駄文帳

□あの頃、の話
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「いい天気だなぁ。どっか遊び行きたいな」
のびをしてそう言った柴田に、夏目がちょっと眉を寄せる。
「俺たちをわざわざ呼び出しといて、言うセリフかよ。だったら友達と遊びに行けばよかっただろ」
「えっ。もしかして夏目の中では俺って友達にカウントされてない?」
いい天気で、遊びたいからおまえを呼んだんじゃねーか!友達だよな俺たち!そうだよな!?
一生懸命訴える柴田に、まあ一応ね、と冷たい声を出した夏目が、持っていたコーヒーの空き缶を見た。
「捨ててくる。先生、あっちに屋台出てたろ。アイス食うか?」
膝に乗せてた猫をベンチに下ろし、夏目は立ち上がって俺を見た。
「田沼は?」
「じゃあ、バニラで」
遠慮なく頷く俺の隣で、なんで聞いてくれないんだと騒ぐ柴田。それを無視した夏目が、さっさと屋台へと駆け出していく。

「…………俺、嫌われてんのかな」
がっくりした柴田が、座り直してベンチにもたれかかった。
「そうかな」
「絶対そうだって。あー、ガキんときもっとちゃんと夏目の話聞いてやればよかった」
小学校の頃、転校を繰り返していた夏目が、柴田のいた学校にもわずかの間在籍していたそうで。
夏目はあまり話したがらないけど、柴田を中心にした悪ガキグループにずいぶん苛められたらしい。これは柴田から聞いたことだけど、仲間外れにして悪口言ったりわざとぶつかったりとか。よくニュースで聞くような陰惨なものとは違う、幼稚な苛め。それでも、一人ぼっちだった夏目にはとても辛い思い出だろうというのはわかる。
けれど、今の夏目は柴田を嫌っているようには見えない。
ていうか、その逆みたいに思えるんだけど。普段一緒にいない柴田には、わからないんだろうな。
夏目は人に、あんなふうな口のきき方なんかしない。無遠慮で辛辣で、ちょっとぶっきらぼうで。夏目があんな物言いをするのは、知ってる限りじゃポン太だけだ。
気を許している、というんだろうか。本音で話をしても嫌われない、離れていかないと信じているからこそ、あんな話し方になるんじゃないかな。
羨ましい、って俺が思ってることも、柴田は気づいてないだろう。
「田沼はいいよな、気配だけでもわかるんだから。俺なんか全然わかんねぇから、頼りにもされねぇしさ」
はぁ、とため息をつきながら柴田が見回すこの公園は、以前妖がいた公園だったと夏目に聞いた。
「妖と付き合ってたんだろ?おまえも見えるんじゃないのか?」
「全然?あれからあとは、まったく………」
首を振る柴田に、ポン太が手で顔を洗いながらふんと笑った。
「おまえの場合は、多分波長が合った奴だけ見えるんだろう」
「波長?」
「って、なんだ?」
俺と柴田が同時に聞く。ポン太はベンチに丸くなり、夏目が行ったほうをちらりと見た。
「テレビも、チャンネルを合わせないと電波を捉えて映すことができんだろう。あれと同じだ。おまえはチャンネルの数が少ないから、映るものも限られている」
「えっ。じゃあ、もしかしてチャンネルに合う奴がいたらまた見れるってことか?」
身を乗り出す柴田に、ポン太が頷いた。
「妖も異形のものばかりではない。ひょっとしたら、時々すれ違ったり話をしたりしているかもしれんぞ?おまえがヒトだと信じている、その相手は本当にヒトなのか………」
「やめてくれよ、怖くなるじゃんか!」
怯える柴田にポン太がにゃっはっはと楽しげに笑う。からかってるのか本当なのか、よくわからない。
「柴田は本当に怖がりだよなー」
青い顔でまわりを散歩する人たちを凝視する柴田がおかしくて、笑ってそう言ったら。
「あー、うん。じつは本当に、ガキの頃から怖いのダメでさ」
目を伏せた柴田は、足元に視線を移した。
けど、目は地面じゃなく、もっと遠いどっかを見ているようだった。


ガキの頃から、怖い話とか全然ダメだったんだ。夜中にトイレに行くのすら怖くて、親を叩き起こしてた。テレビでよくやる心霊特番や恐怖映画なんか、正視できないほどで。怖いから逃げたいのに、逃げて部屋で一人になるのも怖くてできなくて、親にしがみついて目を固く閉じて耳を塞いでた。
だけど、外に出ればそんなことできない。友達の手前、怖がってるなんて素振りすら見せられなくて、いつも強がってた。おまえ昨日のおばけの番組見た?全然怖くなかったよな!なんてさ。友達も怖かったのを無理して強がってるのがバレバレで。子供だからな、当たり前なんだ。幽霊も宇宙人も妖怪も、怖くて仕方なかった。
そんなときに夏目が転校してきて、あの頃の夏目はまだガキだったから見えないふりをすることができなくて。誰もいないのに話をしたり、あっち行けとか言って手を振り回したり。
最初は、こいつは極端な怖がりで、なんでもない木の影でもおばけだと言って騒ぐタイプの奴なんだろうって思ってさ。俺たちは、からかって面白がってただけだったんだよ。うん、最初は。
だけど、だんだん違うんじゃないかって思い始めた。夏目は本当になにか見えていて、それと話もできてるんじゃないかって。ガキだから理屈とかわかんなかったけど、ほら、視線とか態度とか。本当に、なんかいるんじゃないかと思ったら、もう怖くなってきて。
おばけなんかいない。いるはずがない。だから夏目は嘘をついてる。俺たちを怖がらせようとして、嘘ついて笑ってるんだ。
そう思い込もうとして、夏目を嘘つきって決めつけて、仲間外れにしたんだ。でも、それでも夏目は嘘をつくのをやめない。なにもない空間を睨んで、どっか行っちゃえって叫んで。
嘘をついてるようには全然見えない。夏目は本当に、なにかを見て怖がってる。
そう考えて、でも怖いから認めたくなくて。俺たちには見えないのを理由にして、夏目を苛めてた。
苛めることで、怖さをごまかしてたんだ。

