SHORT

□おめでたいことでして
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「ほら、言った通り。貴女を悪い目で見るヤツなんかいなかった。いたとしても私が放っておかないんだから」


「う、うん…いいのかなあ、こんなんで…」



流石人外の学校というか、クラスの人々の反応は好感触だった。皆口々におめでとうと言ったし、ライオンである担当教師も柄でもないのに楽しそうに祝った。



「生まれるまでの期間は短いから、すぐに式を挙げなくちゃ。でも海に近い方が私は嬉しいの、ウエディングドレスのままの百合なんてとても美しいだろうし…ああでもありのままの百合も好き。結婚式裸じゃ駄目?」


「駄目に決まってるでしょ!」


「残念…人間は恥ずかしがりよね。裸の方が色々楽しいのに」



敢えて楽しいの内容の深くまでは聞かないことにしておきながら、期待を膨らましているネシィをよそに物思いにふける。


クラスの中では浮足立つ雰囲気も今だ残っているが、いつも通りの日常だ。
一か月後には、この光景は全て海に包まれているのだろうかと想像してみるが、百合には想像できなかった。


海に入ることが嫌ではない。むしろネシィと共にいられる海は魅力的。


だが、妊娠という言葉がまだ不吉な言葉として僅かに百合の心を蝕む。素直に喜べない自分が嫌に思える。


何故だろう、と考えてみるも、答えは見つからない。



「…百合?…嬉しくないの…?」


「えっ!?いや、そんなこと…」


「でも何だか、沈んでる。どうして?私に話して」


「……自分でも、分からないし…」



ネシィは真剣なまなざしで顔を近づけた。海の香が僅かに漂う。ネシィの鰭のような耳は透明なベールのように水色に輝いている。


その美しい容貌に自身の心臓の鼓動が耳に響き、百合は顔を赤くしたが何とか冷静になって答えた。



「何でだろ。…何でかな…」


「そう、分からないの。なら深く考えない方がいいよ、その内分かるから。大丈夫、私は百合を永遠に愛するし、百合も私を永遠に愛してくれるんだからその気持ちも問題の内には入らないよ」


「、」



頬に触れた冷たく湿った艶やかな唇に百合の息は詰まった。そして、僅かな間が空いたあとせき止められた血液が顔に集中し、百合の顔が真っ赤になった。


ネシィの口元が孤を描き、スキップをして跳ねるような軽い笑い声が小さく百合の耳に木霊する。


それがさらに羞恥心を煽り、百合は真っ赤な顔を見られまいと俯かせた。



「そんな顔しないで、すぐにでも攫いたくなっちゃう」


「なっ、馬鹿!」





















「うん…綺麗。とっても」


「そうかな。ネシィも、綺麗だよ」



ネシィの部屋の全身鏡の前で、百合は己の姿を見つめながら答える。


恍惚とした表情を浮かべるネシィの服装もまたウエディングドレスではあったものの、下半身の魚である部位を主張する白いデザインは彼女自身の青い鱗とよく合っている。



「…暑いね。当日倒れたらどうしよう」


「そのときは私が介抱してあげる」



百合が身に着けているウエディングドレスはネシィに勧められた露出度の低いドレス。その所為か熱が内側に籠り、すでに身体が暑いと訴え始めていた。


それもそのはず、時期は夏。こんな厚手をすれば当然熱も上がるに決まっている。


それでもこのドレスがいいとネシィが主張した理由、それは



「これなら百合の肌が他の生き物に見られなくて済む。顔が覆えないのは残念だけど、ベールで何とかなるかな」


「流石にそこまでしたらほんとに倒れちゃうって」


「私がいるから安心して倒れて?」



安心できないよ、と付け加える。


嫉妬深い人魚を愛おしく思いながら、視線をその腹へやった。


以前よりも、確実に膨らんでいる。当日に太鼓腹になっていたらどうしよう。



「大きくなったね、赤ちゃん」


「なあに、そんな怖い目して。嫉妬?」


「え。そんな目してた…?」



自分の顔をぺたぺたと弄りながら驚いた顔をする百合にネシィはくすくすと笑った。


そしてネシィの言葉によって、何かが吹っ切れたような気がした。



「…そう、かも。私赤ちゃんに嫉妬してたかも」


「どうして?」


「言わせるのー…?」


「分かってるけど、百合の口から聞きたい」


「……私よりも、赤ちゃんに愛情を注ぎそうだから…」



嬉しいことなのは分かっている。次なる生命が誕生し、幸せいっぱいの生活(海)が待っていることも。


しかしやはり、その愛情が僅かにでも他に行くのは何となく気に入らなかった。


そう認めてしまうと、何だか自身がとんでもない執着女みたいに思えてしまったので訂正しようか迷ったそのとき、ネシィは口を開いた。



「大丈夫、百合。私は百合以外愛せないから」


「…え?」


「だって貴女以外に愛情を注ぎたくない。生み落としたら、卵食べるつもり。でも百合の遺伝子が入ってるって思うと嬉しいよ」



ウエディングドレスの内側にある百合の脚に、いつの間にか百合のすぐ傍にいたネシィの長い脚が絡みついた。



「ねえ、最低?私って最低?でも、いいでしょ。だって子どもを食べる親なんていっぱいいる。むしろいいことだよ。だって私の愛、全部百合にあげられる」


「で、でも…おかしいよ」


「…おかしい?ははは、何を言ってるんだ。まさかとは思うけど、赤子を愛したいとでも思ってるのか?」



あ、やばい。地雷踏んだ。


そう感づいたときにはすでに百合の下半身は強く締め付けられていた。


ネシィには何処かそういう雰囲気がある。他とは違った異常性のあるその雰囲気に惹かれたと言っても過言じゃないので嫌いではないが。


しかし対処が難しいものだから、此処からどうやっていい方向にもっていこうか百合は頭をフル回転させた。



「妊娠は、人間にとって、幸せなものだろう?それに妊娠さえすれば結婚の口実になる。結婚ができれば、いつまでも百合は私の腕の中にいてくれる。

悪いことなんかない。でも卵は邪魔だ。それだけだ。…ねえ、こんな私、嫌?嫌い?怖いと思う?」



こちらを見透かすようで、霧のかかった瞳に魅せられる。


分かってる。ネシィは百合がそう言えないことも。分かっているからこそ聞くのだ。


そうして百合は答える。いつものように。



「愛してるよ。大好き…どんなネシィでも」



気付けば深淵に嵌っていることも、知っていた。



END.
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