駄文帳

□夢の中でもきみが好き
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「すまんが、私はおまえをそういうふうには見たことがない」

相応しい、かもしれないが。

「わかってるよ。真剣に聞いてくれてありがとう先生。困らせてごめんな」

まだ涙の溜まった瞳で、夏目が笑った。

花が綻ぶようなその笑顔を見ながら、思う。

見目がよいから。力が強いから。
そんな理由で夏目を選ぶことは、真剣な想いをくれる夏目にあまりにも無礼すぎるではないか。

私はこいつをよく知っている。きっと、世界中の誰よりもよく知っている。

「そう結論を急くな」

私は、夏目と同じようには夏目を想ってない。と、思う。

「少し待て。私にも考える時間をくれてもよかろう」

「………………考えて、くれるんだ?」

驚いた顔の夏目が、私を抱き上げた。

「ほんとにこれ、先生なのかな。偽者とかじゃないかな」

「こんなプリチーキャットが他にいると思うか」

「だって、先生なのに、真面目に聞いてくれた挙げ句、しかも真面目に考えてくれるとか。信じられない」

「おまえな!さっきから言いたい放題じゃないか!おまえこそさっきの言葉、嘘じゃないだろうな!エイプリルフールはとっくに終わってるんだぞ!?」

「あんな嘘、俺につけるわけないだろ!」

ぎゃーぎゃー言い合っていたら、いきなり障子が開いた。
「貴志、」
「わ!滋さん!」
焦った夏目が私を放り出したため、腰をしこたま打って悶絶するはめになった。
「障子な、明日知り合いの建具屋に見せてみるよ。うちの障子はどれももう古いし、この際だから全部新しくしてもいいかと思ってるんだ」
「そうですか。すいません、俺の不注意で……」
搭子にも自分が悪かったと言っていたのを思い出した。もとはといえば私が閉まる障子の隙間を無理に抜けようとしたのが原因で、夏目もそれはわかっているはずなのに。
「おまえが悪いんじゃないし、ニャンゴローが悪いわけでもない。だから、あんまり叱ってやるなよ。可哀想だからな」
言い合っていたのを、夏目が私を叱っていると思ったらしい。ちょうどいい、放り投げたことについても滋になにか言ってもらおう。
「にゃー」
滋の側へ行って、痛そうに腰を撫でてみせる。
「ああ、打ったのか。よしよし、おいでニャンゴロー」
私を抱き上げて、腰を撫でてくれる滋に、夏目が嫌そうな顔をする。
「そういうことだから、明日午前中に建具屋が来る。そのつもりでいてくれ」
「わかりました。面倒かけて、すいま……」
「すいません、はもう禁句にしようじゃないか」
「…………でも、」
「障子の一枚や二枚、なんてことないさ。世の中には食器やガラスを片っ端から割ったり暴力をふるったりする息子もいるそうだからな、それに比べたら可愛いもんだ」
それは特殊なケースではないだろうか。

滋は私を下ろし、おやすみと言って下へ降りていった。
「………布団敷く。明日建具屋さんが見にくるんなら、早起きして片付けておかなきゃ」
夏目は私から目を逸らし、押し入れを開けて布団を引っ張り出した。ばたばたと敷く間も、こっちを見ようとしない。
「ほら先生、さっさと寝て!」
布団を乱暴に叩き、背を向けてしまう夏目に、近寄ってみる。
「なにを怒ってるんだ?」
「別に」
「いや怒ってるだろう。なんなんだ、腰打って怒りたいのはこっちのほうだぞ?」
夏目は私を見ないまま、布団をめくって潜り込んだ。遅れて私もそれへ潜る。
「おいこら。いい加減にしろ」
向けられた背中をたしたし叩くと、ようやく夏目がこっちを向いた。

「…………だって先生、滋さんにはあんな甘えるのに、俺には………」

「…………へ?」

突然手が伸びてきて、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。

「く、苦し………」

「うるさいバカニャンコ!早く練ろってば!」

「む、無理………今眠ったら、そのまま永眠する」

私を抱き潰そうとしていた夏目は、しばらくしてやっと力を緩めてくれた。
ほっと息をつき、夏目の顔を見上げてみる。腕の中に閉じこめられた状態では、喉と顎くらいしか見えなかったが、それでもそこが赤くなっているのがわかった。きっと顔じゅう真っ赤なのだろう。血圧的なものは大丈夫なのか。

