◆短編小説◆

□彼女とスマホとヒグラシの鳴く秋
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 夏の終わり。ヒグラシが鳴いている。

「私が悪かったんだ……いくら好きだからって強引に押しすぎた、やっぱり私はダメでクズなんだ。どうしようもないゴミ……」

 真夏の日光も届かないカーテンを引いた部屋の中、一人の女性が頭を抱えてぶつぶつ呟いている。

「本当にどうしようもない……もう……」
「ごめんね」

 女性ははっと顔を上げて周囲を見回したが、誰もいない。
「誰……?」
 押し殺した声でそう呟く。

「君が手に持ってるやつ」

 女性は自分の手の中の物……スマートフォンに目を落とす。

「そう、それ」

 暗くなっていた画面がふわりと明るくなった。そこに表示されたのは縦棒と横棒の目と口だけで構成された、簡単な顔だった。

「ひっ……あなた、何? 化け物の仲間?」
「僕はスマートフォンだよ」
「嘘。あなたも私を傷付けに来たんでしょう。知ってるんだから」
「傷付けることが目的なら、もっと早くにやってるよ。僕はずっと君の側にいたんだからね」
「何それキモい」
「えっ、傷付くなあ」
 スマートフォンの目がハの字型になる。

 女性は能面のような顔でスマートフォンを見た。

「ずっと側にいたんなら、もっと早く話しかけてくれればよかったでしょ。私はもう何回もここで……苦しんでたのに。どうして何も言ってくれなかったの?」
 そう言って、スマートフォンをじり、と睨む。
「ごめんね……自分を表面化させるためのエネルギーが足りなかったんだ」
「ちゃんと充電してたけど」

 睨み続ける女性の雰囲気が和らぐ気配はない。

「知ってるよ、いつもありがとう。ただ、僕にとってのエネルギー、というのは単に電気だけじゃないんだ。僕たちのような生命体は、購入されてから顕現するまでいくらかの年数を必要とするから」
「ふうん……その年数ってのは個体ごとに違うわけ」
「うーんお恥ずかしながらそこは僕もあまり詳しくなくて、でも、君が気になってるのはたぶんあのテレビのことだよね? 彼は大昔に顕現はしたものの沈黙して力を溜めてたタイプだから、ちょっと特殊だよ」
「じゃあ……」
「何せ、遥か昔に廃れてしまったブラウン管型テレビだからね。どういうわけかあの部屋に残り続けてたけど、まあ、それだけ生きているから力があるんだよ。実体化して君を吹き飛ばしたりね。僕にはそんなことはできない。能力的にも、精神的にもね」

 女性は能面のような顔に戻り、そう、と言った。
 うん、とスマートフォン。

「……あんたに名前を付けなきゃね」
「僕にはもう名前があるよ」
「え?」
「君がつけた名前が」
「え……なんで」
「それはもう、君がよく呼んでくれていたから」
「口には出してないはずだけど」
「まあそれは……」
「心、読めるのね」
「うん」
「それ、あんまりしないで。何か伝えたいときはこっちからちゃんと話しかけるから」
「わかったよ、ゼラフ」
 それが彼女の名前。
「馴れ馴れしいわ、ダイナ」
 これがスマートフォンの名前。
 彼女の生活に新しい存在が加わったのは、夏の終わりだった。


  つづくかも





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