カカイル小説A

□鍵
1ページ/1ページ

 念願だったイルカと、夜を共に過ごすことができた。

 芽生えてしまった恋心。
 思いの丈を伝えたが、イルカは戸惑っていた。当然だ。だって男同士だ。自分でもこの気持ちに驚いている。
 ただでさえまじめな教職に就いている人。イルカの恋愛概念に、同性なんて言葉はなかっただろう。
 だから、カカシは気長に待つつもりでいた。
 いつか振り向いて貰える。あるいは、そんな日は一生こないかもしれない。
 それなら、それでいい。一番はイルカが幸せであること。

 「不束者ですが、よろしくお願いします」
 ある日もらった、彼らしい真面目な返事。高く結んだ黒髪をヒョコリと下げられた。
 夢かと思った。
 数日ぶりにあったイルカは目の下にクマが出来ていた。昨晩、寝ずに考えたのだろうか。いや、あの日からずっと悩んでいたのかもしれない。
 そうして出してくれた、答え。

「でも男のオレがカカシ先生に、何をしてあげられるのでしょうか?」
 不安げに見つめるイルカ。
「傍にいてくれればいいですよ」

 大切にしよう。彼を傷つけないように。失わないように。
 カカシは心に誓った。  


 とは言え、好きな人が傍にいたら、触れたいと思うのは当たり前の感情。
 手に触れたい。唇に触れたい。それ以上の事も……。
 カカシはゆっくりと時間をかけて愛を育むつもりだった。
 手を握る。唇を重ねる。ゆっくりと。
 イルカのペースに合わせながら。イルカが受け入れてくれるまで。

 いつもより、深い口付けだった。
 酒が少し入っていたからだろう。ふざけながら始めた行為はひどく官能的だった。舌を絡ませると、イルカもぎこちないながらも追ってくれた。
 若干背の高いカカシの角度が上になる。口の端から収まらなくなった唾液が零れ出した。
 イルカは喉を、コクン、と上下させた。

 その瞬間、カカシの下腹部はぎゅっとなる。締め付けられように、熱く重く疼きまくった。
 目の前には、てらてらと濡れて光るイルカの唇。

 カカシの中で何かが弾けた。
 畳に押し倒し、力任せに覆い被さった。顎を掴み、イルカと自分ので混ざった唇を貪る。
 もう片方の手でイルカを握ると、硬さがあった。ああ、感じている。それをカカシは了承と捉えた。
 シャツをたくし上げ指を這わせると、イルカは肌を震わせた。カカシ先生……と、か細い声で呼ばれる。両手で胸を弱々しく押し戻された。抵抗だったのかもしれない。しかしその仕草は、余計にカカシの抑えをきかなくさせただけだった。
 イルカのズボンに手をかけ、一気に降ろした。

 その後の事を、カカシはよく覚えていない。とても気持ちが良かった事以外は。十代のガキのように、夢中になって何度も何度も腰を突き上げた。
 イルカの回した手が、カカシの肩に爪を立てた痛みで我に返る。
 善がり声ではない。苦しそうに息を漏らしたイルカは、痛い、痛いと目じりに涙を浮かべていた。

 あ、やってしまった……。

「す、すみません」
 カカシはそれだけを言い、急いで服を着こみイルカの家を飛び出した。



「カカシ先生。次、何やるんだ?」

 ナルトの声で顔を上げる。
「もう、自分ばかりさぼって。少しは手伝ってよね」
 気が付けば、本日の任務という名の雑用は終わっていた。割られた薪の山が、綺麗に庭の片隅に並べられていた。
「ボーとしてんじゃねえ」
 矢継ぎ早に非難される上忍師。
「ああ、そうね。お疲れさん。じゃ、帰りましょうか」
 木の根元で一日過ごしたカカシは立ち上がり、ただ開いていただけの本をポーチにしまった。 

「ねえねえ。イルカ先生の誕生日プレゼントどうする? 明日よ」
 帰り道、子供たちの会話をカカシは歩きながら聞いていた。
「一楽でラーメンを奢るってばよ!」
「お前が食いたいだけだろ」

