駄文帳

□春の雪
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季節は春。
けれど、最近は温暖化というやつのせいだろうか。夏みたいに暑い日が続いている。

というわけで。

「………でさ。振り向いて見たら、さっきまでそこにいた女がどこにもいなかったっていう」

田沼の家。時間は夜、10時を過ぎた頃。
田沼、俺、柴田、北本、西村の五人で、明かりを消してテーブルに蝋燭を灯しての怪談大会が始まっていた。

「どうよ。結構怖くね?これ、うちのクラスの女子の兄貴の友達のお父さんの同僚の知り合いが見たっていう実話なんだってよ」
「いや待て。クラスの女子の兄貴のなんだって?」
「それもう誰の実話なんだかわかんねぇレベルじゃねぇ?」
ドヤ顔の柴田に北本と西村が突っ込む。こまかいなぁ、と唇を尖らせた柴田が、それじゃあと田沼を見た。
「なんか隠しネタとかあんじゃねぇの?親父さんの体験とかさ」
「え」
半分寝ていた田沼が、慌てて顔をあげた。
「親父の隠し芸がどうしたって?」
「んなこと言ってねぇよ!でもあるんなら見てみたい」
「あ、俺も」
「俺も」
「いやちょっと、マジでなんの話なんだよ」
欠伸をした田沼が、本気で話を聞く体勢に入る。なんにも聞いてなかったんかよ、と柴田ががっくりした顔になった。
「せっかく寺なんだし、なんか怖い系の話はないのかって」
「ああ、そういう………てかまだ怪談やってたんだ」
時計を見て呆れた顔をする田沼。そりゃそうだ、もう一時間もそんな話ばっかりしてる。そのわりにはちっとも怖くならないんだけど、北本と西村のツッコミのせいだろうか。
「そうだなぁ、親父はそういうの全然見ない人だから、実体験ていうのはないんだけど」
律儀な田沼は、本気で考え込んでしまった。
「田沼、無理して考えなくていいんだぞ。おまえ朝早いんだし、もう寝たほうが」
俺が横から口を出す。先生なんか俺の膝でごはんのあとからずっと寝っぱなしだ。田沼も友達が来てるからって遠慮なんかしないで、ほっといてさっさと寝たらいいのに。
「うん、ありがとう夏目。じゃあ、これだけな」
俺に頷いてから、田沼は皆に向き直った。
「親父の知り合いの住職さんの話なんだけどさ」
「おお!なんか怖そう!」
「本物きたか!?」
「柴田の話よかずっと信憑性があるな」
「うるせぇよ夏目。んで?住職がどうしたって?」
皆の期待がこもった視線を浴びて、田沼が真面目な顔をつくる。
蝋燭の灯りが揺れて、皆の影もゆらゆらと揺れた。
「お葬式があった日の夜、戸締まりして回ってたらさ。お堂の中で誰かが歩き回る音がしたんだって。それで覗いて見たら、亡くなった人がそこにいてさ。体がない、帰れないって。ふらふらと探し回ってたんだって」
「………………………」
「……………それで?」
皆、超真面目。めっちゃビビってる。もちろん俺も。
「住職さんが、もう火葬したから体はないよって言って、だから成仏しなさいって説得したらしいよ」
「………………………」
「結構あるんだって。お葬式を、本人が隅っこで見ていたりとか、参列してる人に一生懸命話しかけたりとか」
「ま、マジか」
「そのうち自分は死んだんだってわかって、すぅっと消えたりとかするらしい。でも中には理解できない人もいて、いつまででもぼんやり座ってたりとか、親しい人について行っちゃったりとか」
「えっ………ついてっちゃうの?」
「うん。でも自分の存在をわかってもらえないから、さっきの話の人みたいにお寺に戻ってきて体を探したりするんだろうな」
「…………………」
場所がお寺なだけに、リアルな雰囲気を伴った話に皆が震えあがった。田沼の淡々とした話しぶりが、さらにそれに拍車をかける。
「まぁ、とりあえずそんだけ。あんま怖くなかったかな」
苦笑する田沼。泣きそうな顔の皆。
「………あの。誰かトイレついてきてくんないかな」
柴田がそっと手をあげる。それへ西村が頷く。
「一緒に行こう。そんで一緒に戻ろう」
「心の友よ………!」
どっかのガキ大将みたいなセリフだ。
二人が廊下に出て行って、残った俺たちは布団の支度を始めた。俺も北本も無言。そしてなるべくくっつけて布団を敷く。
「ふゎー。明日の朝の掃除、サボろうかなぁ」
田沼は呑気に欠伸をして、敷いた布団に横になった。そりゃ自分がした話なんだから怖くはないだろう。こんな話、聞き慣れているかもしれないし。
けど俺たちはまったく全然聞き慣れてない。あっさりシンプルな話なだけに、めちゃくちゃ怖かった。あとでトイレに行きたくなったら、先生抱えて行こう。

