A tale of Erebor

□五章、宿敵との対峙
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ゴブリンたちからなんとか逃げた一行は、松の木ばやしに出た。一息ついていると、不意にガンダルフが人数を数えている手を止めて叫んだ。
「13,14,15………ビルボは?ビルボはどこじゃ!?」
「え、あの子も一緒に落ちたの?」
辺りを見回してみると、確かにビルボが居ない。すると、トーリンが眼孔鋭く言い放った。
「逃げたのだ!あの者は最初から自分の家のことしか考えていなかった。帰りたいとな」
「トーリン………!酷すぎるよ」
「何がだ。当たり前のことだろう。足でまといで帰りたがっているようなやつはこの旅にはいらない!」
ネルファンディアはトーリンのわからず屋さに嫌気がさして彼に本音をぶつけた。
「あなたが酷いことばっかり言うからビルボは帰っちゃったのよ」
「何だと?私のせいだと?言葉が過ぎますぞ、姫」
「それはこちらの台詞だわ」
二人は一歩も引きそうにない。一触即発の状態を見かねたバーリンとドワーリンが間に入ろうとしたその時だった。ビルボがそっと木陰から出てきた。
「………あー、僕のことで喧嘩しないで。ネルファンディア、トーリン」
「ビルボ!」
彼が全て聞いていたことは誰の目にも明らかだった。トーリンは罰が悪そうにネルファンディアを見た。彼女はサルマン譲りの頑固さの混じった冷ややかな目で彼を見返した。
「分からぬ。何故、帰ってきた」
「それは………」
素直に謝れないトーリンには、それが精一杯の言葉だった。ビルボは今まで見せたことのないくらいにしっかりとした眼差しで一行を見渡した。
「僕の本気を、疑ってたのは知ってる。確かに僕は自分の家が大好きだし、忘れたことなんて一度もない。庭の手入れだってしたいし、掃除だってしたいし、料理も読書もしたい。だって、僕の家なんだもの」
ビルボは続けた。
「でも、君たちにはない。竜に奪われたせいで。」
彼は大きく息を吸い込むと、トーリンの方をみてこう言った。
「だから、手伝いたいんだ。君たちが故郷を取り戻すための旅を。これが僕の戻った理由さ」
「ビルボ………」
誰もが一回りも二回りも成長した彼の言葉に感銘を受けていると、高らかな犬の鳴き声が聞こえてきた。トーリンは誰よりもその声に反応すると、表情を恐怖に染めた。
「走れ!ワーグだ!」
「ワ、ワーグって?」
「ワンちゃんよ、ビルボ」
困惑するビルボにネルファンディアは適当に返事をした。ワーグとは野犬と大型オオカミを凶暴化させたもので、オークの乗り物のことだ。アイゼンガルドにも稀にワーグ単体で出没し、その度に彼女は父サルマンから外へ出歩かないようにと諭されていた。
走り続けていると、一行は崖の端に追い詰められた。トーリンは松の木を見上げると、登るように指示した。だが、ネルファンディアは木登りが苦手だった。ワーグはすぐそこまで迫っており、彼女の足を余計に引き攣らせた。トーリンは彼女に手を差し出した。
「掴め!引き上げてやる。」
「ありがとう、トーリン」
トーリンは片手でやすやすと彼女を引き上げると、落ちないようにしっかりと華奢な身体を抱き寄せた。身長は10aほどネルファンディアの方が高かったが、思うように真っ直ぐたてないのと、木の傾き加減で今はトーリンの顔がすぐ横に来ていた。彼女は自分の鼓動が速まるのを感じていた。それがワーグの群れに囲まれたことに怯えているせいなのか、トーリンに抱き寄せられているからなのかは測りかねた。実はそれはトーリンも同じで、彼はネルファンディアの髪が頬に触れるたびに頬を紅く染めてしまう自分を悟られないように、敢えて彼女の方を見なかった。不意に、ネルファンディアがぽつんと呟いた。
「………ごめんなさい、さっきは失礼なことを…」
