駄文帳

□あなただけ見つめてる
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「これね、うちの物置にあったの。なんにも書いてないし記録も残ってないから、なんなのかなって思って」
タキが差し出したのは、筆箱くらいの大きさの長方形の白い箱。紙でできたその箱は古びて黄ばんでいて、くすんだ色の赤い紐で括られていた。
「開けようとしたけど、紐も解けないの。なにか危ないものなら、田沼くんちに持って行こうと思うんだけど」
「えっ、俺んち?」
田沼が怯えた声を出す。緩い蝶結びになっている紐は簡単に解けそうなのに、それが解けないということはなにかまじないがかかっているということ。怯えるのも無理はない。
「お父さんに預けたらなんとかしてくれるんじゃないかと。ダメかな?」
小首を傾げて女の武器を最大限に駆使するタキに、首を横に振れない田沼が青い顔でため息をつく。
「わかった。頼んどく」
「ありがとう!」
嬉しそうに笑ったタキは、夏目の手に箱を押しつけた。
「じゃあ、明日夏目くんちに行くから!それ、鑑定お願いね!」
いや夏目はどこぞの鑑定団じゃないんだけど。
と言う間もなく、タキは見えなくなってしまった。怪しい箱を手にした夏目が、途方にくれた顔で私を見る。
「…………ヒノエ。これ、わかるか?」


学校帰りの夏目を見つけて声をかけ、豚猫がいないのをいいことに一緒に歩いていたら、田沼とやらいうヒトの子が後ろから追いついてきた。夏目が一人だと思っている田沼に、しいて私の存在を教える必要もない。黙っていろと口に人差し指を当て、そのまま二人と一緒にまた歩き始めた。
そしたら走ってきたタキとかいうヒトの小娘が、怪しさMAXなその箱を出したというわけだ。
タキはいい子なんだけど、どうも妖と関わりたがるから困るんだ、と夏目が説明する。元気で可愛らしくて私は好みだが。あれで私たちが見えれば、もう放っておかないんだけどねぇ。


「え、今妖がここにいるのか?」
田沼がまわりを見回す。
「うん。じつは、田沼が来る前から一緒にいたんだ」
黙っててごめん、と謝る夏目に首を振って、田沼がぺこりと頭を下げた。
「気がつかなくてすいません。田沼っていいます、よろしくお願いします」
礼儀正しい子は好きなので、私とは全然違う方向に向かって頭を下げたことは許してやってもいい。
「田沼は、妖の気配や影なんかは時々わかったりするんだ。それで何度か助けてもらったこともあるんだよ」
なんとなく誇らしげな夏目に、微笑んで頷いた。同等でなくとも、似たような力を持つ友達の存在は、きっと夏目にとってとても大きなものに違いない。
「いや、俺なんか全然。今だってまったく気づかなかったし」
「それは、ヒノエに邪気がないからだと思うよ。ヒノエは優しくて、本当にしょっちゅう助けてもらってる。薬草や呪いとか詳しくて、占いもやるんだって」
「へぇ、すごいなぁ」
感心する田沼に、夏目はまたしても誇らしげな顔。私のことでそんな顔をしてくれるなんて、もうほんとに可愛いすぎて連れて帰りたくなるから止めとくれ。
「あ、じゃあヒノエさんならこれがなにかわかるのかな」
田沼が箱を指差して、話がまた元に戻った。
「ヒノエならきっとわかるよ。ね?」
きらきらと期待に輝く目を私に向ける夏目。眩しい。
「そうだね………まじないの類だろうね、そんな匂いがする」
夏目に持たせておいては、危険かもしれない。この子の妖力は強すぎるから、勝手に封が開いてしまう。
「今夜、原っぱに来な。それまでに見ておいてやろう」
「ありがとうヒノエ」
笑顔になる夏目から箱を受け取ると、田沼が驚いた顔になる。
「箱が消えた!?」
ああ、ヒトにはそう見えるのか。箱が宙に浮いて見えるよりはマシかねぇ。



そうして、夜。
家を抜け出してきた夏目が、豚を抱えて原っぱにやってきた。
「なんだい斑、あんたも来たのか」
「慣れぬまじないの匂いが、こいつからしたからな。それで、箱はどうなった」
偉そうに言う豚。用心棒をサボって夏目を一人にしていたくせに、その態度はどうなんだい。
「箱はここだよ。紐は解けたが、開けてはいない。これはやっぱり、呪いを封じたものだね」
出してみせると、その場にいた中級や三篠たちまで覗き込んできた。
「箱に呪いを入れて、誰かにプレゼントするつもりだったんですかね?」
頭湧いてんのかい中級。そんなもん、誰が喜ぶってのさ。
「夏目殿にこのようなものを触らせるわけにはいかぬ。私が踏み潰してくれよう」
なんでも潰せば解決すると思ってないかい三篠。これはタキから夏目が預かったものなんだ、勝手に潰しちゃまずいだろう。
夏目の手からするりと抜けた豚猫が、箱に近寄って匂いを嗅いだ。
「ヒトが作ったものなのか?嗅いだことのない匂いだな」
「ああ、多分ね。あまり強い呪いじゃないから、試しに作ってみただけってところだろう」
「じゃあ、タキのおじいさんが作ったのかも……」
呟いた夏目が、そのタキの祖父について教えてくれた。なるほど、そんな陣や護符なんかを作れるなら、見えないだけでそれなりに力があったのかもしれない。それなら、この箱にかかっているまじないも簡単に作れただろう。
「内容はわからないけど、危険なものじゃないと思うよ。開けさえしなきゃ、このまま置いといても大丈夫なんじゃないかね」
「そっか。じゃ、明日タキに返しておくよ。ありがとうヒノエ、助かった」
ほっとして笑った夏目が、持ち帰るために箱を手にとった。