信じたんだよ。
あんとき、夏目はきっと見えてるんだって信じたんだ。幽霊だか妖怪だかわからないけど、そういうものが見えてるんだって。

だから怖かったんだ。
そういう、怖いものを見る夏目が怖かった。


「ガキって単純だよな。夏目を苛めることで、おばけ退治をしてるみたいな気分になってた。夏目はおばけを見て怖がってるのに、そこは考えなかったんだ。自分が怖かったから、それで頭がいっぱいで」
話し終えて、柴田は俺を見て苦笑した。
「な?ひどいだろ、俺。夏目がそれ忘れてるはずないのに、当の俺はすっかり忘れたふりして友達みたいな顔でこうしてつきまとっちゃってさ。嫌われてても仕方ないよな」
「……………」
どう言えばいいか、わからなかった。
俺も柴田の気持ちはわかる。けれど夏目の気持ちもわかる。
なんて言えばいいんだろう。
助けを求めようとポン太を見たけど、聞いちゃいないようだった。夏目がいるはずの方向を、黙ってじっと見つめている。
仕方なく考えて、そんで言った。
「夏目はおまえを嫌ってないよ。それだけは確かだ」
優しげな雰囲気だけど、実のところ夏目はそうでもない。好きな人嫌いな人ではっきりと区別していて、それは態度や話し方にもしっかり表れる。優柔不断で流されやすい俺は、夏目のそういうところをちょっと羨ましく思っているくらいだ。
そんな夏目が、ぶつぶつ言いながらも柴田の誘いには乗っている。強引で自分勝手で、自分とは合わないんだなんて言うけど、昔の知り合いで今も付き合いのある柴田を大切にしてることは見ていてわかるんだ。
「田沼………いい奴だな、おまえ」
俺の手をがっしり握った柴田がそう言うのと、ポン太が立ち上がるのは同時だった。
「ポン太、どこ行くんだ?」
「遅すぎる。なにをやってるんだ、あいつは」
言うなりベンチを飛び降りて、夏目が行ったほうへと駆け出していく。見た目に反して、すごい速さだ。あっという間に見えなくなった。多分、ずっと心配してたんだろう。
「………なあ。夏目とあの猫、どんな関係なんだ?」
真面目に聞いてくる柴田。
「夏目の用心棒、って聞いてるけど………」
「それにしちゃ異常に仲良くないか?」
「………うん。俺もそう思う」
俺たちの疑惑をよそに、それからすぐに夏目が戻ってきた。猫は夏目の肩に乗り、差し出されるアイスを舐めては幸せそうな顔をしている。
「おまたせ!意外に並んでてさ、時間かかっちゃ……………」
そこまで言った夏目が、無言で俺たちを見つめる。
「どうかした?」
「いや、その」
言いにくそうに目を逸らす夏目。
「…………俺、お邪魔なら帰るよ?」
「え?」
「は?」
なんのことだ、と言おうとして気づいた。柴田が俺の手を握ったままだということに。
「ごめん……俺、二人がそういうことになってるなんて気づかなくて………」
「いやいやいや!違うんだ、これはその………」
焦って手を離した柴田が、泣きそうな顔でポン太を見る。
「ちょっと、説明してくれよ!あんたずっと見てただろ!?」
見てなかったよ。ポン太はずっと夏目のことしか気にしてなかった。
アイスにかじりついていたポン太が、顔をあげてにやっとする。
「仲がよくてなによりだ」
「や、やっぱり………」
「違う!」
「夏目、ほんとに違うんだ。俺にはそんな趣味はない!俺には」
「なんで俺にはって二回言うんだよ田沼!俺が誤解されるじゃないか!」
「いやだって俺、男の手握る趣味ないし」
「そういう意味で握ったんじゃないだろ!てか俺だってそんな趣味ねぇよ!どうせ握るんなら、夏目の手のほうが」
「えっ」
「あっ」
勢いに乗って本音が出たらしい柴田に、夏目が驚く。ポン太がアイスを放り出して柴田に向かって威嚇を始めた。




後日、柴田に電話をかけた。
「夏目に、おまえのことちらっと聞いてみたんだけどさ」
『え!なんて言ってた!?』
「あの公園、妖の女の子と一緒に遊んだとこなんだってな。そういう思い出を大事にしていて、今も公園に通っているのが嬉しい、って」
『ああ、うん。なんか、あそこ行ったらまた会えそうな気がしてさ………』
「そんな公園で、男の手を握って喜んでるのが信じられないって………」
『いやちょっと。ちゃんと説明したんだろうな?夏目に誤解されちゃったら、俺生きていけねーぞ?』
「………言葉の端々から、夏目に対する友情を超えた気持ちが垣間見える気がするんだけど」
『…………なんの話かわかんねぇな』

嫌われてないならいいや、と電話を切った柴田に、不安が胸をよぎる。
夏目に対して好意以上の気持ちがあることを、もしポン太に知られたらどうなるか。

次に会ったら、諦めるように言おう。
そう決めて、うん、と頷いてから、俺は本堂に戻って掃除の続きを始めた。



END,

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