A tale of Erebor

□七章、ドゥリンの陽
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 武器を調達しに武器庫へ忍び入ったトーリンたちは、首尾よく目当ての武器を選んで立ち去ろうとしていた。その中でキーリは、矢が刺さった傷をかばいながら歩いていた。汗がうっすらとにじんでいる彼の顔色は良くない。ネルファンディアが気遣って彼に声をかけようとした時だった。階段から勢いよく彼が持っていた剣などと共に落ちた。その音は衛兵たちを気づかせるのには充分で、彼らはすぐに取り囲まれた。
「今度は本当の盗人になるわね」
「1度なってみたいと思っていた」
彼らは捕まると、領主の前に連行された。いかにも悪辣でずるそうな男と執事と思しき腰巾着の男が彼らを出迎えた。よそ者がなかなか来ないエスガロスにとっては珍しいことのようで、すぐに他の住民達も野次馬として集まってきた。
「武器庫に入るとは!あれは私……たちの財産だ!それを奪うとはなんという盗人!」
盗人呼ばわりされ、ドワーリンが怒りに打ち震えて前へ進み出た。
「盗人とは無礼な!ここにおわすのはトーリン・オーケンシールド王子ぞ!」
トーリンはゆっくりと領主の前に歩み出た。その背中からは、今まで以上に王として然るべき威厳と高貴さが漂っていた。彼は威厳と自信に満ちた声で領主に挨拶すると、民衆に向き直ってこう言った。
「いかにも、私はトーリンだ。ここがかつて素晴らしい北方一の貿易港であった時から知っている。」
辺りがざわついた。
「だが、今は廃墟。辛い暮らしに、寒いだけの場所だ。」
彼は続けた。
「予言の時が来た。エレボール奪還は今。私がこの奪還を成功させたら、そなたたちもあの山に眠る財宝の分け前に預かる権利がある!」
いっそう辺りがざわついたが、今度のそれは歓喜を含んだざわつきだった。だが、その間をぬってバルドがやってきた。彼はトーリンと真逆な内容で民衆に呼びかけた。
「みんな!エレボールを奪還するということは、竜を目覚めさせることになるんじゃあないのか?」
竜という言葉を聞いた民衆は、困惑の表情に戻った。トーリンがため息をつく。
「だからどうした」
「みんな死ぬ。大体、トーリン王子。あんたのおじい様が財宝に狂ったからこうなったんだろう。俺達がそれに巻き込まれて死ぬなんてことはごめんだ」
二人が睨み合う。民衆も決めかねているようだ。すると、いいところで領主が声を上げた。
「君たち!一人に責任を押し付けるのはよくない。それに、竜を退治し損ねた君のデールの領主だった祖父が最大の問題だと思うが?バルド」
ネルファンディアはバルドの方を振り返らずにはいられなかった。
────だからバインは竜の鱗のことを……
民衆の冷たい目がバルドに刺さる。彼のせいではないのに。対照的に領主は笑顔でトーリンにこう言った。
「君を歓迎しよう、ドゥリンの息子よ!」
荒廃した街には驚くほどに似つかない歓声が湧き上がった。トーリンは堂々とした姿で民衆に宣言した。
「過去の栄光を取り戻そうぞ!そなたたちにエレボールの富を保証しよう!新たな時代の始まりだ!もう1度あの繁栄を見たいとは思わぬか?」
その姿は、王そのものだった。ネルファンディアは旅の仲間ではただ一人、その姿を遠い目で見つめていた。

 こうなることは、分かっていた。
ネルファンディアは領主が開いた宴には参加せずに、月の見える港に座り込んでいた。吐く息は白く、手の感覚がなくなってしまいそうな程に寒かった。だが今の彼女にとって、その寒さよりもトーリンが遠くに行ってしまったことのほうが辛いものだった。
旅が終わったら彼は王になり、自分はアイゼンガルドに帰る。それでおしまい。
分かってはいたし、すぐに割り切れると彼女は思っていた。けれど───
けれど、ネルファンディアは、トーリンをその身に余る程に深く愛してしまったのだ。その辛さはこれからどんなエルフ以上に生きるであろうと言われているおよそ4000歳の彼女にとって、どう向き合っていけばいいのかわからない初めての種類のものだった。
「ああ………どうすれば………私は……」
彼女が頭をかかえて嘆いた時だった。何か暖かいものが彼女の背中と肩を覆った。
「───トーリン!?いつの間に……」
「そなたが独りで居るから来たのだ」
振り向くといつの間にかトーリンがいた。彼は自分の上着をネルファンディアの肩にかけたのだ。
彼は隣に座ってもいいかと尋ねると、返事も聞かぬ間に腰掛けた。
「…………覚えているか?まだあの約束を。私がそなたを必ず───」
「守る、でしょ?この旅が終わるまで」
彼は悲しそうにそう言うネルファンディアに驚いた。お互い、いつか別れが来るとそう思っていた。トーリンも一気にその現実へ引き戻される。
「遠い昔に読んだ御伽話は、王子様が素敵なお姫様と結ばれるものだった。だが、現実はそうではなかった。」
トーリンは遠くを眺めながら続けた。
「私は幸せな王子ではないし、故郷も失った」
「トーリン……」
「だが、今はもう、幸せだ。この旅の終わりに出会ったもの全てが夢のように消え去っても、私は忘れない。決して」
彼はネルファンディアの頬を優しく手の甲で撫でた。すると、彼女がその手を握りしめて俯いたまま小さな声で呟いた。
「────私は消えない………消えることができないのが私の宿命だから……逆なの、トーリン。私があなたをいつか忘れてしまうの……お母様の顔を、思い出せないのと同じように」
トーリンは慎重に言葉を選びながら、雫をこぼすように返事をした。
「そなたは………私を忘れたいか?」
その言葉に驚いたネルファンディアは、慌てて否定した。
「嫌!あなたを忘れたくない……」
「そなたが私を忘れたくないと思うように、私はそなたと離れたくないのだ。私は、そなたを………」
彼はしっかりとネルファンディアの目を見ながらそう言った。それは、彼ができる精一杯の想いの伝え方だった。ネルファンディアはそこで初めて、トーリンと自分の想いが同じであることを知った。そして出来ることなら今、その手を取って誰も知らない父が昔住んでいたという西方の土地へ行きたいと願った。だが、目の前にいるのは、鍛冶屋のトーリンではない。山の下の王のトーリンなのだ。彼女はやっとの思いでトーリンの手から自分の手を離すと、背中を向けたまま絞り出すように返事をした。
「…………ありがとう。ですが、その先の言葉は私に言うべきではありません」
「………すまない。」
二人はそれから一言も交わさないまま、出発の時を迎えた。
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