◆短編小説◆

□学友
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「いやそういうわけでは……いやそういう理由もあるんですが、一番は定期報告を控えてたからですね……」
 そこの部屋で報告する予定だったんです、と言って僕はG-2講義室を指さす。
「上司はたぶん今対応中なので聞こえてないと思いますが、一応場所を変えましょう」
「おう。じゃあ食堂でも行くか」
「それだと他の人に聞かれないですか?」
「情報偽装するから大丈夫だよ。というか、お前はできないのか、情報偽装。お前のとこの奴はできたと思ってたが」
「それが僕……」
 言いかけて、言うか言わぬか迷った。が、言いかけておいて途中でやめるのも失礼だと思い、続ける。
「それが僕、生まれてからずっと地球人として育てられたんです。自分が異星人だって知らされたのは最近になってからなんですよ。その上、知らされてすぐにこの任務に就いたもので、本星で教育とかも受けてないんです。つまり、僕は地球人にできることしかまだできないんです」
 行きましょう、と促す。Fはそれに応じ、僕たちは並んで歩きだした。
「地球人にできることしかできないのに調査員を任されてるのか? 不便じゃないか? いくら経費削減のためとはいえ、お前のところの事情はよくわからんな」
 Fは自分の頭の後ろで手を組んだ。
「育成する時間が惜しい、と言われましたね。地球調査計画を早急に進めたい勢力がいるらしいんですよ」
「ふうん……」
 しばらく宙を見つめていたFだったが、
「まあ、」
 ぱん、と手を叩いてこちらを向く。
「積もる話は食堂で聞かせてもらうとするか。晴れて正体も明かし合ったことだしな」
 機嫌よさそうに言葉を続けるF。
「地球人じゃない者同士、仲良くしようぜ」
 言いながら、こちらに手を差し出してきた。
 僕は戸惑った。
「えーとつまり、Fもその、ミジー星の調査員ってことでいいんですよね」
「ああ」
「それで、性格もそっちの明るい方が素なんですか?」
「そうだ」
 手を差し出したまま、F。
「地球人じゃない者同士だからな、素を出しても問題ないと判断した」
「それにしたって性格が変わりすぎじゃないですかね……」
「人には多面性がある。お前の見てた俺だけが俺なわけじゃないさ……お前は敬語が素なのか?」
「いえ……学友の性格が変わって戸惑っているというか……敬語の方が楽というか……」
 僕はFと少しだけ握手し、すぐに手を引っ込めた。
「……まあ、そのうち慣れるだろ」
 Fも手をなおす。
「そうだ、昼食食ったらカフェ行こうぜ。ベリーベリーパフェおごってやるから」
「いいですね、行こうかな……」
「そうでなくっちゃ」
 外に通じる扉を開けると、むわっとした外気が僕たちを迎えた。
「暑いな。俺もアイスクリームサンデー食べるよ」
「アイスクリームサンデー」
 普段、僕とFは二人でカフェに行って課題をすることが多かった。その際、Fはいつもアイスクリームサンデーを頼んでいた。
 そんなところは前のFのままなんだな、と僕は思った。
「おごり合いとかはしませんからね」
 それを聞いたFは愉快そうに笑った。
「敬語でも遠慮とかはないのな、お前」
「まあ……Fですからねやっぱり」
「ハハ……」
 Fはひとしきり笑ったあと、ありがとなと言った。
「いえ。僕の方こそ……ありがたい」
 僕はもごもご呟いた。
「お前が礼を言う必要はないだろー」
「まあ助けてもらったので。あの時僕を処分する方向になってもおかしくはなかったですから」
「あそこから出なきゃならなかったからな。出どきだったんだよ」
 お礼を真っすぐには受け取ってくれない辺りも以前の控えめなFらしいなと思った。じゃあやっぱり完全に変わってしまったわけではないのか。
「ふふ」
「笑うなよ」
「Fも笑ってたじゃないか」
「あ、敬語……」
 Fが目を丸くする。
 ヒグラシが鳴いていた。


  (おわり)




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