A tale of Erebor

□七章、ドゥリンの陽
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 出航する際、トーリンは足の怪我が良くならないキーリを置いていくと言い出した。だが、彼はもちろん食い下がった。
「叔父上!私は大丈夫です!」
「だめだ、足でまといになる。」
見かねた兄のフィーリが間に割り込み、トーリンに提案した。
「叔父上、私たちはあなたが語る故郷の話を聞いて育ってきました。キーリを置いていくなら、私も残ります」
けれども、トーリンも一歩も譲らない。
「フィーリ。そなたはいずれ、王位を継ぐ。ときに王とは自らの想いと反して決断しなければならないこともあるのだ」
二人はしばらく睨み合っていたが、結局トーリンの方が折れて、フィーリとキーリと医者のオインが残ることになった。
 
 やがて船は出発し、朝霧に包まれたエレボールの姿が見え始めた。その姿ははなれ山と言われるに相応しい佇まいで、トーリン一行は久々に目にした故郷に図らずとも目に涙を滲ませた。ビルボはそんな郷愁にかられているドワーフたちをみて、自分も袋小路屋敷を思い出し、悲しい思いになるのだった。一方ネルファンディアは、父が今頃どうしているのだろうかと考えると、不安と寂しさで周りに迷惑をかけていないだろうかと心配になるのだった。
 本当の廃墟と化したデールの街を通り抜けて、はなれ山につく頃には陽が随分傾旗始めていた。何とか入口を見つけた一行だったが、ここで大きな問題に直面することになった。
「鍵穴は………?」
「早くしろ、何でもいい!陽が沈んでしまう。急げ!」
地図の月文字には、鍵穴を照らすのがドゥリンの最後の陽だと書いてあった。だが、肝心の鍵穴が見つからないのだ。焦る彼らは斧で入口を叩きわろうと試みたが、斧の方が負けてしまい、粉々に割れてしまった。とうとう陽は地平線の彼方へ沈んでしまい、トーリンはここに来て初めて弱音をもらした。
「………教えてくれ、ネルファンディア。私は一体……一体何を間違った?」
「元気を出して、トーリン。謎かけだったらどうするのよ。大事な扉のことなんだから、きっとそうよ」
「………希望はもうない。」
彼はそう言って絶望の色を宿した顔で鍵を足元に捨てると、同じく故郷を取り戻せなかった悲しみとやるせなさを感じているほかの仲間と共にそのまま山を降りていった。結局、残ったのはビルボとネルファンディアただ二人だけだった。ビルボは地図の言葉を何度も復唱しながら扉の前に立っている。すると不意に、ネルファンディアが昔父が言っていた言葉を思い出した。
『よいか、ネルファンディア。我が愛しく賢き愛娘よ。この中つ国には様々な種族と言語が満ち溢れておる。お主と私がいま喋っておるのは、共通語と呼ばれておるもの。そなたの母が喋っておるのはエルフ語というものだ。……わかるか?』
『はい!お父様!』
『クルーニア(灰色港より西の言葉でサルマンの意)、ネルファンディアはもうエルフ語は完璧よ。これ以上に何を覚えるの?』
『覚えることは沢山ある。』
そこで母───エルミラエルがサルマンと話し合って次にネルファンディア自身に選ばせてみようということになった。そのとき彼女が選んだのが、ドワーフ語だったことを思い出したのだ(もちろん彼女の父は呆れていたが)。
「そうだ私、そこで………」
古代ドワーフ語の勉強をしているとき、月の光についての節を読んでいたネルファンディアは、ふと疑問に思ってこんなことをサルマンに尋ねた。
『お父様。月の光と太陽の光はどう区別するの?』
『ああ、それはなネルファンディア。同じなのだ、どれも。ただ、その日の最後の陽というニュアンスがあればそれは月の光になる。』
『どうして?』
『エルフが月の光を秘密の鍵穴や文字よく使っておったから、その名残で月の光を使うと明記しないのだよ』
『はっきり書いちゃだめなの?』
『もちろん!鍵穴や呪文が分かってしもうたら秘密にする意味が無いからな。愚かな探索者はこれを太陽の光だと思うて帰ってしまうだろうから、それを狙っておるのじゃよ』
『ふぅん………じゃあ、騙されないように気をつけるね!お父様』
『お主は賢いからのう。子供だましには引っかからんじゃろうて』
────お父様、私は危うく引っかかるところでした。
突然彼女は勝ち誇ったように笑って立ち上がると、ビルボに閃いたことを言おうとした。すると、ビルボも同じことを考えていたようで、二人は同時に立ち上がり、お互いを指さしながら声を揃えて
「「月の光!!!」」
と言った。
彼女はビルボを反射的に抱きしめると、肩を叩いて喜びの声を上げた。
「やるじゃない、ビルボ!!どうやって気づいたの?」
「僕は謎かけだと思って考えた。だってはっきり書いちゃだめじゃないか、隠し扉なんだから。」
ネルファンディアはなるほどな、と感心した。そして一見この牧歌的に見える種族を見直すのだった。ビルボはお返しに彼女に同じことを尋ねた。
「君は?どうやって?」
「私は父から教えて貰ったことを思い出しただけよ。あなたの方がよっぽど賢いわ、ビルボ・バキンズ!あなたって最高ね!」
「ありがとう!鍵だ。鍵、鍵を探さなきゃ!」
ビルボがしゃがもうとして足を一歩出した瞬間、ちょうど足元にあった鍵が綺麗に蹴られて崖から飛び出した。
 だが、鍵が地面に落ちることはなかった。二人の楽しそうな声を聞きつけたトーリンが間一髪鍵を結んでいた紐を足で踏みつけたのだ。
「トーリン!もう帰ったと思っていたわ」
「帰るわけがなかろう、ネルファンディア。そなたが1000年ここで悩み続けるならば、私はずっとここに居ようではないか」
彼女にとってその言葉は、例え現実的に不可能なことであっても幸せなものだった。二人が束の間視線を交わしていると、雲間から月が現れ、その美しく、曇のない光が一筋、扉に差し込みついに鍵穴が現れた。すぐにトーリンは歓喜で震える手に鍵を握って差し込み、ゆっくりと回した。
 ついに故郷へ帰れる。
その喜びが彼の表情を綻ばせるのを、ネルファンディアは見逃さなかった。
 そして、ついに何十年も閉ざされていた扉は、戻ってきた王によって開けられたのだった。
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