□運命のエニグマ
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「あッ……ああッ……ッ」


 杜王駅から車で15分ほど、別荘、リゾート地帯の始まりに建つ杜王グランドホテル。
海岸線から朝日の登るプライベートビーチが人気の同ホテルは、シーズン前の今、人の
行き来もあまり無く、砂浜のベンチの前にはジョルナ一人しか居なかった。

「何が……起きたの……ッ 何かが……私の……身体の中に入って……そして……
 貫いたッ……!!」

 砂の上にペタリと座り込んで、唖然と胸部を押さえる。

 早朝、食後の運動にビーチを散歩していたら突然、背後から何かが身体に潜り込み、
衝撃で前かがみにへたり込むと、胸を突き抜けて棒状の何かが砂へと突き刺さった。

 出血はしていたが痛みは無く、探った手に傷口も見つけられず、改めて確かめると特
に怪我もしていない。血だけが飛び散っている。

「…………今のは……何ッ……?! 貫かれたの……? ……これは……ッ?!」

 砂に突き刺さっていた棒状の物は、ひどく年代を感じさせる木製で、一見して棒だ。
棒は、どこからか伸びて来た糸に手繰り寄せられた。棒の尻にはキラリと光るものが見える。
それは逃げていく。

「待ってッ!!」

 砂から顔を出したのは紛れもなく、スタンド使いを生む『矢』だ。矢に巻き付いた糸
は、朝日を反射する紙片から伸びている。

「(吉良吉廣ッ)」

 宙を舞っているのは写真に入り込める幽霊のスタンド使い。吉良の父『吉良吉廣』。
弓と矢を持って逃走中だが、まさか向こうから現れてくれるとは思っていなかった。

「(でもどうして私を矢で……)」

 しかし考える暇を与えず、あっと言う間に吉廣は『グランド・マスター』では届かな
い距離まで離れていく。

 吉廣とは手がかりになればと吉良邸を家宅捜査した日、家内の一室で承太郎らが接触した。
彼は愛する息子吉影の為に、承太郎達を倒す『スタンド使いを増やす』とその時宣言し
ている。今もそのためにホテル周辺をうろついていたのだろう。

「(逃してたまるか!)『グランド・マスター』 時を戻せ!」

―ガチャガチャガチャガチャ―

 呼応するように歯車が軋みを上げる。合間に組み込まれた星形の歯車が『グランド・
マスター』の身体の穴を、流れ星の如く駆け巡る。

 景色は逆巻きに流れ、吉良吉廣も遥か前方から後方へ戻る。もう手の届く距離。

「……え?」

 しかし時間の逆行は止まらない。

「なんで……」

 ジョルナが未熟だからではない。生まれながらの能力者である彼女は、幼少ならいざ
知らず、至って冷静な今コントロールを誤るなどあり得ない。

「スタンドが暴走している……? ……もしかして矢のせいなの……?」

 吉良吉廣は遥か後方に消え、見えなくなる。唖然としていると辺りは陰り、朝日が東
に沈んだ。

「どうなるの……? 『スタンド使いを生む矢』に『スタンド使い』が射られたら……
 いったいどうなってしまうの……?」

 空には月が輝き、星が瞬く。

 不安だ。ジョルナは背後から抱きつくように絡む『グランド・マスター』の腕にすがった。
その腕の穴の中の星は、本来歯車としてその場で回り続ける星だのに、今は『グランド・
マスター』の体中を駆け巡っている。まるでゼンマイが巻かれるように。

 月は移動し、やがて沈む。すると夕日が差して見る間に昼になった。そして海平線で
太陽が朝日になると、逆行は止まった。

「……昨日……? 昨日の朝ってこと? ……はっ!」

 昨日のことで思い出す。昨日の午後、仗助がホテルの承太郎の所へ来て、新手のスタ
ンド使いをアンジェロと同じ要領で『本』にしたと言っていた。もしこれが錯覚でも幻
覚でもないのなら『本』になる前の少年に出会えるはずだ。

 それに件の本―エニグマと言ったか―はSPW財団でも必要ないらしく、町立図書館
に寄贈されることになったが、その本の少年が本にされる前、康一と仗助の母―朋子―
を襲っていたはずだ。

 朋子が襲われたのは仗助の下校途中、家でのこと。康一が襲われたのはその日の朝、
時間が戻ったから《今》のこと。能力も分かっているジョルナなら、上手く行けば朋子
が被害に合う前に解決出来る。


「……行ってみようかしら。何か意味があって私の意に反して時間が戻ったんだとするなら。
 確かめなくちゃ……」

 康一の襲われた場所は分かっている。ジョルナは康一の家と学校の間にある、三条通
りの方へと足を向けた。




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