□写真
4ページ/4ページ


「すまんすまん……話がそれたのォ〜〜」

「いいえ。知らないことばかりで……。でもポルナレフさんとは……多分……お会いし
 たことがあると思います……」

「あ〜〜そーだったかのォ〜そーいえば。懐かしいのォ〜……」

「ええ……」

 そこからまたしみじみと、ジョセフは胸躍る冒険譚のように、10年前のエジプト、
カイロまでへの旅の話をジョルナに聞かせてくれた。

「(エンヤ婆……タロットの暗示のスタンド使いは殆どばあやが連れてきた雇われだから、
 よく屋敷に来たホルホースとかしか覚えてなかった……。それからマーメイドちゃんの
 ミドラー……私やっぱり子供ね……一度や二度会っただけじゃあしっかり覚えてないわ)」

 エジプト上陸までの詳細を聴き、ジョルナは館へ招かれた顔ぶれを必死に思い起こそ
うと努力した。その中には虹村億泰、形兆兄弟の父や、吉良吉影の父、吉良吉廣も居た
はずである。だがとても、総てを思い出すことは出来そうもなかった。
 当時ジョルナはとても幼かったし、館は時にケニーGのスタンドで広袤(こうぼう)
果てなく階段や廊下の続く、迷宮のようになっていたりもした。それでなくとも広い館
は、来訪者に出会う機会も多くない。きっと、出会ってない人物のほうが多いのかも知
れなかった。

「そしてエジプトに上陸して戦ったのは、ンドゥールという男じゃ。タロットカードの
 起源と言われるエジプト9栄神の『ゲブ神』水のスタンドでのォ〜」

「ンドゥールッ……彼はッ……よく知っています……」

 盲た男で杖を持ち、DIOに忠誠を誓っていた。
 自然、娘のジョルナをも乳母日傘に可愛がり、父―DIO―の故国イギリス式に
『マイ・レディ』などと愛称していた。まだ若い男だ。

「(彼はどうなったろう)」

「そうか……よく知っておったか…… その男は承太郎と――――」

 承太郎と――――――

 言ってジョセフは飲み物を飲む……いや吐き出している。カップの中に飲み物が溜まり、
置かれたと思えば、ジョルナを見て何か早口で言っている。

「え……? ……なに? なんて?」

 困惑していると更に動きは加速し、ローテーブルのカップを2つ手に取ると、ジョセ
フはそれを後ろ歩きでカウンターへ置き、入り口へ向かった。いや向かったと言うのは
少々違う《後ろ向きで》進んだのだ。

「なにこれ……これって凄くその……スローな……スローな『グランド・マスター』みたい」

 ジョルナは気持ち悪いと感じつつも、ジョセフへついていく、と、なんと承太郎が帰
 ってきたではないか。いや、帰ってきたと言うには語弊がある。今まさに出かけよう
としているのだから。

「じじい……分かっているとは思うが くれぐれも……余計なことはするんじゃあねーぜ」

「分かっとる分かっとる」

「(これさっきの会話だわ……)」

「まったくどっちが祖父かわからんわい!」

「(時間が……『戻った』……何故?)」

「まったく口うるさい孫じゃわい……いつからこうだったのか……いや昔からじゃったか」

 そうしてジョルナはソファーへ二度目の誘いを受けて、再びジョセフの話に耳を傾け
ることになった。

 内容は一字一句同じ。

 もちろん『グランド・マスター』は使っていない。神妙な面持ちで注意深く聞き入っ
ていると、二度目のンドゥールの話になる。ジョルナの応える言葉も同じ。

「……ンドゥール……彼は、よく知っています……」

「そうか……よく知っておったか…… その男は承太郎と――――」

 承太郎と――――――

「やっぱり!」

 先程と同じ所で時間は巻き戻る。
 ジョセフが再び、ビデオの巻き戻しのように素早く、口や手を動かしている。

「時刻は8時30分。多分さっきも同じ時間ね」

 立ち上がって置き時計を確認する。ジョセフが居るが構わず動く。逆行する時間の中
はジョルナひとり……ジョルナひとりだけが自由なのだ。

「さて……どうしたものか……。『グランド・マスター』の暴走じゃないと分かった今……
 私の逆行する時の世界に……入門してくるなんて……。 誰が どこで 何を して
 いるのかしら……」


 そうこうしているうちにまた、承太郎が『帰ってきた』


「それでその女の名はミドラーと言ってのォ〜 鉱物に化けられる超遠隔操作型のスタ
 ンドだったんじゃが…… 承太郎に『ハイプリエステス』の歯を粉々に砕かれてもう
 ボロボロよ!」