そしたら。

私が紐を解いたせいなのか、夏目が油断して力を抑えてなかったからなのか。

箱は蓋が弾け飛び、中身が濃い霧となって夏目に襲いかかった。

「うわ!」
「夏目!大丈夫か!」
斑が獣の姿に戻り、夏目の体にまとわりつく霧に光を浴びせる。霧はすぐに消えていき、うっかり光を浴びた中級たちや三篠が焦げて転げ回った。

光が収まり、そっと目を開けると、空っぽの箱が転がる側に、倒れている夏目の姿。

「夏目!」
「夏目殿!」
「夏目様!」
口々に叫んで駆け寄る妖たちが、好きなように夏目を呼ぶ。呼び方をひとつに固定したほうがいいんじゃないか。

それを聞いて、ゆっくりと体を起こした夏目が。

座り込んで皆を見回し、

「にゃあ」

と鳴いた。



って、えええ!

猫耳生えてる!
尻尾がついてる!

ちょ、マジ持って帰りたい!
なんなんだい、この可愛すぎる生き物は!


固まった皆をもう一度見回した夏目は、斑に目を留めた。
「にゃ」
にっこりと笑って、そちらへと駆けて行く。
固まったまま動けない斑の側へ行くと、その腕に顔をすり寄せて、自分を凝視する斑の鼻先に手を伸ばし、長いヒゲを引っ張って。
「にゃーん」
甘えるように鳴くものだから。

斑も私も他の妖たちも、そこにいる全員が地に倒れて悶絶してしまった。




「…………夏目様?」
「にゃ?」
中級の呼びかけに、笑顔で鳴いて答える夏目。
「ふむ、名はわかるようだな」
うんうんと頷く三篠に、斑が唸る。
「アホ、そんなのが解決になるか!どうすんだ、すっかり猫ではないか!」
「あんたも落ち着きな、斑。また鼻血が出るよ」
「くっ……貴様こそ、まだ止まらんのか。いい加減鼻栓を取れ」
鼻先を血だらけにした斑が睨んでくるけど、今はまだ取れない。夏目が猫でいる限り、いつまた悩殺されるかわからないんだから。

しばらくして落ち着いた私たちは、夏目を囲んでどうしようかと相談していた。
当の夏目はというと、斑にべったりくっついて耳にじゃれたりしている。
「夏目様、ほーら」
中級が猫じゃらしを振ってみた。夏目はそれを見て、そっちへと手を伸ばそうとする。それを尻尾でくるんで引き止めた斑が、余計なことをするなと中級に唸った。
「なんだい斑、まんざらでもないんじゃないのかい」
からかってやると、ぷいと横を向く。なのに尻尾は夏目をしっかり捕まえていて、その先っぽを振って夏目がじゃれるに任せていた。
「こんな面倒な夏目に、好き勝手させるわけにはいかん。どこへ行くかわかったもんじゃない」
「まぁ、確かにね」
夏目は完全に猫になっていて、言葉も理解できないようだった。このままどっかへ行かせてしまって、ヒトにでも見られたら大変だ。
「あのまじないは、完璧なものじゃなかった。しばらくすれば、効果はなくなると思うんだけどねぇ」
「ですが、それまで夏目様を隠しておかねば。ヒトはもちろんですが、妖ものたちにも、夏目様がこのような状態であることを知られるのはまずいですぞ」
夏目には友人帳があり、その上とても美味そうな妖力を持っている。こんな無防備な状態では、そのへんの小物にだって簡単にやられてしまいそうだ。
「よし、ではここは私が夏目殿を預かるということで」
鼻のまわりを赤く染めたままの三篠が、いいことを思いついたと言わんばかりに手をぽんと打った。
「私のねぐらに連れて行けば、ヒトにはまず見つからない。妖とてそうそうは近寄れぬだろう」
ねぐらに連れて行って、なにする気だよ変態。
「いやいやいや!私どものねぐらも、山奥の廃寺。あそこなら誰にも見つかりますまい」
中級たち、あんたらもかい。そんなところに連れ込んで、夏目をどうしようってんだい。
「要らぬ世話だ」
斑が立ち上がった。
「しばらくすれば戻るのなら、それまで隠れていればいい。それだけのことで夏目に妖怪巡り廃屋ツアーをさせるわけにはいかないし、貴様らの好きにさせることもできん。これは私が連れて行く」
「連れて行くって、どこへだい」
「…………夏目が元に戻ったら、家に連れて帰る」
言うなり斑は夏目をくわえて、飛び立って行った。

「……どこか、あてがあるんですかね?」
問いかけた中級に、三篠が肩を竦める。
「あっちは昔斑がねぐらにしていた洞窟がある方だ。多分、そこだろう」
なんだ。結局斑も、こいつらと似たようなもんじゃないか。


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