◆短編小説◆

□宇田、冬合宿に行く
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 異星人。
 僕はそう呼ばれる存在だ。
 地球からは何億光年も離れた別の星から調査員としてやってきた僕は、地球のこの国の人間の認識セットを頭に設定して任務に就いた。
 僕の仕事は地球社会で暮らしてその日常を詳細に報告することだ。上層部はこの国の各地方の認識セットを完璧に仕上げたいらしく、たくさんのデータを欲していた。したがって僕以外にも、複数の調査員が別々の地方で調査をしている。
 僕の方はといえば、高校1年から地球生活を始めて今は大学1年。地球から見た異星人というものに興味があって、部活はSF研究会に入った。
 認識セットのおかげで、異星人と言えども思考パターンや情緒などは地球人の同年代とほとんど変わりないと思う。一日一回上司に報告をする以外は、他の地球人となんら遜色ない生活を送っていた。
 そんな僕だったが、この前の秋に一度失敗をした。
 上司への報告通信をしているところを地球人に見られてしまったのだ。
 僕はマニュアル通りに対象の記憶処理をしたが、どうもその対象は一度他の星の者にも記憶処理を施されているようだった。
 他星との記憶処理が重なった場合に対象の地球人の精神状態がどうなるか、ということはまだ長く観察されていない。上はそれを知りたがった。そういうわけで、僕の任務には対象の地球人の観察というものが新たに加わった。
「宇田」
 つかず離れずほどよい距離を保って、観察結果を報告する。今日も僕は対象の隣の席を陣取って「友人活動」などをしていた。
「宇田!」
「何ですか」
「何ですかじゃないよ。サービスエリア着いてるやん」
「それが何か」
「サービスエリアではおいしいものを探しに行く。常識やで」
「そうなんですか?」
「せや。行こう」
「わかりました」
 僕と観察対象……「冴木優哉」は連れだってバスの外に出た。
 サービスエリアには露天が立ち並んでいた。
 魚介類の焼ける香りがする。
「サザエや」
 冴木は目を輝かせて僕を見た。そわそわして、今にも駆け出しそうだ。
「食べたいんですか?」
「うん」
「じゃあ、食べましょう」
「やった! はよ行こうぜ」
 そう言って冴木は僕の腕をぐいと引っ張り歩き出した。
 僕と冴木はサザエのつぼ焼きを一つずつ購入し、露天の横の喫食スペースで食べた。
「めっちゃおいしいな」
「そうですね」
「やっぱ旅の醍醐味は食事やんな。この地方の魚介はうまいって聞いてたけどこうして食べるとほんまにうまいわ」
 言いながら冴木はあっという間にサザエを平らげ、テーブルに肘をついてこちらを眺めだした。
「宇田、お前めっちゃ丁寧に食べるんやな」
「そうですか?」
 サザエを食べるのに丁寧も何もないと思うのだが。
「僕、サザエ食べるの初めてなんですよ」
「マジか」
「ええ」
 嘘ではない。認識セットに味がインプットされており知識としてはあったものの、実際食べるのは初めてだった。
「サザエ食べたことないとか人生の半分は損してるけどこれで食べたから大もうけやな」
「はあ」
「突っ込もうぜそこは」
「はあ……生憎僕は大阪人じゃないもので」
「この地方の奴ってみんなそうだよなあ。ノリ悪いっての。せめてお前は突っ込みできるようになってくれよ、宇田」
「はあ」
「俺が鍛えてやるからな」
「いえ、結構です」
「ノリ悪!」
「なんとでも」
 僕はサザエの殻を紙皿の上に置いた。
「そんなことより、そろそろ出発時間じゃないですか?」
「おわっ食べ終わってたんか。ほな行こか」
 冴木の分の皿もまとめてゴミ箱に捨て、僕たちはバスに戻った。
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