A tale of Erebor

□九章、炎の中の誓い
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トーリンはビルボ、バーリン、ネルファンディアを連れて走り出した。案の定、スマウグはすぐに彼らを見つけ、不敵な笑を浮かべながら近づいてきた。彼はネルファンディアを背後に隠すと、スマウグを睨みつけた。
「彼女に近づくな、穢らわしい竜め」
「その女はドワーフには分不相応だ!特に貴様のように呪われた一族にとっては」
スマウグが勝ち誇ったように近づこうとした瞬間だった。別の方向からドワーリンたちがスマウグを呼んだ。
「おーい!こっちだ!蛇野郎め」
「今だ、走れ」
今度は別の方向からグローインが叫んだ。
「こっちにも居るぞー!!!」
ネルファンディアはトーリンに手を引かれながらたずねた。
「これも計算のうち?」
「ああ、そうだ。エレボール内はどこから行っても一つの道に通じるように設計されている。精錬所へはあと少しだ!頑張れ、ネルファンディア」
彼はそう言うと強く彼女の手を握りしめた。やり場のない想いをこんな形でしか表現出来ない自分を恨みながら、彼は走り出した。

「こっちだ!」
「トーリン、こちらの方が近道です」
またしても道を間違えそうになったトーリンが踵を返そうとした時だった。巻けていたはずのスマウグが咆哮を上げながらこちらに向かってくるではないか。それを目にしたネルファンディアは、杖をビルボに渡すと額にかけてある母の形見であるエンディアンの石を通してあるチェーンを外した。彼女はそれを持ってトーリンの名を読んだ。
「どうした、ネルファンディア」
「………これを、貴方にお貸しします」
「───!?」
彼女はそれをトーリンの首にかけると、安心した表情で微笑んだ。
「これはエンディアンの石です。母が昔、人魚の民を救った時に授かった水の加護が得られる特別なものです。これは身につける者を如何なる炎からも守り通せます。」
「これは借りられぬ!そなたが持つべきだ」
「いいえ、本当に必要な方に使ってほしいのです。…………生きてください、トーリン。」
トーリンが狼狽えて返事をしようとした時だった。凄まじい衝撃が二人を襲った。スマウグが物凄い勢いで壁を乗り越えて近づいてきたのだ。彼は渋々ネルファンディアたちに先に精錬所へ行くように伝え、単身スマウグを引きつける役をかった。
彼女は精錬所へ向かう入口で、トーリンがやはり気がかりに思えたので、振り返った。しかし既にそこにトーリンは居らず、彼女はただ無事を祈るしかないことを知った。そして、祈るように呟いた。
「───アミーン・メラ・レ(愛しています)……」
既に精錬所へ向かうことが唯一の方法になってしまった彼女は、そこでトーリンに会えることを願って歩き出した。
誰も気に止めないであろうその呟きを、 ビルボとバーリンだけは聞き逃さなかった。二人は訪れるやもしれない最悪の事態を思って身震いすると、同じく祈る思いで歩みを早めるのだった。


なんとか精錬所へたどり着いたトーリンは、先程の体験を夢ではないかとまだ疑っていた。
それはスマウグに火を吹かれた時のことだった。炎に身を包まれて炭化すると覚悟を決めた彼だったが、炎は予想に反して彼の体を避けた。まるで彼自身が水になったように、炎が彼の周りだけ溶けて消えていくのだ。
────あれが、エンディアンの石の力なのか………
呆然とするトーリンを見つけたネルファンディアは我を忘れて駆け寄った。
「トーリン!良かった……ご無事で……」
「ああ、そなたのお陰だ。」
「これからどうするの、トーリン」
ビルボがすっかり冷えきった炉を肩越しに見ながらたずねた。トーリンは精錬所の頑丈な柵を見て、笑って近づいた。
「おい、もう終わりか?」
「ちょっとトーリンなにしてるんだよ」
すると、トーリンの挑発に乗ってきたスマウグが怒りを顕にして現れた。しかしそれでも彼は止めない。
「老いぼれて、身体がなまったか。ナメクジ並みに」
「貴様………………!!!!!!!」
「隠れろ!」
トーリンの指示であわてて一同は柵の裏に隠れた。精錬所の柵は炎にある程度耐えられるものだったが、それでも灼熱の炎を感じるには充分だった。炎が止むとスマウグのお陰で炉の全てに火が入り、トーリンはしてやったりの笑顔を見せた。
「ボンブール!ふいごで風を送れ。バーリン、火炎瓶を今でも作れるか?」
「時間を少し下されば出来ます。ついてこい!」
「その時間があればいいが……」
ドワーリンは心配そうに柵の外のスマウグを見た。既に怒り心頭の彼は柵を壊そうと体当たりを始めている。流石に冷や汗がでるトーリンは、ビルボに上へ行き、指示を出したらレバーを引いてほしいと頼んだ。そしてネルファンディアには………
「二人で時間を稼ごう」
「"いい"仕事ね、ありがとう」
二人は下に残ると、わざとスマウグを誘導した。
「こっちにいるわよ、あなたのお望みのものは」
「俺を侮りおって…………殺してやる!」
彼はそう言って柵を破ると、二人に向かって火を噴く準備を始めた。開けた場所だったので二人は逃げる場所もなく、途方に暮れた。
「トーリンー!!!早く逃げて!」
ビルボは高台からそう叫んだが、どうしようもないことは既に分かりきっていた。トーリンは最後の望みをかけて階段を登ろうとしたが、ネルファンディアはそれを選択しなかった。
「何故だ!?そなたは逃げろ!この石では一人しか守れぬ」
「大丈夫。昔、父から聞いたの。その手の石は、身につけている人に触れているだけで他のものも加護を得られると」
トーリンはそれを聞いてそういえばと、あることを思い出した。それは先程炎から逃げおおせた時だった。彼は偶然床に落ちていた本を踏みつけていたのだが、その本は彼と同じように燃えることはなかったのだ。
────賭けに出るか………
彼はネルファンディアに向き直った。先に階段を数段上がっていたので、振り向くと丁度二人の顔は同じ高さにあった。
「奴の炎で燃え尽きるなど、やはり嫌だ。………だが、今ならそれも構わないと思う」
「トーリン…………?」
彼はそう言うと、彼女を力強く抱きしめた。彼の胸の温かさがネルファンディアを包んだ。そして、トーリンはしっかりとした声で彼女にずっと伝えられなかったことを伝えた。
「─────愛している、ネルファンディア」
「許されぬことではありますが、私も同じ想いです。トーリン王子……」
「その返事を待っておった、ずっと」
それからゆっくりと二人は目を閉じてお互いの唇を重ねた。
その瞬間、二人の身体を炎が包んだ。だが二人にはお互いの体の温かさ以外感じられなかった。
今ここで死んでも悔いはない。本気で二人はそう思っていた。

