短編

□マリオネットは笑わない
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 中庭に伸びている木々の葉が徐々に紅く色付き、肌を撫でる風は少し肌寒くなってきた。秋の訪れがこうやって気候や景色に表れてきた今日この頃、僕はひどく頭を悩ませていた。



 僕が居るここは殺伐とした美術準備室。
 美術の道具が所狭しと置かれたこの部屋は普段はあまり使用されていない為か、少し埃っぽい。この準備室は校内の一階の端に位置していて、校内で随一の陰気な雰囲気が漂っている。そしてここ、準備室は二人しかいない美術部の部員の根城である。
 と言っても、僕ともう一人の部員とはあまり良好な関係という訳でもなく、僕以外は準備室には滅多に寄らない。



 本題を戻すと、僕は今非常に困っている。
 悩みの種は目の前に置かれた何も手を付けてないまっさらなキャンバス。僕はそれを前にして椅子に座り、まるで「考える人」かのようにズンと悶々とした感情に苛まれていた。



 F6サイズ、410×318の大きさのキャンバスに自分の好きなデザインを募集しているコンクールがある。条件は油絵、しかしそんなことを気にする段階の話じゃない。
 僕は例年このコンクールには力を入れている。一年生の頃は優秀賞にも選ばれた経歴はあるのだが、昨年はボロボロの結果で苦汁のなめさせられたものだ。
 つまりはこのコンクールも今年が最後。加えて僕は高校卒業後は絵に関わる進路ではないため、僕の人生最後の作品にもなりうるかもしれないのだ。だから今回の作品についてのテーマは慎重に決めなければならない。




「どうしよう……まったく浮かばない」



 元々友達が少ない僕にとって相談できる相手はおらず、頼みの綱であるもう一人の美術部員とは永らく会話もしていない。顧問に相談しようも昨年度で美術の先生は転任してしまい、新しく入ってきた顧問の先生とは馬が合わないので、相談しようとも思わない。
 ということは、僕は誰の助力も借りることができないのだ。そして、大きな問題は作品の提出が今日で一ヶ月を切ったということだ。焦燥で心臓がキュウと締め付けられる。




「ダメだ、気分転換に散歩でもしてこよう。今のままじゃ、ドン詰まりだ」




 僕は頭を掻き、勢い良く席を立ち上がる。
 立ち上がった表紙に巻き上がった埃が視界を霞ませる。この作業場の状態もアイデアが出にくい原因かもしれない。作業場を一旦片付け、雰囲気作りから始める方法もあるが、今はそんなことに時間を割く必要性もないと僕は感じた。
 外の新鮮な空気を吸ってこよう。それが一番のリラックス方法だ。



 僕は準備室の扉に手を掛け部屋を後にしようとすると、思わぬ力で扉は開けられ同時に謎の影が僕に体当たりをしてきた。僕は受身を取ることが出来ず、後ろに倒れ込んでしまう。そしてまた、地に積もっていた埃が舞い、一気に鼻の中へと侵入してくる。



「ゴホッゴホッ! 痛ったいな……」



 僕は体当りされた胸を押さえ、相手が誰かと目を凝らす。舞った埃に光が反射してよく見えないが小柄の女子生徒だった。女子生徒はぶつけた額を押さえ、僕同様尻餅をついていた。
 艶やかな黒髪に幼げな顔つき。僕は一瞬にして、相手を観察し、今まで見てきた校内の女子生徒と照らし合わせる。
 ああ、彼女に見覚えはある。校内でも有名の美少女の上村莉菜だ。かなりの童顔だが、僕と同じ高校三年生である。




「あっ……」



 僕がそう声を漏らしたのには理由があった。
 上村が尻餅をついている体勢。短めのスカートにガバッと開かれた両足。その先に水色のパステルカラーのパンツが目に入ったための驚きの声であった。
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