西村たちが戻ってきて、蝋燭の火が完全に消えているのを確認し、じゃあ寝ようか、ってなったとき、それまで眠っていた先生が薄目を開けた。
「……先生?どうした?」
まさか飲みに行くとか言わないよね。もし先生がいなくなったら、俺のトイレは誰がついてきてくれるんだよ。
耳を動かした先生が、ちらりと俺を見上げる。
そうしてまた視線を窓へ向ける先生に、言いたいことがわかった気がした。

なにかいるんだ。

途端に眠気が飛んで、俺はまわりを見回した。北本や西村がいるのに、妖の相手をここでするわけにはいかない。
「ごめん皆、俺ちょっとトイレ」
立ち上がって先生を抱え、廊下へ出る。外は暗闇で、目を凝らしてもなにも見えない。
庭に出てみるか、と玄関へ向かおうとした俺に、後ろから声がかかった。
「トイレはそっちじゃねぇぞ」
振り向くと、柴田が立っている。その後ろには田沼もいた。
「夏目、もしかして………」
言いかけて、黙る。北本たちに聞かれたら困るからだろう。
「おまえら、ずっと話していただろう」
先生が抑えた声を出した。
「ああいう話は、呼ぶんだ。そういうのは聞いたことがなかったか?」
「よ、呼ぶって」
動揺しまくったのは俺。
「外にいるの、妖じゃないのか?」
「さてなぁ。妖でもヒトでもないものは、専門外でな」
澄ましてとぼける先生に、柴田も田沼も顔色をなくしていく。俺なんか、今にも倒れそうなのを必死で踏ん張ってもちこたえている状態だ。
「なんだ、どうしたんだ?」
「夏目、腹でも壊したか?」
北本たちが廊下に出てきてしまった。
「…………ええと、」
どう言えばいい。嘘が下手な俺に、この局面はかなりヤバい。
「と、戸締まりしたか確認して来ようかなって」
田沼の話を思い出して、やっとでそう言った。二人とも顔を見合わせている。あんな話のあとで、戸締まり確認に行くのは怖いんだろう。

部屋にいていいよ、と言おうとして口を開いたのと、外でがさりと物音がしたのは同時だった。

全員、黙る。

今のは、草を踏んだ音みたいだった。

つまり、実体がある。

透明だったり足がなかったりするような人じゃない。

「見てくる。皆はここにいてくれ」
たちまち気力を取り戻して、先生を抱え直した。妖なら怖くない。どうにでもして追い払える。
「ま、待て夏目!」
柴田が急いで俺の肩を掴んだ。
「おばけじゃなかったらどうするんだよ!」
え?
いやだから、妖ならこのゲンコツさえあればなんとか。
「………もし、人間だったら」
……………あ。
「そっそうだよ、泥棒とかだったらどうすんだよ」
「一人で行くのは危ないぞ。最近、物騒な事件ばっかよく聞くだろ」
西村と北本が必死で説得してくれる。
そうか、妖じゃなければ人間かもしれないんだ。つい、妖をおばけのカテゴリーから外してしまってた。
真夜中に人の家の庭で物音を立てることができるのは、妖だけじゃなかったんだ。
「皆で行こう。なんか武器になるものはないか」
北本が指示をして、皆がてんでに武器と思うものを持つ。北本はお菓子が入っていたお盆。田沼は懐中電灯。西村は燃えさしの蝋燭。柴田は枕。
って、ちょっと待て。西村も柴田も、自分の姿を鏡で見てみたほうがいいと思うぞ。なんだよ蝋燭って。枕とか意味わかんないし。
「うるせぇ。おまえこそなんだよ、武器はその猫か?」
うっ。だって他になんにもないし、人間相手に俺のもやしパンチなんか効くわけないし。先生だって、相手めがけてぶん投げればボール代わりにはなるじゃんか。
「いいんじゃないか?だってほら、ポン太もやる気みたいだし」
田沼が指差すので、皆が先生を見る。先生は爪を出した手を俺に向けて、なにかをアピールしていた。
………退屈してたから、暴れたいんだろう。
「……………よし、行こう」
装備にかなりの不安はあるものの、外の気配は放っておけない。仏像だって、立派な財産なんだ。ターゲットにされていたら、田沼の家が大変なことになってしまう。



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