◆短編小説◆

□【お知らせ】サイト移転いたします
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 移転するって、と俺は言った。
 移転とかいいって、とあなたは言った。
「せやけどもなあ、移転は必然なんや。お上は移転先の村を推進しとる。こっちの環境を調整する予定はもうなかろうよ。口では捨てぬといっちゃあいるが、実際のところはさびれ行く村なんや」
「それでも、いい」
「困ったなあ。ここに残るんか?」
「残る。私はここにしかいられないし」
「……」
「ここの環境でしか生きられない。移転先にはCがないでしょう。Cは私にとって必須の栄養素。ないと何も感じられないの。木星に生身で行く地球人よ」
「つまり、大地がない……呼吸もできない……身体も」
「おっとそれ以上言うとR-18Gよ」
「すまんすまん」
 俺は謝る。
 あなたはふう、と息をついて紅茶に口をつける。
 話が始まってから長い時間が経って、紅茶は既に冷めてしまっている。
「まずいわね」
「そりゃなあ」
「でも、冷めた紅茶でもおいしいと思う人はいるのよ」
「せやなあ」
「あなたはここに何を残していくの?」
「俺は……」
「答えられない?」
「俺は」
 俺はリュックを開き、大事な物入れを取り出す。架空の蝶の羽根、落ちてきた恒星の光のドロップ、おいしさの欠片を拾って溶かした粉末。
 それらを、概念操作端末で組み合わせて、
「よし」
 一つ、オブジェクトを作った。
 オブジェクトは沈みかけている太陽の光を反射して、藍色と言えば藍色に、銀色と言えば銀色に、虹色と言えば虹色に輝いている。
「これを残すことにする。遅れてしまったが、これが俺のこの村へのせめてものはなむけだ」
 ええ、とあなたは言う。
 オブジェクト自体の価値は判定できるものではない。俺にとっては大事なもので、残してゆくものだが、あなたや他の人たちにとってこれがどう映るかは当人たちにしかわからないからだ。
 俺は息を吸い、吐いた。
「もう行くの?」
「ああ」
「さよならは言わないわ」
「ああ。でも俺は言う。さようなら、どうか元気で」
 あなたの返事はなかった、いや、あったのかもしれないが、聞こえなかった。
 一瞬後に空間転移装置が作動したからだ。
 移転先の星の空は深みのある藍色で、どこまでも沈んでいくかのようだった。
「さて」
 俺は辺りを見回す。
 手始めに、そこの河原に落ちているかもしれない霞の欠片を探しに行こう。
 俺はリュックを背負いなおした。


(See You!)





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