「……いや、いいんだ。………私も、悪かった」
自然と二人が見つめ合う。だが、その続きはない。ワーグが木の根本に集まり、1人でもドワーフを狩ろうと登ってくる。ネルファンディアの足元にもワーグが飛びかかってきたので、彼女は襲われる前に剣を抜いてその獰猛に歪んだ眉間に突き立てた。その素早さにトーリンは驚いた。
「………守る必要は無さそうだな」
「とんでもない、何体もかかってくれば一溜りもありませんわ」
「そのうちそうならないことを願う」
だが、トーリンの予期していたことはすぐに現実化した。木に登れないと分かったワーグは、木の根元に体当たりを始め、その反動で木が倒され始めた。
「なっ…………しっかりつかまれ、ネルファンディア」
「離したくても離せませんよ!!」
二人が乗っている木もなぎ倒されたため、寸での所で別の木に飛び移った。このときネルファンディアはまだ倒されていない別の木に独り飛び移ったので、トーリンと離れてしまった。このままでは崖に追い詰められてしまう。誰もが諦めかけたその時だった。ガンダルフが松ぼっくりを拾い上げると、そこに魔法で火をつけてワーグめがけて投げた。皆がそれに従って次々と火のついた松ぼっくりを投げ始め、ワーグたちの体当たりは止まった。だが、15人の大人を載せた断崖絶壁に生える木は重みに耐えかね、少しずつ少しずつ、地面と平行になり始めた。彼は何故ここまでオークが執拗に自分を追いかけているのかが分からなかったし、心当たりもなかった。だが、次の瞬間その狙いがはっきりとした。
「"臆病者の臭いがするぞ。────スラインの息子、トーリン・オーケンシールドよ"」
「─────アゾグ!?」
「生きておったのか……」
トーリンの目に飛び込んできたのは、上品とはいえない濁音が混じったモルドール語を使う白いワーグに乗った、一際強そうな白いオークだった。彼の名はアゾグ。トーリンの祖父を討ち取ったモリアのオークの首領で、穢れの王として知られている。彼は愕然とした。アゾグはかつてモリアでの戦いで討ち取ったものだと思っていたからだ。だが、アゾグは左腕を切られただけでは死んでいなかったのだ。
「トーリンは生け捕りにしろ。他は………殺せ!」
ワーグたちがその命令で再び木の根元に集まり始める。木は既にほとんど傾いており、あと少しで崖の下に落ちていきそうな有様だった。しかし、ネルファンディアがなにか考える前にトーリンが剣を取り、立ち上がった。炎を背にして独りでアゾグに立ち向かうその姿は正に山の下の王そのものだった。
だが、アゾグはトーリンが剣を構えなおそうとする隙も与えなかった。彼は高台からワーグに乗ったまま彼に飛びかかると、そのままなぎ倒した。トーリンが痛みに思わず声を上げる。ネルファンディアはその痛々しい姿を直視出来なかった。
「トーリン………」
体制を立て直そうと立ち上がるも虚しく、トーリンはアゾグのワーグに噛みつかれ、悲痛な叫び声をあげた。
「止めて………」
彼女の願いも虚しく、トーリンはなす術もなく地面に崩れ落ちた。そして、オークの1人が首を斬ろうと刃を振りかざす───
「やめろ!!!」
ビルボが立ち上がり、そのオークに飛びかかったのはそのほんのすぐ後だった。彼は驚いたオークをつらぬき丸で倒すと、トーリンを庇うようにオークに向かって対峙した。だが、不敵な笑を浮かべるアゾグには立ち向かえない。ビルボまでも絶体絶命の危機になった時、ネルファンディアは額につけてある母の形見に指先で触れながら願っていた。
───お願い、お母様。私をを守ってください。せめて、トーリンのことを守り抜くまでは………
そして、彼女は意を決して下は火の海になっている木から飛び降りた。

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