文豪の恋模様【短編】
□好きだから愛して【太中】
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好きだと云えないまま四年。太宰は武装探偵社で楽しく暮らしていると報告を受け、中原は無意識に拳を握っていた。
「……俺は必要じゃなかったってことか」
そう呟き、失笑する。溢れる悲しみを誤魔化し、今夜は呑みに行くことを決めた。
「……あンの糞太宰……置いてくなよ……」
バーは陰湿な雰囲気を醸し出している。手元のグラスを弄び、中原は中に残っている葡萄酒を飲み干した。悲しみは何時しか怒りに変わり、中原の憎悪を掻き立てた。苛々を当てつけるように酒を注文し、呑む。そんな中原を止める者はいなかった。
「……会いてェとか、云えるわけねェな」
「誰に会いたいの?」
「太宰に……え?」
「なぁに?」
隣にいる人物を凝視し、中原は椅子から立ち上がった。いる筈がない人物が其処にいる。中原はただ望んでいた相手を見つめた。
「如何したのさ、何時もの中也じゃないね」
太宰がニコニコと当たり前のように接している。何処か違和感を持ちつつも席に座り直した。
「酔ってるねえ、どれくらい飲んだんだい?」
「少し……」
「少しじゃないでしょう」
冷ややかな視線を避け、グラスを持ち直す。口へと葡萄酒を運ぼうとしたとき、太宰はグラスを取り上げた。
「おいこら、なにすんだよ!」
「あとは呑まないで。君って酒癖悪いし」
「はぁ!?」
取り返そうと手を伸ばすと掴まれ、体を引き寄せられる。太宰の端整な顔がぐっと近づき、中原は無意識に目を逸らした。
「マスター、お金此処に置いとくから」
「奢りか?」
「いや、中也の財布から頂いた」
「手前……」
殴ろうと力を込めるが酒の影響で思ったように動かない。中原は舌打ちをし、太宰に連れていかれる未来を予測した。
「ねえ、家来ない?」
「……なんでだ?」
「私が来てほしいの」
有無を云わせずに店の外に出される。そのまま夜の道を歩いた。月が辺りを照らし、二人分の影を作る。
「なあ、敵を連れて歩くとか……っん」
太宰が中原にキスをした。軽く、触れるだけのキス。それは短いようで長かった。中原が太宰の胸板を叩いたところで漸く太宰が離れ、中原を見下ろす。
「好きだから、中也のこと」
「……は?」
「ごめん、忘れて」
中原は立ち去ろうとする太宰の腕を掴んだ。
「俺も……って云ったら如何する?」
太宰は中原を凝視し、やがて安堵したような表情を浮かべた。小柄な中原を抱き締め、耳元に顔を近づける。
「好き」
「……俺も」
片想いが終わった瞬間であった。