短編

□伝えたい言葉
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 雪がチラつき始めた。
 雪が降り始めたことに気が付いた行き交う人々の反応は様々だ。歩を止め立ち止まる人、携帯を取り出し写真に収める人。カップル達は声を上げて、初雪を迎えるように両手を広げた。


 かく言う私も持っていたギターのチューニングの手を止め、降る雪に手を広げ、曇天にも似た夜空を仰ぎ見ている。覆うように張っている雲のせいで星が見えないのは惜しいが、普段見ることのできない雪に比べたら貴重さが違う。
 一息、吐いた息が白く空へと伸びて霞んでいく。



 初雪。大学一年生の初冬。
 その瞬間をこうやって寒空の下で立ち会えるのは何時振りだろうか。何時振りか分からない瞬間を商店街のシャッターの前、ひんやりとした冷たさが臀部の接地面から伝わる地べたに座り、ギターを持ちながら迎えるのは少しばかり哀しいものがある。
 初雪に立ち会えた瞬間を誰かと分かち合いたいものだ。それが友達なのか恋人なのか、そんなことはどうでもいいが、携帯を取り出して初雪を写真に収めないあたりが私らしいなのかもしれない。



「はあ……そろそろ帰るか」



 私はギターをケースに仕舞い、身支度を整える。始めてからもう二ヶ月近く経った路上ライブの成果はあまり芳しくないものであった。立ち止まって聞いてくれる人はほとんどおらず、大勢の人は私を一瞥してスピードを落とさないまま歩み去っていく。



 よくSNSで拡散されている路上ライブに群がる観客の前で堂々と歌うシンガーの動画。あれに憧れて路上ライブを始めたものの、あんな人たちは極少数なのだろうと現実を突きつけられた。
 まあ、自己満足でやっているのだから最初は気にしないと割り切っていたが、いつも同じ場所でやっているのにこうも変化がないとなると精神的にくるものがる。



 今日もまた、惨めに帰り支度を済ませ、帰路につくのだ。
 ここで路上ライブをさせてもらっているのも、知り合いの八百屋さんが「営業が終わったら、好きにうちの前を使ってくれていいよ!」とご好意に甘えてのことだった。
 ここの八百屋さんのお父さんがロックバンドが好きで、と言っても昔ながらのロックバンドだが、私の活動には前向きに応援してくれている。



 だが、今となっては申し訳ないとも感じている。近所迷惑でしかない私の歌声を二ヶ月も響かせているのに、街行く人々に関心も持たれないこの現状を考えれば、この場所を離れることも考えなければならない。



 重苦しい決断を迫られている私は座りっぱなしで固まった膝を伸ばし、背伸びをする。今日はゆっくりお風呂にでも浸かって、寝るとしよう。ギタケースを背負い、帰り始めようとした時、突然目の前に走り寄ってくる人影見た。



「あの! ちょっといいですか!?」



 あまりの勢いに私は後ろのシャッターまで仰け反ってしまう。
 元気が爆発したように走り寄ってきたのは眼鏡を掛けた男の子。激しく息を切らしながら、白い息を犬のように吐いていた。
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