◆短編小説◆

□嘘であればよかった
1ページ/1ページ

 嘘だと言ってくれればよかった。
 だけど全てが嘘でなく、鋭く、俺を刺す。
 馴染めない、できない、話せない、とにかく人間が恐ろしい。
 現実。
 天から降るは神の声。
 失敗作、駄目な奴、だから嫌われるんだ。
 嘘であればよかった、けれどもそれは本当だった。
 こんなエイプリルフールの日であっても嘘は一つもなく、しらじらしい現実があるばかり。
 何もできない、為せない、終われない。
 呪いを引きずったままのろのろと出勤する。
 宣言が終わったから、明けたから。だから、リモートワークは終わった。
 何が明けたんだか何が終わったんだか、そんなことは全てどうでもいい。
 重要なのは朝起きる時間がとんでもなく早まったこと。
 行かなければいけない場所まで二時間かかる。
 だから起きなければいけない。
 だが起きられない。
 そして遅刻する。
 降るは現実の声。
 社会人失格。
 刺さるは神の声。
 人間としておかしいやつだ。
 消えてしまえばいいのに。
 仕事をする。眠気。
 コーヒーを買いに席を立つ。
 飲む。
 胃が痛む。
 眠気は去らない。
 さらに買いに席を立つ。
 眠気。
 何も進まない。
 昼食。
 会話。
 半端に笑ってやり過ごす。
 何一つ頭に入らない。
 仕事。
 電話が鳴り響く。コピー機が叫んでいる。
 頭痛。視界がぐるぐると回る。
 この地獄はいつ終わる?
 いつまで経っても終わらない。
 働かなければ生きていけない、だから終わらない。いつまでも。
 騒音。
 ずっとそれとともに生きてきた。
 家では怒鳴られ、道では車、群衆の叫ぶ声、スーパーでは冷蔵庫の唸る音、何より己の生きる音。
 少しでも静かになってくれればと願うも何も変わらず。
 感覚は摩耗し身体は縮こまり、けれども何も終わらない。
 終わるのが怖い。
 だけど終わってほしい。
 ふらふらとホームを歩いてすし詰めになって帰る。
 夕食を買い忘れて、貯蓄していた携帯食料を食べる。
 味がしない。
 何もせずに寝る。
 すぐに朝が来る。
 眠い。
 起きられない。
 遅刻する。
 それを永遠に繰り返す。
 終わらない。
 嘘であればよかった。だがエイプリルフールは終わった。
 結局何一つ嘘にはならず、嘘になってほしくないことだけ嘘になる。
 終わらないのに終わっている。
 だから一つだけ嘘を吐く。
 俺は今日も大丈夫だ、と。
 そうしてやり過ごす。
 永遠に。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