A tale of Erebor

□二章、はなれ山の地図
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テラスにある宴の広間に出ると、既にガンダルフがエルロンド卿と共に待っていた。ネルファンディアは久しぶりに会うガンダルフの面影に懐かしさを感じ、人目も気にせずに抱きついた。
「ガンダルフ!!久しゅうございます。今度は一体どんな冒険を?」
「ははは、そう急かすでない。あまり冒険の話をしすぎるとわしがそなたの父に叱られるのでな」
「…………別に叱ってはいない」
ガンダルフは少しいたずら心を含んだ目でネルファンディアを見た。すぐに何かとてつもなく壮大な冒険に彼が参加していることを察知した彼女は好奇心に輝く瞳ですっかり呆れ返っているサルマンを見た。
「……………仕方がない。分別を持って聞くなら、良しとする。」
「ありがとうお父様!大好きです!」
そう言った彼女はもう二言目には父のいいつけも忘れてガンダルフの話に聞き入り始めた。
「エレボール────はなれ山の話は知っておるな?」
「ええ!ほら、あのスマウグという恐ろしい竜のいる………」
「そうじゃ。元々住んでおったドワーフの王子が、今竜から故郷を取り戻す旅をしておるのじゃ。わしはそれの手伝いを、な」
「あら…………」
ふと、彼女は先ほど再会したドワーフの男性を思い出した。
──あの人も、その旅の一員なのかしら…
すると、丁度首尾よくそこへトーリン一行がやってきた。ガンダルフは笑いながらトーリンを指さした。
「おお!あれが山の下の王スラインの息子、トーリン・オーケンシールド王子じゃ!」
「えっ、あの方が─────!?」
ネルファンディアは目をぱちぱちさせながらガンダルフとトーリンを交互に見比べた。トーリンの方も急に名前を呼ばれたので、何事が起きたのかというような顔になった。見かねたサルマンが、ネルファンディアの名前を呼んだ。
「ネルファンディア、ご客人の一行に挨拶しなさい」
「あ…はい、お父様」
トーリンはさらに目が点になった。
────お父様?この使用人の父親が白のサルマンだと…………?
そこでトーリンはようやく相手が自分をからかっていたということに気付いた。 ネルファンディアはトーリン一行の前で礼儀正しくお辞儀をした。
「初めまして、皆様。私はサルマンが娘、ネルファンディアでございます」
呆然とするトーリンをよそに、ほかのドワーフ達は口々に美しい容姿の彼女に対して感想を述べた。
「へぇ…………」
「綺麗な人…………」
「うん…………」
「うちのカミさんは世界一だと思ってたけどよ、そうでもないかもな…………」
「どんな宝石よりも綺麗な人だ……」
皆の騒ぎが大きくなったところでようやくトーリンははっとし、目で黙れと命じた。
「…………まさか、あの噂のアイゼンガルドの碧き姫君だったとは。」
「…………お互い様ですよ、山の下の王子。」
始めは驚き、次に騙されたという嫌悪感、そして最後に彼らは無性に笑いたくなった。バーリンは、珍しく安心しているトーリンの表情を温かい目で見守っていた。

宴の席が始まると、美しいハープの音色が静かに響きはじめた。しかし、ドワーフたちには質素すぎる食事と宴が性にあわないないようだった。特にトーリンはずっと席を立って少し離れたところで酒を飲んでいる。向き合って座っているエルロンド卿やサルマンたちには目も合わせようともしないのに、時折気になっているかのようにネルファンディアの方をちらっとグラスごしに見てくるトーリンのことが、サルマンはドワーフとかいう以前の問題で特に気に入らなかった。しかし、彼の横に座っているネルファンディア自身もまた、トーリンを見つめて微笑む始末なので、サルマンはとうとう機嫌斜めになってしまった。
─────我が愛娘は山賊まがいの王子なんぞには渡しはせんぞ。
彼は何故このような野蛮な種族を連れてきたのかとガンダルフを睨みつけた。ガンダルフは、殺気を察して黙々と咀嚼を続けた。
「よっしゃ!歌うぜ!」
「よっ!ボフール!!」