 いいな、子供って。無邪気だ。

 あの夜から一週間。カカシはイルカと会っていない。謝らなければ。そう思うけれどできないでいた。
 今日こそは、と朝受付所に向かうのだが、イルカの姿を見た途端に踵を返した。夕方、任務が終わり報告書の提出をしようとするが、結局部下三人にお願いしてしまう日々。

 あんな事をされたのだから、イルカはもう顔を合わせたくないと思っているに違いない。
 大切にする、そう誓ったはずなのに。

 そもそも、イルカは自分を受け入れる気はあったのだろうか? 抱き合いはしたが、身体を繋げる付き合いを望んでいなかったのかもしれない。
 だとしたら、いきなり押し倒し、好き勝手した自分をきっと憎んでいるだろう。
 大切にするどころか傷つけてしまった。 
 明日は誕生日だというのに。どうしよう……嫌われた。

 カカシの前を歩くナルトが、ラーメン、ラーメンと叫んでいた。
「……ねえ。一楽のラーメン、イルカ先生は喜んでくれるの?」
「もっちろん! カカシ先生知らねえの? 大盛にしたら、泣いて喜ぶってばよ!」


 いつものように報告書を部下に託し、路地裏を家に向かって歩いていた。
「カカシ先生!!」
 大きな声で呼び止められる。振り向くと、イルカが立っていた。はたから見ても、怒っていますと言わんばかりに。
 心の準備ができていないのに、イルカと会ってしまった。
 咄嗟にカカシは逃げ出した。
 しかし、それを予測していたかのように、イルカは両手を広げカカシの前に立ちはだかる。まだ逃げようとするカカシの腕を思いっきり掴んだ。
「逃げるな!」
 怒声を上げるイルカ。その瞳からは、ポロポロと涙が零れていた。
 逃げるカカシの足が止まる。
「やるだけやって、とっとと帰って……」
「イルカ先生?」
 泣いてはいるが、キツイ瞳でカカシを睨みつけた。
「あなたねえ、ひとり残されたオレの気持ち、わかりますか?! あれ以来、オレを避けて」 
 しかし、威勢のよかった声は徐々にしぼんでいく。カカシを掴んでいた腕が、力なくスルリと抜けた。 
「……やっぱり、なんか違うと、思ったんですか? だったらはっきり言ってください。うやむやのままにされるのは、オレ嫌です」
 そして悔しそうに涙を拭った。

「そんなわけないでしょ!」
 思いがけない言葉に声を荒らげてしまう。
「そんなわけないです!」
 カカシは驚いた。まさかイルカがこんな事を考えていたとは、予想だにしていなかった。あの時のイルカを、違う、なんて思うはずがない!
 自分のせいで涙を流すイルカに一瞬触れて良いのかためらったカカシだったが、どうにか慰めたくて恐る恐る背を撫でた。
「イルカ先生は悪くないです。悪いのはオレなんです」
 イルカはその手を振り払わなかった。拒否されなかった事にほっとしたが、辛そうなイルカの姿を見てカカシの胸がズキンと痛む。
 自分ひとりが嫌われたとうじうじ悩んでばかりいた。
 勝手に家を飛び出し、残されたイルカの気持ちなんて、言われるまでこれっぽっちも考えていなかった。
 
「すみません。避けていたと言うか、先生に合わせる顔がなかったんです。傍にいてくれるだけでいいと言っておきながら、無理やり先生を」
 カカシは姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「本当に面目ない」
 イルカは袖で目元をこすり、カカシと一瞬目を合わせた。が、直ぐに逸らした。
「……では、オレを嫌いになったわけじゃ」
 俯いて、ちいさな声で呟いた。
「ない、ないです。ありえません! あの晩の事は、自分でも驚いているんです。あんなに自分を制御できなくなるなんて。むしろ嫌われたと思っていたのはオレの方です」
 涙は止まったが、それでもまだ不安な顔をするイルカを見て、カカシは気づいた。

