SHORT

□おめでたいことでして
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※人外と人間が共存する世界、みたいな感じ。妊娠ネタ注意。












 


「…え、妊娠したの?」


「…うん」



嬉しそうに頬を染めて腹を撫でるネシィに百合は目を丸くした。


妊娠。それは人間の、しかも女の子にとってとても重大な人生の中継点。勿論妊娠して産むことが全てではない。だが大きな、それこそ学校で噂になれば確実に冷やかされるような話題。


人間である百合は真っ青になった。


まず百合は女だ。そしてネシィも女。同性同士で子どもが生まれることは無い。


女が妊娠するには勿論男がいなければならない。だが恋人である私達はどちらも男ではないから、妊娠することはできないはず。



つまり…



「…うわき…?」


「、なっ…!!そんなわけないだろ!何故私が別の生き物と××××しなければいけないんだ!!」


「わ、分かったからそんなモロに言葉を発しないでよ!」



女であるはずのネシィだが、激昂したり混乱したりするとその口調は男らしくなる。そんな様子を見て百合は慌てて弁解したが、やはり疑いは晴れないまま。


しかしネシィが嘘をついているようには見えないし、心優しいネシィが嘘をつくとは思えない。そのぴちぴちとした鱗を床にたたきつけているネシィはご立腹だ。


そう。紹介が遅れたが、ネシィは人魚だ。


それも人魚の中では珍しい水に入らなくても生きていける人魚。父親と母親は生まれた頃にはもういなかったらしいが、身体検査の結果父は蛇、母が人魚だったのだとか。


父が蛇だったおかげかネシィは床を平然と這って進むことができる。どちらかというと人魚の遺伝子の方が強いが。



「もう…貴女って人は」



先程の荒っぽさは何処か遠くに飛んでいき、なめらかに擦り寄って愛情を示すネシィの切り替えの早さと来たら。


ちゃっかりしているところも好きだけどと考えながらも、第二の重大な問題点にも気が付いた。


それを言う前にネシィに遮られる。



「明日の朝クラスで言わなきゃいけないね。式は何処で挙げたい?水の中は百合は無理だから、森がいいね」


「ちょっと、待って!」


「?」


「く、クラスで言わなきゃいけないの…!?」



ぽかんとネシィは何を言っているんだとばかりに首を傾げた。


いやこっちのセリフだと返したいところを百合は堪える。その沈黙の間に、向こうの空で鳴いた烏人の声が耳に響いた。


それが嫌だったらしく、ネシィは長い尻尾で器用に窓を閉めた。ネシィは他の動物の声が嫌いだ。



「うるさい奴らね。百合に声を聞かせるなんて。…それで、クラスで言わなきゃいけないのかというのはどういうこと?」


「…あの…その、だから、私ってネシィを妊娠させちゃったんだよね…」


「妊娠させた?あはは、そんな言い方!まるで襲ったみたいじゃない!貴女と育んだ愛はそんな乱暴な言葉じゃないよ」


「ね、ネシィにとってはそうかもしれないけど、みんなにとっては…」



そこまで言って百合は過去の記憶を掘り起こす。

人間の世界の学校に通っていたとき、友達の知り合いの知り合いの男の子が同級生の女の子を妊娠させたとして退学処分になった。二人ともだ。


それほど、この年齢で妊娠するのは大変なことなのだ。経済力も無く、育てる知識もないし、学業だってある。周りの目だって辛いだろう。


それを遠巻きから見つめるだけの立場だった百合は、今では当事者になっている。それは百合を人生で一番焦らせる程の重要なことだった。


一方、人魚であるネシィは生物的に妊娠については寛容だ。相手が逃げようが何だろうが妊娠はおめでたいこと。


だから百合がそのような反応を取るのがよく理解できないらしい。



「…もしかして、言いたくないの?」


「…だって、私は…育てるお金とか、全然ないし…それに、ネシィはその、行きたい大学とか、あるでしょ」


「…あれ?百合、私言っていなかったかな?」



やはりぽかんとした顔が変わらないネシィはそのまま続けた。



「妊娠して結婚式を挙げたら、二人とも海で暮らさなきゃいけないの。子どもを産むと地上界で生きていくことはできなくなってしまうから」


「え、あ、そうなの…?えっ、そうなの!?」


「私言ってなかったのね…ごめんなさい、こんな重要なこと。言っていたとばかり」



百合はその生態系に関心を持ったが、慌てて内容を本題に戻した。



「じゃ、なくて!え?じゃあ大学は?」


「え?私は百合と結婚するつもりだったから、別に希望とか無いよ」


「い、いつから!?」


「百合が私の家に初めて来てくれたときから!」



懐かしいねえ。とってもかわいかったんだよ。もうこの子しかいないって思って…


ぺらぺら愛を綴り始めたネシィに百合は赤面した。そして同時にかなり驚いた。そんなに前から目を付けられていたとは。ネシィの家に初めて来たときといえば、まだ付き合ってもない友達の段階のときだ。


流石人外というか。肉食系なのだろうかと疑惑を持つ。




そして、慌てて思い出した。口を開く前にネシィがまた遮る。



「ああ!でも、貴女は?大学に希望があったりとか…」


「あ、え…まああるにはあるけど…」


「嗚呼、ごめんなさい…謝るわ、だからお願い、離婚するなんて言わないで」



いやまだ結婚してないけど、というツッコみを心の中でしておきながら大丈夫だよと安心させるように言葉を掛けてやる。


そして今度こそ口を開いた。



「それはそうなんだけどさ。私人間じゃん。私達人間からしたら、この年齢で妊娠させるっていう行為はめっちゃやばいの悪い意味で。他の人外たちはどうなのか分からないけど、人間たちからはいい目で見られないと思うし…もしかしたら、私の自分勝手かもしれないけど」



何だか自分が周りからよくない目で見られたくないからと言っているように思えて、僅かに自己嫌悪を覚えた。実際そう思っているが、ネシィに自分勝手な女だとは思われたくない。


説明し終わると、頷きながら聞いていたネシィはうーんと考えてからにっこり美しい笑顔で笑った。



「大丈夫。海の中に人間はいないんだから」


「いや、そうじゃないって!」




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