しかし、なるほど。ヤキモチとは、夏目にしては可愛いことをしてくれるじゃないか。
私が気づかなかっただけで、多分今までも何度となくヤキモチをやいてくれていたんだろう。そう思うと、なんとなくくすぐったい。

そして、なんとなく気分がいい。

私は、誰よりも夏目をよく知っている。

だからこそ、考える。
見目でもなく妖力でもない、夏目自身を、私がどう思っているかを。

だが、そう長く考える必要はないかもしれない。

だって、夏目が私に恋をしていると、そう思うだけで心がふわふわ浮き立つようで、とてもじゃないが眠れそうにないのだから。

腕の力がさらに緩くなったので、抜け出して布団から頭を出した。
そうしてちらりと隣を見ると、夏目が私を見つめていた。

薄い色の瞳。長い睫。整った鼻と口元。

やっぱり美しい、と思いながら見つめ返していたら、夏目の口元がゆっくりと微笑みの形をつくり、

そしてぶはっと吹き出した。

「障子にはまって抜けないとか、どんだけケツがでかいんだよ先生」

あははは!と思い出しては笑い転げる夏目に、なんか不安になってくる。本当にこいつ、私のことが好きなのか。

「あー、面白かった。今度みんなに言いふらそうっと」

笑い終えた夏目は満足そうに寝る体制に入ったが、聞き捨てならない言葉を聞いた私は眠れない。

「今なんつった!言いふらすとはなんだ!貴様が私を閉じ込めようとしたからだろうが!」

「俺はもう寝ました」

「寝てるやつが返事なんかするか!おいこら、目を開けろ!」

揺すっても肉球パンチをおみまいしても、夏目は寝たふりを決め込んでいる。

無視か。
よかろう、いい度胸だ。ならば私も、本気になるとしよう。

まだにやにやしながら寝たふりを続ける夏目の唇を、ぺろりと舐める。

途端に飛び起きる夏目。

「な!今、なにを………」

「やっと起きたか」

「起きたかじゃないだろ!先生、絶対俺のことからかってるよな!?あーもう、やっぱ言うんじゃなかった!」

「狸寝入りなんぞするからだ。言いふらすのをやめなければ、もっとすごいことをするぞ」

「あのな先生、そういうこと言ったりしたりすんのは卑怯って言うんだぞ」

「そうか?私はそうは思わんが」

すまして言うと、夏目はどうやら本気で怒った様子。布団を頭からかぶり、こちらに背を向けてしまった。

布団から出ると、不安そうに夏目がこっちを見たのがわかる。私はそのまま布団の上に丸くなった。


いつものように笑ったり怒ったりする夏目も、ヤキモチをやいて赤くなる夏目も、不快ではない。
いやむしろ、可愛い。

困ったな。考えると言ったのに、早くも結論が出てしまったじゃないか。

ヒトと妖。

どれだけ一緒にいられるか。

それでも、ほんのわずかな間でも、夏目と共にあればきっと毎日楽しいに違いないと思う。

いつかまた独りになっても、大切な思い出は私を孤独にはしないだろう。
それならば、

「………先生、」

呟くような声に顔をあげたら、夏目はすっかり眠っていた。寝言のようだ。

「ふん、夏目のやつ寝言でまで私を呼ぶとは。可愛いやつ」

「ふふ。せんせ、………顔、面白すぎ……」

「なんだとこのガキ!」

眠ってまでこれとは。愛だの恋だの言う前に、ちょっと私に対する態度について説教をかます必要がある。
ていうか、こんなくそ可愛くない寝言を呟いてる顔が超絶可愛いのがまた腹が立つ。なんなんだこいつ。どうしてこんなに愛らしい表情をするくせに中身がこれなのか。なにか呪いでもかけられているのか。どうやって解くのか誰か教えて。

それでも、本気で怒れない。

ならば、諦めるしかないか。

ため息をひとつついて、元の姿に戻る。

そうして夏目を囲うように狭い部屋に寝そべって、目を閉じて。

「………あはは……先生、こっちにもハゲあるよ………」

楽しげな寝言にちょっとムカつく。こっちにも、てことはあっちにもあるのか。どんな夢だそれは。

ハゲる夢を見ませんように。

誰にともなく祈りながら、私も眠りについた。




夏目に、いつ言おう。

生涯を私と共に過ごす覚悟があるか、と。

楽しみだ。

夏目の表情も、その口から聞ける言葉も。

きっと私が想像する以上に、可愛いに違いないから。



END,
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