その様子を見ていたビルボは、今すぐにでも祝福してやりたい気持ちを抑えて微笑んだ。火炎瓶を作り終わったバーリンも、二人を目にして驚いた。そして、彼らならばきっと竜の病も乗り越えられると思い、それまでの不安は嘘のように消え去った。

炎が止むと、トーリンはネルファンディアの手を引いてビルボの真下にスマウグをおびき寄せた。そして次の攻撃が放たれる瞬間に、彼はビルボに合図を送った。
「今だ!引け!」
「よいしょ!!!」
ビルボがなんとかレバーにぶら下がって引くと、勢いよく水が溢れ出した。水はその力で歯車を回し始めるだけでなく、スマウグに命中し、炎を消し止めた。
「で、次はどうするの?トーリン」
「王の広間に誘い込め。私もすぐに行く」
「約束して、必ず来ると」
「当たり前だ。さあ、行け!」
ネルファンディアはビルボを迎えにいくと、そのままトーリンが教えてくれた通りに王の広間へ向かった。スマウグはこの憎き魔法使いとホビットが精錬所を離れたのを見逃さなかった。彼はすぐにトーリンから狙いを外すと、彼らを追いかけ始めた。
「俺に逆らうとは。焼き殺してくれるわい!蒼の魔法使いめ!」
「何度やっても無駄よ、スマウグ。お前の炎では私は死なない!」
ネルファンディアは階段を伝って王の広間の二階部分に上がった。トーリンが来るまでの時間稼ぎが彼女の使命なのだから。
「ああ、たしかに。炎では死なないな。……ではこれで死ね!」
スマウグがそう言って大きく翼を振りかぶり、ネルファンディアを叩き落とそうとした時だった。トーリンの声が高らかに響き渡った。
「スマウグ!どうした。もう終わりか?この腐れ長虫が」
「トーリン・オーケンシールド!!!」
ネルファンディアが振り返ると、部屋の1番奥の大きな鋳型の上に彼は立っていた。その姿は正に、王そのものだった。彼女は次に一体トーリンが何をしようというのか全く読めなかったので、注意深く目を凝らした。すると、彼は他のドワーフたちに鋳型を縛っていた鎖を外させた。中からは、いかにも竜の病を患った大王らしい、自身の黄金でできた像だった。それを目にした彼女は、だからなにがしたいのだと言いたくなってしまった。もちろん、スマウグは見とれているが、全員が炭化するのは時間の問題だ。だが、次の瞬間だった。鋳型に流し込まれて間もない像は形を留めることが出来ず、なんと溶け始めたのだ。1度溶けだすと後は早かった。灼熱の黄金はスマウグに逃げる暇を与えることなく、彼を包んだ。トーリンはその様子を見て勝ち誇ったような笑を浮かべた。
………しかし、スマウグはなんとそこから飛び立った。
「馬鹿な………!!!」
「俺の身体は鋼よ。それは俺の鱗のお陰だ!哀れなドワーフ共よ、貴様らの知らぬところで闇が蠢いておる!俺に焼かれることからは逃れられたが、闇から逃れることは出来ぬぞ!」
ネルファンディアはエレボールの瓦礫を押しのけて外へ出ようとするスマウグの背中に呼びかけた。
「一体、闇とは何?」
「お前も知っている。…………今はまだネクロマンサー(屍人使い)とでも呼ばれているようだがな!」
「屍人使い………」
不意に彼女はガンダルフが闇の森で感じた異変のことを思い出した。あれから全く姿を見せない彼のことを心配してはいたが、あまり深く考えていなかった彼女だったものの、一抹の不安を覚えた。
スマウグは飛び立つと、そのままエスガロスへ向かった。ネルファンディアとトーリンたちはただその絶望の化身の後ろ姿を見る選択肢しか持ち合わせていないのだった。
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