突然ドワーフのうちの一人であるボフールが立ち上がり、なんと机の上に立って歌を歌いながら踊り始めた。これには流石のエルロンド卿もガンダルフも驚いて食事の手を止めざるを得なかった。あまりの行儀の悪さに、サルマンなどは、娘の教育のことを思ってネルファンディアの目を覆ってやりたいと嘆いた。それだけではない。食卓の周りを食べ物が乱舞している。トーリンも足でリズムをとっている始末だ(流石に彼は投げ合いには参加しなかったが)。一行の気が済むと、彼らはさっさと用意された部屋へ帰っていった。
トーリンが改めて向かいの席に目をやると、サルマンが既に立ち上がって大股で帰っていくところだった。その後ろを慌ててネルファンディアがついていく。彼女はこの頑固な父が少し離れた回廊に到着したところで目の前に割り込んだ。
「お父様、失礼ですよ」
「奴らの方がよほど失礼じゃ!何なのだ、あの行儀の悪さは。礼節に欠ける!トーリン王子もトーリン王子だ。あのような行為を笑って流せるとは。けしからん、あれは山賊だ」
─────またいつもの頑固が始まったわ。
ため息をついたネルファンディアは、父の手を取り、こう言った。
「………お父様。確かにあの方々の行いは我々から見ると、少し礼節に欠ける所がありましょう。それは否定しません。ですが、長々と詩を論じたり、黙々と野菜ばかり食べるエルフ達は、逆に彼らの目から見れば変わっていると映るのではないでしょうか」
何人も覆せない娘の正論に、サルマンは言葉を失った。彼女は続ける。
「私は人間のように、食事の前に長々と挨拶や話をする者が苦手です。また、エルフのように静かに食事をする者も。」
そして、彼女は満面の笑みで話をこう締めくくった。
「─────私、ドワーフが好きになりました!接待をお任せ下さいな!」
「なっ……………何を言い出すか!お主には……」
だが、サルマンの言葉は既にネルファンディアの耳には届いていない。この親子にとってはいつものことだった。
「あの方々にはあの食事はお口に合わなかったみたい……そうだわ!ねぇ、お父様。あの方々にアイゼンガルドからたまに届くチーズやお肉や、パンを分けてあげてくださいな!」
「なんだと!?」
サルマンは神経質そうな声を裏返らせて目を見開いた。しかし、空腹のドワーフたちにとっては不幸中の幸い。大事な愛娘の願いを無下にするほど彼は冷たい男ではなかった。彼は大きなため息をつくと、面倒くさそうに首を縦に振って一言、好きにせいと言うとそのままどこかへ去っていってしまった。
席に戻った彼女は、サルマン付きの給仕の一人に、帰っていったドワーフ達へ食材を届けるように告げた。既に席にはトーリンとネルファンディアとガンダルフたちしか残っていなかった。予めバーリンにトーリンと彼女を二人きりにしてやって欲しいと頼まれていたガンダルフは、エルロンド卿を連れてそのまま出ていってしまった。
─────席には、二人だけが残された。
「……まだ何も食べてなさらないわね、トーリン王子。」
「……ああ。………良ければ、ご一緒に」
「そのお誘い、お待ちしておりました」
トーリンはネルファンディアの手をとると、優しく席にエスコートした。それからは先程の騒がしさとは打って変わって、和やかな談笑が始まった。トーリンが語る旅の最中にあった出来事や、美しいエレボールの話は、どれも彼女の心を踊らせるものだった。また、本来は出会うはずのなかった立場も種族も違う二人がこうして話をしていることは奇怪に思えた。けれど、どんな話よりもネルファンディアを惹き付けたのは、ほかならないトーリンそのものだった。父にはイスタリ(賢者や魔法使い、サルマンような者の類)、母にはエルフを持つ彼女にとって、限りある命の者との時間など些末なことだった。それにあまり気にすることも無かった。だがトーリンのことにおいては、何故ここに来たのか、何をしようとしているのかなどが無性に気になってしまう。彼女にはトーリンがまだ何か隠しているように思えてならなかった。
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