□1999年特別な夏
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「じじい……今てめーがなんと言ったのか……おれの聞き間違いじゃあ ねえんだな……?
 もう一度言うぜ…… おれの聞き間違いじゃあ ねえんだな?」

「くどいぞィ承太郎」

「てめー…… ボケが良くなったと思ったら……ついにイカれたのか?」

 杜王グランドホテル324号室。吉良吉影が運命の裁きにあって翌日。

 人知れず、激闘を生き抜いた仗助の治療も兼ねて集まった一室で、承太郎は彼にして
は珍しく、鼻息荒く祖父ジョセフに詰め寄っていた。

 驚いたのは仗助とジョルナである。
 承太郎の剣幕に何事かと目を白黒させて二人を見ていた。

「……マジに言ってんだな……ジョルナを――――」

「―――エジプトへ連れて行く! 決めたことじゃ」

『えッ?!』

 少年少女は驚きに抱き合うようにして支えあい二人の大人を交互に見た。
 先に口を開いたのは仗助である。

「エジプトォ〜〜〜?!?! マジに言ってんのかァ〜〜〜〜ッ?!?!」

「マジも大マジ。本気じゃわい」

「ジョルナの生まれ故郷だからかよ?! ……つっても何も残ってねーんだよ……
 なァ〜〜〜?」

 つい失言した……と仗助がジョルナを窺う。3ヶ月程で彼は、ジョルナの身の上をそ
れなりに知ることが出来たので、持ち前の優しさが彼女を傷付けまいといつも気を割い
ていたのだ。それでも若さゆえか、考えるよりも先に言葉が出てしまった。彼女の父親
―DIO―は彼女に形見も残さなければ墓すら無い。言葉一つで彼女を悲しませてしまう
事に仗助は耐えられない。

 しかし幸いにも、ジョルナは気に留めていない。驚愕と困惑の方が大きい。

「ななななんで……急に」

 眉根を寄せて大人二人を交互に見る。

「何も残っていなくとも、ジョルナの生まれた場所じゃ。館の建っていた地区は100
 年以上前の建物がゴロゴロしとる……景色はそう変わっておらんじゃろう。きっと……
 きっと何か、懐かしい物が有るかもしれん……」

「…………でも……私……」

《良いのだろうか、本当に。何とかしてエジプトへ行くつもりではあったが、 信用の
 置けない自分が行って良い場所なのだろうか……》

 ジョルナの10年で矯正されきった、奴隷根性のような、自虐心がそう囁く。

 現に承太郎は承服しかねて苛立っているではないか。渡りに船を喜べない。ジョルナ
の自尊心の無さが、彼女を戸惑いから恐怖へ落とし込んでいく。

 ジョルナはずっと、自分をこの世のカスだと思って生きてきた。路傍の石くれ……
有象無象……価値など無く、故に愛されることはない。愛されないのは自分にその価値
が無いからだ……。

 それらの思いが呪いのように彼女を蝕み、彼女の人間性を歪めてしまった。


「ジョルナ……良いんじゃ……行こう。いや、行かねばならない……。あやつらはわし
 らにとって確かに敵であったが、ジョルナにとっては大切な思い出じゃろう……。
 あの旅はつらかった、だが楽しかった。ジョルナにも知ってほしい……人生は楽しく
 なくてはならん ということを」

 ジョセフの目は強い意志に輝いていた。幼い頃から培い研ぎ澄ましてきた機智が、
後悔を拭い去ろうとするように。

 ジョルナはその目に安らぎを覚えた。そしてよく似た瞳の少年が彼女に言う。

「行ってこいよジョルナ。おれより先に海外旅行なんて羨ましいぜ! おめーはよォ〜
 〜〜我慢しすぎなんだよ。 じじいが連れて行ってくれるってんならよォ〜『嬉しい! 
 ありがとう!』って言やーいーんだよッ。ね 承太郎 さんッ」

