□杜王港にて
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−?!−

 すると、彼女の背中に負ぶさるように、乳白色と黄金で彩られたスタンドが浮かび上
がった。節のない靭やかな指が、腕が、本体のジョルナの首や肩を愛しげに抱いている。

 仗助のクレイジーダイヤモンドが治す能力の動作と同じように、彼女のスタンドが仗
助を殴ったり、何かをする動きは無い。
 しかし、ジョルナの顔を覗き込む、承太郎の『スタープラチナ』や仗助の『クレイジ
ーダイヤモンド』にも似た爽やかな目元、そこに輝くエメラルドの瞬きに、仗助が彼女
の瞳に見つめられていると気付いた時には、全身を痛めつけていた傷はすっかり消えて
無くなっていた。

 はっとした仗助が身体を捻って全身を見回す。するとどうだろうか、流した血の染み
どころか、制服の破れも、汚れも見当たらず、今朝下ろしたばかりの綺麗な制服がそこ
にはあるのだった。

「ああっ?! ……治った?!
(…………いや治ったっつーよりは……怪我する前って感じだぜ)」


「ぼっ……ぼく見たよ……! すっ凄いっ! 仗助くんの顔や身体の傷がみるみる塞がっ
 てっ制服の穴だって……! まるで『無かったこと』のように治っていったんだ!」

「おれも見てたけどよー……仗助の『クレイジーダイヤモンド』と おんなじ能力のス
 タンドってことかぁ〜?」

「……いや、それはねぇ〜〜〜なぁ〜〜〜」

 ばたばたとタラップを渡ってきた億泰と康一を制し、仗助は制服の胸元を漁ったり、
ポケットを裏返したり、何かを探して全身をはたいたりする。
 何してんだ? と訊かれたが、一通り満足するまで続けてから言った。

「実はさっきよぉ〜〜〜港くるタクシーで飴もらったんだよ。あの禁煙マーク描いてあ
 る飴。タクシーが全車禁煙になってから置いてあるやつだよ。あれがよぉ〜〜〜〜
 ねぇ〜んだよなぁ〜〜〜どこにもよぉ〜〜〜〜〜。

 …………………………一時間前には持ってなかったんだよ」

「え?」

「まったくグレートだぜ、こいつはよ〜〜 治したんじゃーない…………戻したんだな」

「戻した?!」

「…………ええ。そうよ」

 言ってジョルナはまたチラと承太郎を見やった。巨体の男の視線は自分から人を呼び
つけておきながら、彼女に『信用を得たいのなら何もかも曝け出せ』と言っている。

「(どうせ私の能力は『隠すなんて無駄』だけど)」

 自ら立場を危うくすることは無いし、承太郎も知っているのだから、言われなくとも
隠すつもりなど彼女にはなかった。

「私のスタンドは『グランド・マスター』
 能力は 時間を戻すこと。

 今のはそう、彼の時間を1時間『戻した』の。頭のなか以外ね」

「時間を戻すぅ〜〜〜?!」
「仗助より凄ぇーんじゃねーかぁ〜〜〜〜?!」

《マジかよ?!》

 億泰と康一は二人を見比べて感嘆する。いつも傷付きながら自分たちを治してくれる
仗助が、初めて無傷で済む日が来たのだ。
 彼は恵まれた体躯と持ち前の明るさで、いつも『これくらい なんてことないぜ』と
でも言うように家へ帰ってしまうが、二人は知っていた。その大きく立派な腕や脚や背
中が、裂傷や打撲傷で痛々しく埋め尽くされていることを。

『彼女がいれば、もう友達が傷付くことはないんじゃあないか?』そう思った。

「まったくおったまげたぜ。
 時間戻しちまうってんならよ〜〜おれ要らねーかもしんねーな」

 紅潮した顔をポリポリ掻く仗助。はにかんだ顔が歳相応の少年で、彼は素直に『グラ
ンド・マスター』の能力を称えた。その愛嬌は威圧感迫る承太郎の存在を忘れさせる力がある。
 がしかし、承太郎の鋭い視線にまた、ちらとジョルナが目だけで窺ってから仗助に応えた。

「まさか! そんなに便利なものじゃありませんよ。力もないし、限界もある。
 『グランド・マスター』の射程は極端に短いし、時間を『戻す』ことは出来ても
 『進める』ことは出来ない。つまり『戻しすぎ』たら取り返しがつかないんです」

「取り返し? ってーと」

「例えば、今朝取れた卵で作った目玉焼き。焼き過ぎて失敗した目玉焼きを焼く前に戻
 すとして、5分戻すところを1日戻したとします。けど、今朝産み落とされた卵だから、
 一日前は卵じゃない。となると、卵はどうなると思います?」

「一日前は卵じゃなかったんだからァー、つまりは……おいおいおいおいッ?!」

「おっ親鳥のお腹の中に戻って……
 そんでもってまだその時は卵じゃないんだから……うっ嘘でしょう?!」

「マジかよッ!おれにもわかっちまったぜッ!それってよぉ〜〜〜〜
 『無くなっちまう』ってことだよなぁ〜〜〜〜ッ
 卵だったってことが『無くなっちまう』てぇーよ〜〜〜〜〜ッ!」

「それはつまり人間でやったとしたら……
 一人の人間が消えてしまうということかのォ…………」

 動揺する少年たちと同じく、初耳であろうジョセフが核心を突く。
 時を止めるDIO、不死身の吸血鬼、夜の帝王……。神をも恐れぬかの男の能力の一
端が、もし受け継がれていたとしたなら……彼が恐れていたことの一つでもある。

 人の時間を戻して『無かったこと』にしてしまえるのなら、紛れも無く危険極まる能
力ではないか。それも、仗助の時間を戻して怪我を『無かったこと』にした時に、ジョ
ルナは仗助に触れてすらいなかった。

 条件はわからない(或いは無いのかもしれない)うえ、防ぐ手立ても今は思いつかない。
いや思いつくのか? 誰にも分からなかった。恐らく承太郎でさえも。

 そんなスタンド使いを今まで放置していたのか……何も無かったのが奇跡としか思え
なかった。いや、何か有ったとして、気付けるものなど果たしているのだろうか。

「わかりません。生き物を『戻しすぎ』て消してしまったことは無いんです。どこまで
 時間を戻せるのかわからないし、ビデオの巻き戻しや早送りと違って、『戻しすぎ』
 たらグランド・マスターの能力を使う前に再び『戻す』ことは出来ないんです。
 
 昔、人形を壊してしまって 直そうとしたことがあります。でも失敗してしまった。
 『戻しすぎ』て布と……糸と綿に分かれて、最終的には無くなってしまいました。
 だからきっと、生き物も同じことになるんだと思います……とても確認しようとは思
 えません。だから……わかりません…………やったことはないんです……」

 ジョセフをしっかり見て話していたはずのジョルナは、俯いて両手を見つめていた。
その手にはグランド・マスターの手が添えられ、スタンドは彼女を慰めているようだった。




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