◆短編小説◆

□また会う日まで
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 エイプリルフール。嘘が蘇る日。
 俺は空間転移装置を使って昔住んでいた星を訪れていた。
「久々にここに来たな」
 きょろきょろしていると、あなたがいた。
「どうして来たの」
 あなたはさほど興味がなさそうに俺に質問をした。
「わからない……強いて言うなら、俺たちの先祖の故郷では今日が特別な日だからかな」
「特別な日?」
「そう」
「それって、どんな日?」
「嘘が蘇る日らしい」
 へえ、とあなた。
「嘘が蘇るって、具体的には?」
「ええと……うーん……」
「知らないのね」
「うん……」
「あなたは詰めが甘いものね。そういうところは変わってないわね」
「うん……そっちは?」
「私の方は何も。残ったみんなと細々やってるわ。オブジェクトも元気」
 あなたが手のひらをかざすと、俺が残したオブジェクトが写し出された。
 藍色といえば藍色に、銀色といえば銀色に、虹色といえば虹色に、何色にでも見えるオブジェクト。
「元気ならよかった」
「新しい星はどうなの」
「経済とかはちゃんと回ってる。俺としてはもう少し広まってほしいと思うけど」
「ふうん」
 あなたはインベントリから紅茶を取り出した。
「飲んだら?」
「ありがとう」
 俺はカップに口をつける。
 懐かしい味に俺はほうと息をついた。
「やっぱりここは落ち着くな」
「そう」
「もう戻ってこないつもりだったけど、たまにビジョンカメラで見ててさ、昔の知り合いとかが写ると懐かしくなる」
「会っていく?」
「いいや、遠慮しておく。身体が新しい環境に適応しちゃってるから、あんまりいるとね」
「ふうん」
 紅茶に口をつけるあなた。
「お土産くらいないの?」
「あ、そうだった」
 俺はリュックを開ける。どこにしまったっけ。
 しばらくごそごそして、そして取り出した。
「これ」
 俺はそれをあなたに差し出す。
「紙ね。旧時代の遺物。書かれているのはこの星の文字みたいだけど」
「物語を一つ、書いたんだ。誰かに見せようと思って」
「それは私に?」
「そう。そうなんだろうな」
 俺は時計をちらと見てからカップをあおる。
 昼刻を指す政府標準時刻は取り残されたこの星の時間とは合わず、紅色の夕陽が俺とあなたの影を長く延ばしている。
「紅茶、ごちそうさま」
 俺はあなたにカップを返す。
「そろそろ行くよ」
「挨拶はしないわ」
 後ろを向いてインベントリにカップをしまうあなた。
「ああ、でも俺は言う。またな、俺がまた来るときにまだこの星があるかどうかはわからないけれど、どうか元気で」
 返事はなかった。したのかもしれないが、聞き取ることはできなかった。空間転移装置が作動したからだ。
 そしていつもの、深みのある藍色の空が俺を迎えた。
「さて」
 家の扉の前で思案する。
 家でゆっくりするのもいいし、あの星のことを書くのもいいし、ターミナルに行って飛び交う船を見るのもいい。
 俺はリュックを背負い直す。
 紅茶の香りがまだ残っていた。


(どうか元気で)




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