「…………やれやれだぜ」

 揃って熱い視線を向けるジョセフ、仗助に、溜息と共に帽子のつばを下げる承太郎。
自分がジョセフの孫だということを棚に上げて、そっくりなその瞳に『そういや親子だ
ったんだな……』ともう一度溜息を吐いた。

「仗助も来てもいいんじゃぞ?」

「いや行きてーけど、学校あるしよォ〜〜……。うちはお袋が教師だからそこんとこ厳
 しいのよ。わかってる? じじい」

「うう……すまん」

「お袋置いて海外旅行なんてぶーたれるに決まってンしよォ〜。かと言って連れて行っ
 たら、バアちゃんになんて言うつもりなんだよ じじいよォ〜もめるぜェ〜?」

「……まったくじゃ……」

 こうして日本にやって来るまでも散々揉めたのである。妻、スージーQの怒り様を思
い出して、大柄なジョセフも小さくなった。

 それでも、息子を持てた事に後悔は無い。仗助の存在を知って申し訳なく思うより強く、
生まれてきてくれたことに感謝したほどだ。

 自慢の息子はシュンとする父を見て悪戯気に笑うと、そんな父を見兼ねて懐から一枚
の紙を手渡した。

「まッお袋には会わせらんねーけど 写真はやるからよーこれで元気出せよな」

「おお、すまんのぅ仗助」

「……いえいえ」

 芝居じみた謙遜をして、次にジョルナへ微笑んで見せる。『これが親孝行』と瞳が
語っていた。

 その本当の意味は、ジョセフと承太郎の二人―と赤ん坊―を杜王港で見送った時に
分かった。ジョセフが仗助に言われるがまま、まんまと写真を財布に入れたおかげで。

「もらっとくぜーッ 父親ならよォー息子にお小遣いくれてくもんよねェ〜〜〜〜ッ!
 それにお袋の写真家に持って帰ったら また バアちゃんともめちゃうぜ〜〜〜
 元気でなあ〜〜ッ!」

「『クレイジーダイヤモンド』で写真《直して》財布盗るなんて……」

「いーんだよッ! 親ってのは子供に甘えられると喜ぶもんなんだぜ(さすがにカード
 は使わねーけど)」

「……へー……」

 分厚い革の折りたたみ財布を手に、仗助は満足そうだった。
 ジョセフに渡した母―朋子―の写真の縁の部分を切り取って持ち、『クレイジーダイ
ヤモンド』で直して手元に引き寄せる作戦は大成功だ。

 思えば彼も父親―ジョセフ―に関するもの―形見や思い出―を何一つ持っていなかった。
思い出と財布を手に入れた今、彼はとても満たされたことだろう。中身を開いて見たり
せず、学生服の内ポケットに押し込んで、言った。

「おめーもこれから甘え方覚えなくっちゃなージョルナ。エジプト行ったら じじいに
 うーんと甘えるんだぜ? じじいはおめーが遠慮すると 辛くなっちまうんだからな……」

「……うん」

 ジョルナが困ったふうに笑うと、肩に手を添えて仗助は続ける。
 今日は見送りもあって、学校は遅刻すると決めてあった。……ジョルナと別れるのも
名残惜しい。タクシーは使わず、脚はゆっくりと駅方向へ向かって歩みだした。

「そう悩むなよ。 今までしたことがない事をするのは 難しいかも知れねーが、大富
 豪のじじいでおまえの甥っ子なんだぜ? 顎で使ってやれよ! んで、おれにも電話し
 たり手紙書くんだぜェ〜? おれはおまえの大甥なんだしよー家族が疎遠ってのは間
 違ってると思うのよ、仗助くんはッ」

「うん」

「なにか思い出の建物とか、景色とかあると良いな」

「うん」

「当時を覚えてる人とか」

「うん」

「美味いもの食ってよー」

「うん」

「楽しんでこいよ」

 仗助はジョルナの手を取って、キラキラした瞳で微笑んだ。

「うん」


 そうして1999年の夏は……ジョルナにとって……
 初めての特別な夏となって過ぎようとしていた。





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