無垢な慾深

□屋上庭園に咲く胡蝶蘭を思い出す
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紅葉の彩る街並みにアウターを着た若者達が行き来する。
立海は海が近いためか、陽が落ちると一気に気温が低く感じる。

今日はテニ部とマネとで別々にミーティングがあったので、久しぶりにマネのみんなで夕食を食べに行くことになった。
毎日当たり前のように一緒に帰っていた精市さんとも今日は別。
今日はお互い友情デーということになってる。

マネのミーティングが終わり、帰り支度をして、施錠確認。
テニス部はもう解散した様子だった。
空いたコートを眺める。いつも見える姿が見えないというのも、少し寂しい気持ちがした。
そんな時、ポケットの中に振動がある。
携帯だ。発信元は丸井先輩。何か伝言だろうか? 珍しい人からの着信に少々戸惑いつつ応答する。


「もしもし」
「絵梨香、今金……んだ、幸……倒れて」
「えっ、なんですか?」
「総合病院……すぐに来……」


バタバタと足音が聞こえて声が途切れ途切れになっていたが、総合病院に来いというのがなんとなく伝わった。
このあたりだと、金井総合病院だろうか? 金、というのも少し聞こえたしおそらく間違いなさそうだ。


「先輩っ! 今、丸井先輩から電話で、総合病院に来てくれって」
「えっ、総合病院って金井? でも絵梨香にかけてくるってことは、幸村に何かあったん?」
「え……精市さん……!?」
「とにかく、食事はまた今度にしよう。みんな、金井総合病院までダッシュ!」


先輩が先導してくれたから走り出せたけど、私は足がすくむ思いがした。
幸村さんに何かあったなんて、考えたくない。
だけど、思い当たることがあった。この頃風邪のような咳をしていて、だけど開業医にあたっても原因不明、風邪ではないから、おそらく心因性のものだろうということだったそうだ。精市さんは部長という重責に自分でも気付かない負担を感じているのかな、なんて言っていたけれど。

涙が溢れてくる。
とにかく早く会いたい。
病院までの道のりをひた走った。
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