 結果として、ジョルナは三度目の話を聞きながら何もしなかった。今朝、主要人物が
一処に集まっている時分に起きた異変だ。十中八九、彼らの近辺で起きているに違いない。
そう推理すると、ジョルナは動くわけにはいかなかった。承太郎に気づかれず、ジョセ
フを待たせてついていくことは出来ないし、二人を出しぬいて先回りすることも、異変
とは別に、危険すぎて出来ない。

 となると彼らが解決するのを待つか、結果がどうあれ、答えが分かるまでは何も出来
なかった。

「(流石に10回を超えるようなら……はァ〜ッ……私の心労が持たないから……何か
 理由をつけてなんとかするわ……)」

 そして8時30分は来た。

「そうか……よく知っておったか…… その男は承太郎と――――」

 承太郎と――――――

「―――――承太郎と戦って……そして死んだんじゃ……自分のスタンドで頭を打ち抜
 いてのぅ……」

「…………え」

 二重の意味で驚きであった。

 《時間をどうにかして戻しているスタンド使い》を承太郎達が解決したのだろうか……
いいやそんなことはもうどうでもいい。

「……死んだ……死んだの……」

 あの甘やかな声で自分を呼ぶンドゥールが。盲目でも不自由なく、自分を抱えて館を
歩き回ったンドゥールが。盲た青白い瞳で、ジョルナの輝きを矚(み)ていると言った
ンドゥールが。

「死んだ……」

 それも10年も前に。

「……親しかったのかのぅ……」

「……ええ。 とても……」

「それは……すまない事をした……その……」

「いいんです。ンドゥールならそうする。パパの不利になって生き延びたりはしない。
 ……そういう人です」

 遺体は承太郎が砂に埋葬したと言う。愛用していた杖を墓標に。

 DIOを倒す旅とはいえ、彼らは殺人を良しとはしていない。ンドゥールの結末は、
彼らにも予想外の衝撃を与えたようであった。

 だが衝撃は、今のジョルナの方が強いだろう。

「(本当に私何も知らないのね……ううん 本当は『知ってた』のかもしれない……
  『分かりたくなかった』だけで……。もしかしたらもう、皆居ないのかもしれない……
  マライヤもヴァニラも、テレンスも……皆)」 

「ジョルナ……」

「いいんです。もう終わったことですし。皆覚悟の上でしょう……皆命懸けだった。
 それで次は? どんなスタンド使いだったんですか?」

「あ……ああ……わしは見とらんのじゃが『アヌビス神』という―――」

 気を逸したかった。深く想い馳せると苦しくてたまらなくなるのだ。ジョルナは遣る
瀬無い苦しみや哀しみから、逃れる術を他に持たなかった。分かち合うことも、癒やさ
れることもなく、ただひたすらに耐え、歯噛みして泣きながら過ごしてきたのである。
唯一縋れる心の中の住人達まで奪われたら……きっともう生きてはいけないだろう。

 時計は8時36分を指していた。

 時は逆行する。

「…………なんだ……まだ終わってなかったの」

 ジョルナにはもはや面倒なだけであった。

「……もう疲れたわ……。二度だって退屈なのに……四度も同じ話……なんて無駄なの」

 巻き戻るジョセフを尻目に外を眺める。いつの間にか外は雨が降っていた。
 それも承太郎が四度(よたび)の見送りを受ける頃には止んでいる。

「今日は雨か……」

 快晴を報じるTVを消して、ジョルナは先にソファーで待つことにした。

「……エジプトへ……着いてからの話だけしてもらおう……」

 どっと疲れて、彼女にはもう同じ話を聞く気力もない。目的を持たない時間の逆光が、
自分の意志の及ばぬ逆行が、これほどまでに苦痛とは……彼女は生涯知る由もないと
思っていた。

「(自分だけの世界に入門される……パパはこんな気持だったのかしら……)」

 承太郎は止まった時の中で動くことを『認識』し『止められて当然』と思うことで
完全に『ザ・ワールド』を自分のものにした。

 『ザ・ワールド』と『スタープラチナ』は同じタイプのスタンド。

 『グランド・マスター』は特殊で、同じタイプとは言いがたいスタンドだが、もし、
もし承太郎が『時が逆行するのは当然』などと『当然』などと『確信』したなら……。
『スタープラチナ・ザ・ワールド・マスター』などに成長したなら……。

「終わりだわ…………」

 ジョルナはジョセフから飲み物を受け取って、

『どうか今この時間を巻き戻した人間が承太郎ではありませんように……』

と強く願った。  




次の章へ
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