でお鍋を囲んだの〜〜〜でもなぜ〜〜〜なぜあなたは〜私よりひと切れ多く肉を食べた〜〜〜〜」

数えてたのか。

「追加の具はお肉〜〜〜私がさばいた鶏の肉〜〜〜さっきまで野山を駆け回っていた〜鶏の〜かわり〜〜果てた〜〜〜すがた〜〜〜〜〜」

もう俺しばらく鶏肉食べれない。
ていうか肉以外も追加しようよ。野菜も食べようよ。

「それでもあなたは肉を食べるのね〜〜私より多く食べるのね〜〜〜」

なんで数えるんだよそれ。

「あなたをさばいてお鍋に入れた〜〜〜〜これで〜〜肉は私のものね〜〜〜〜〜」

怖い。

「これからも一緒に〜〜生きていく〜〜〜〜私と〜〜〜〜お〜〜〜〜な〜〜〜〜べ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

きれいな伸びのある声で、余韻を残して歌が終わった。
満場からの拍手喝采。おじぎで応えた二人は、満足そうに宴に加わり、勧められるまま飲み始めた。



「………………」
「………………」
「………………」
名取さんも的場さんも俺も、黙っている。

黙ったまま時間が過ぎ、夜明けが近くなった。妖たちは少しずつ減り、今はもう馴染みの連中しかいない。
「じゃあね、夏目。ついでに斑も。楽しかったよ」
「ではまた!」
その連中も帰っていき、残ったのは俺たち人間と、先生。

そこでようやく、俺たちは口を開いた。

「鍋とあんたのラブソングだったのかよ!!!」

耐え続けてようやく叫ぶことのできたツッコミは、昇ってくる太陽に照らされて山々を駆け巡り、こだまとなって響き渡って。

じつに妖怪らしいラブソングを聴いたおかげで、俺たち三人は当分の間鍋が怖くて食べられなかった。




END,

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