『男のオレがカカシ先生に、何をしてあげられるのでしょうか?』

 そう訊ねた時の、あの表情。

「先生、ずっと不安だったんですね」
「……そりゃそうですよ」
 むくれてイルカは答えた。カカシはもう一度ごめんなさいと謝り、そして続けた。
「オレもね、ずっと不安でした」
「カカシ先生が?」
 意外だったようで、何故? とイルカが驚いた顔をした。
「先生はオレとの付き合いを承諾してくれたけど、無理やり身体を繋げてしまったから、きっと嫌われたなって。先生が受け入れてくれるまで待つつもりでいたのに、自分が情けないです」
 カカシは申し訳ないと頭をかいた。
 何度も謝るカカシ。そんなカカシを見て、イルカは躊躇しながら話し始めた。

「確かにあの時のカカシ先生は、いつもと違っていて、ちょっと、怖かったというか、驚きはしましたけど。嫌いになるわけないでしょ」
「本当に? イルカ先生は男のオレに抱かれるの、嫌じゃなかった?」
 カカシはイルカに問うた。
 真剣なまなざしのカカシを見つめられ、イルカの顔は赤色に染まっていく。
「そりゃあオレだって、付き合う返事をした時から……覚悟は決めてましたよ。いつかは、そうなるって覚悟は」

 カカシの胸が熱くなる。
 イルカの覚悟。

 イルカも自分を受け入れようとしてくれていたのだ。

「そうでしたか。その言葉を聞い安心しました。良かった……」

 カカシは安堵の胸をなでおろした。


 男の自分を受け入れてくれるだろうか。
 男の自分を受け入れてもらえるだろうか。 

 
 とうに答えは出ていた。それなのに、二人はすれ違いをしていた。それは、お互いを想うあまりに。
 独り悩まずに、本音で話し合えばよかったのだ。
   
 カカシはイルカに感謝する。 
 肉体的にも精神的にも、受け入れる側の負担は遥かに大きいはずなのに。それなのに、イルカからリアクションを起こしてくれた。
 物事をきっちりさせておきたかったイルカ。彼の真面目な性格のおかげで、逃げてばかりいた自分が、今こうして隣で笑っていられる。

「実は今日もし振られたら、カカシ先生を一発殴ってやるつもりでいたんですよ」
 穏やかじゃないイルカの発言にカカシはギョッとする。
 イルカは勢いよく拳をカカシの目の前に繰り出した。開いたその手には鍵が握られていた。

「これは?」
「オレんちの鍵です。明日オレの誕生日なんです」
「え? あ、はい」

 それは知っている。イルカの誕生日だから、贈り物をするのはこちら側であって。
 カカシはイルカの意図がわからず小首を傾げた。

「カカシ先生をオレにください」

 張りのある声。
 真っ直ぐな瞳で見つめられた。
 イルカはカカシの手を取り、鍵を握らせた。

「オレ、カカシ先生が思っている以上に欲張りなんです。オレの元にちゃんと帰ってきてください。これはその為の鍵です」
 手のひらの鍵をカカシは見つめる。

「この鍵を受け取ったら、カカシ先生も覚悟してください。もし、また逃げたら」
 イルカは再び拳をカカシに向けた。

 男らしいイルカの独占欲。それが嬉しくて、そして心地よかった。
 涙もろく、真っすぐな人。

 この男を好きになって良かった。
 ぎゅっと鍵をカカシは握りしめる。
   
「もちろんです。オレの全てをイルカ先生に」

 そう言ってイルカを抱きしめた。



「ところでイルカ先生。誕生日は明日ですよね。鍵の“効果”は今夜は無効ですか?」
 カカシは鍵を左右に振ってイルカにアピールする。
 ふむ、とイルカは歩きながら両腕を組み、黄金色の空を見上げた。

「どうしましょう。夕飯食べながら考えましょうか?」
 イルカはニッと目を細めて笑った。
「いいですね。何か食べたいモノあります?」
「そうですね〜。うん、一楽がいいです」
 嬉しそうにイルカは答える。

「ああ。……けど今日は、焼き鳥はどうですか?」


 どうやら部下のプレゼント選びは間違っていないようだ。



 微笑んだカカシは他の提案をイルカにし、胸のポケットに大切な鍵をしまった。




終わり


イルカ先生お誕生日おめでとうです。ああ、もう詰め込み過ぎた…。長くなるし、こういう話はやっぱり無理だあ;つД`)ツラタン


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