A tale of Erebor

□終章、木漏れ日の差す明日へ
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時は流れ、エレボール遠征から10年の歳月が経った。ネルファンディアはあの時と変わらぬ姿で自室の窓からエレボールの方角を眺めて思いを馳せた。彼女はふと思い出したような顔をすると、マントをひっつかんでファンゴルンの森へ駆け出した。

森の奥深くまでやって来ると、美しい水が木漏れ日を浴びて輝いている場所に出た。彼女は水を貯めているエルフが造った鉢からピッチャーで少しだけそれをすくうと、よく光を浴びている場所に向かった。そこにはまだ小さいが、既にこの地に根を張ろうと頑張る1本の木があった。彼女はそれに微笑むと水をかけた。すると木がほんの少しだけ成長した。
「────いつまでもここで根を張って、私のことを見守っていてね」
その木はビルボがあのとき渡したどんぐりだった。小さいながらも生きようとするその姿は、どこか健気さと力強さを感じさせる。
トーリンを失ってから、何年か経った頃にもう縁談の話が彼女の元に舞い込んできたが、全て1通ずつ書簡を書いて断った。そこで周りもようやく彼女が愛しているのはトーリンただ一人であり、それは生涯変わらぬものだということを知った。
彼を失った悲しみも、喪失感も全く癒えないネルファンディアだったが、いまの唯一の楽しみはトーリンが出来なかった平凡な日常を過ごすのを代わりに実現することだった。毎日自分の家で目を覚まして、温かい朝食を食べる。魔法の勉強をしなくてたまに父に叱られる。その小言をかわしながらもこっそり読書をする。それから散歩をして、暖かいベットの上で眠る。それがどんなに幸せで実は得がたいものだったのかを、トーリンは彼女に教えてくれた。それが彼と共に旅をしたという証であり、あの辛くも幸せだった日々の結果なのだ。

───失ったんじゃない。私は、ここで生きていこう。
ネルファンディアはトーリンの指輪を握りしめると、父の待つ家へ歩き出した。
その後ろ姿を見送るように、小さな木は光を受けて精一杯成長しようとしていた。



それはまた、トーリンが彼女を新しい明日へ送り出すようにも思えるのだった───

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