□運命のエニグマ
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「あら早い……」

 その少年はすぐに見つかった。三条通り付近に差し掛かると、向こうからジョルナを
見つけてくれたのだ。

「(調べはついてる……ってこと)」

 少年のスタンド『エニグマ』は、恐怖のサインを見つけ、そのサインを対象が行うこ
とで、対象を紙にしてしまう能力。黙っていても埒が明かない。本人ならば対象を決め
た後、必ず接触してくると踏んでいた。彼が現れてくれたおかげでジョルナは真実を確
認できる。それにしても、随分露骨につけて来たものだ。

「(女性ならストーキングに恐怖するから、ありかもね)」

 それから暫く。歩調を変え、角を何度も曲がり、不自然に歩道を変え、ジョルナは少
年の次の行動を誘った。ジョルナは恐怖したりはしない。全て承知の上でのストーキングだ。
それに、恐怖のサインが見つからなければ、少年は次の行動を起こすしか無いのだ。

 ドサッ

 案の定、彼は行動を起こした。

「……鳥……の死骸?」

 背後から頭上を軽く超えて、ジョルナの目の前に投げ落とされたのはカラスの死骸だった。

「(これで私に恐怖しろってのはちょっと無駄よ……)」

 吸血鬼の食い散らかしがそのへんに転がっている屋敷で育ったのだ、親しい知人の死
骸でもなければ恐怖できない。

「(……こっちの埒が明かないわ)」

 痺れを切らしてとうとうジョルナは少年を振り返った。もう10分以上も進展せず、
只の散歩状態だったのだ。

「あなたなんなの? どういうつもり?」

 それは『付け狙う少年』にというより『何もしてこない少年』に苛ついての言葉だった。

 しかし少年は居ない。そこには紙が一枚、折りたたまれた紙が一枚落ちているだけだった。

「(エニグマ……)」

 何も知らない人間なら超常現象か、幽霊か、と恐怖しようものだが、タネの明けてる
彼女には好都合なだけだ。確証も持てた。『ありがとう!』と声を大にして言いたい気
分だった。

 近づいて拾い上げる。開いて確かめたりはしない。中から何が出てくるか分からない
からだ。そして破る。康一も一緒に破いてしまうことになるかもしれないが、エニグマ
が黙っている訳もないので問題ない。

《待て! 広瀬康一がどうなってもいいのか!》

「(……ほらね)どういう意味……?」

 破る手を止めると紙は消え、目の前に浅黒い肌の、白いコートを着た少年が突如現れた。
コートの裾の内側には『ENIGMA』と書かれている。

 ジョルナの見たことの無い少年。もう間違いない、これは錯覚でも幻覚でも無い。
過去だ。昨日の事実なのだ。

 その少年が紙を二枚手に言った。

「ぼくは先程、広瀬康一をこの紙にした。ぼくの『スタンド』は人を殺せる能力も
 腕力もない。だから直接始末できないが……こうして……破いてしまうとどうだろう?」

 『広瀬康一』と書かれた紙を右手小指と薬指の間に避けて、少年はもう一枚の紙を破く。
破かれた紙の切り口から液体―恐らくジュース―がこぼれ落ち、パリンパリンと真っ二
つになったグラスが落ちてきて、更に落下の衝撃で割れた。

「それをこっちの紙でやったらどうなるかな?」

「死ぬわね。真っ二つかしら」

「そうだ……真っ二つになって まるでカラスや野良犬に漁られてその辺に散らばった
 生ごみのように、内蔵を地面にぶちまけて死ぬんだ……ッ!なのに……なぜ確かめも
 せず、躊躇なく紙を破こうとしたッ?! 今もなぜ……なぜおまえは恐怖しないッ!」

 なぜと言われても、知っているから仕方がない。知らないから躊躇し、知らないから
恐怖するのだ。現にジョルナから見て、少年の方が怯えているように見える。
 知らないからだ。

「あなた私のスタンド知らないの? 写真のおやじに聞いてない?」

「物の時間を戻せることで、破れた《広瀬康一も戻せる》から恐怖しないのか? しかし
 死んでしまえば意味のないことだ」

 そうスタンドは通常、死んだものに対しては通用しない。破れた康一を『元に戻して』
も、そこに『魂』は戻ってこないのだ。

「…………まさか…………どうでもいいのか? 死んでも……広瀬康一が死んでも……
 おまえは構わないのか……?!」

「いいえ、全然違うわ」

 言ってジョルナはしゃがみ、紙を拾う。

「でもあなたには分からないか、時間が戻ったんだものね」

 少年がカラスの死骸を投げて寄越してから、直ぐの時間に『戻し』同じように紙を
拾ったのだ。

 しかし先程と違い、今度は「クリップかヘアゴムで開かないよう留めてしまえばいい
のだろうか」と、右手で摘んだ定期券大の紙を見てジョルナはポケットを探った。

ジィィィィィィィィッ

 密かに鳴っていた。

カチッ

 それはジョルナがビーチに居た時からずっと。
 ゼンマイ仕掛けの玩具が出すような音が、その時止まった。人知れずずっと『グラン
ド・マスター』の体中を回っていた星が、元の位置、両腕の黄金のガントレットの穴の
奥に戻った音だった。

「……消えた。 つけていたジョルナ・ブランドーが……。ぼくを拾い上げたと思った
 ら忽然と……」


 少年は紙から戻ると辺りを見回した。だが、彼女はどこにも見当たらない。
 文字通り消えたのだった。


「ここは……」

 気づくと、ジョルナは康一の家の近辺ではなく、杜王グランドホテル、プライベート
ビーチのベンチの前に居た。前方を遥か彼方、吉良吉廣が文字通り飛んで逃げている。

「戻ったの……? 過去へ一方通行だった私の『グランド・マスター』が『元の時間へ
 戻ってる』……」

 慌てて『グランド・マスター』の腕を手に取り確認した。吉良吉廣どころではない。

「この星が……この星が体中を巡っている間だけ戻っていられるんだ! キッチンタイ
 マーのように少しずつ動いて元の位置へ戻ってくるまでの間、過去に居られるんだわッ!
 ……タイムスリップ出来るッ! ……パパに……会える……」

 それは彼女の人生を大きく変えるものだった。矢はそれを選んだ。

「矢が……矢が独りでにすっ飛んでったぞ……わしは何もしとらんのに小娘を勝手に貫
 いた……。……やつは既にスタンド使いのはずッ! どういうことじゃ! よ、吉影!
 吉影の元へ行かねばッ!!」

 まだ誰も知らない。この後、乙雅三を射抜き川尻家に帰り着いた吉廣……その息子の
身に同じことが起こる、吉良吉廣もだ。

 《ジョルナ》彼女以外は誰も知らない。




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