カカイル小説

□受付
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 深夜の受付所から何やら不穏な空気が流れていた。

 ひとーつ、ふたーつ。気配はふたつ。
どうせ“あの”お堅い中忍が、報告書の確認で細かい事に気付いてしまったのだろう。誰彼構わず意見を述べる男だ。
カカシがひょいと入口を覗けば案の定、受付の男、うみのイルカが、机を挟んで立っていた上忍に胸ぐらを掴まれていた。

「そこを何とかするのがおまえら受付の仕事じゃねえのか?!」
「誤魔化すことが我々の仕事ではありません」

 淡々と語るイルカにさらに逆上した上忍が、掴んだ拳に力を込めた。首元を締め付けられたイルカは苦痛で顔を歪ませる。それでも怯むことなく、椅子に座ったまま自分より階級が上の男を睨みつけていた。

 あんた、分かってないねー。自分がどんな顔をして男を見上げているか知らないでしょ? その屈しない瞳が男の征服欲を掻き立てるって、なーんで気付かないのかね?

 胸ぐらを掴んでいた男が舌舐めずりをしたのが分かった。
これ以上の事があっては面倒だ、とカカシは消していた気配を放ち受付に足を踏み入れた。

「穏やかじゃなーいね。それぐらいの処理、やってあげたら?」

 突然ひょうひょうと姿を現したカカシに驚き、掴んでいた手を慌てて放す。いつから見られていたのか……上忍はバツが悪そうに舌打ちをした。
イルカは表情も変えずに姿勢を正す。そして、お言葉ですが、と前置きをしてから話し始めた。
「些細な事でも規律を破るお手伝いは出来ません。本来なら、上忍の方が率先して守って頂くのが当然……っ!!」
通り一遍の事を言うイルカの頬を、カカシは手の甲で引っ叩く。乾いた音が室内に響いた。

「口の利き方に気をつけな、中忍」

 抑揚の無い声色。
驚いたのは上忍の男だった。
カカシはそんな唖然としている上忍に振り返る。

「ねえ、この人にはちゃーんと言い聞かせるからさ。後の事はオレに任せてくれる? それでお終い」
両手をポケットに入れゆるりと歩み寄り、上忍の目の前で立ち止まる。
そして小首を傾け、念を押すように一段と低い声で言う。
「いいよね?」

 カカシのこのパフォーマンスで、まずは上忍としての男の面目は保たれた。さらにもう一つ、男に釘を刺した事になる。
『この中忍には手を出すな』と。

「ふん」
馬鹿ではなかった上忍はこれ以上関わるのは御免だと、踵を派手に鳴らし受付を後にした。



 再び受付所に静寂が戻る。
「ごめんねー。痛かった?」
いつもののんびりとした口調。
「あっ、いえ大丈夫です」
イルカは叩かれた頬を擦った。
「はたけ上忍が私を庇護して下さったと、分かっています」

 カカシはため息をつく。
「あんたさー、もう少し上手く立ち回りできないの? あのままだったら犯られていたよ? くだらない事でそんな目に遭ったら、損でしょ?」
「くだらなくなんかないです」
イルカは間髪入れずに言い切る。
「火影様より与えられた、責任ある仕事なのですから」
「んー、ごめんね。言い方が悪かった」
カカシはヤレヤレと頭を掻いた。

「いえ、謝らないでください。はたけ上忍の仰りたい事も分かっています」
報告書の束をイルカは机の上でトントンと揃えた。それから迷いのない顔をカカシに向ける。

「それでもやはり、私は自分の信念は曲げられません」

 あーあ。ホントに何て頑ななんだろう。こんな男は見たことがない。でも、だからこそなのか……。

「だったら仕方なーいね」
オレはますますあんたから目が離せなくなるじゃない。

 カカシは手甲をした手で赤くなったイルカの頬にそっと触れた。一瞬身体を強張らせたがイルカはされるがままだった。曇りのない真っ直ぐな瞳でカカシを見つめてくる。

 
 その時カカシは気付いてしまった。
イルカの漆黒の瞳の一番奥底に、熱い色が揺らめいているのを。

 
 ああ、ホントに自分の事は何ひとつ分かってないんだね、あんたは。そんな瞳でオレを見つめたらどうなるか……。

  

 カカシは空いた手で口布を下ろした。
そして頬に手を添えたまま、互いの目と目を合わせながらゆっくりと唇を寄せた。




終わり


DV…

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